第229話、ヘリコプターを作る


「ヘリコプター……ですか? お師匠」


 青獅子寮の庭に俺とユナ、そしてアーリィーとベルさんはいた。午後の日差しが降り注ぐ中、銀髪巨乳の魔術教官であり弟子であるユナは怪訝な顔になった。


「その、手にしているのがヘリコプターなのですか?」

「いや、これは竹とんぼだ」


 以前ディーシーの魔力生成で竹を作り、それを削って俺が作ったものだ。……竹とんぼなんて子供の頃以来だ。爺ちゃん家で作ったことがある。


「これは玩具だが、こうやって――」


 軸を回しながら離すと、回転する二枚の翼によって空へと飛び上がった。

 ユナ、そしてそれを見ていたアーリィーとベルさんが「へぇ」と声を漏らした。


「飛んだね」

「飛んだな」


 勢いよく回転して飛んだ竹とんぼは、やがて回転する力を失い、落下した。


「落ちたな」

「落ちたね」


 二人をよそに、俺は竹とんぼを拾いに行く。ユナがついてきた。


「浮遊の魔法を使えば、飛行は可能ですが」

「わからないか? 魔法を使わなくても飛べるんだよ」


 俺が指摘すれば、ユナは何とも言えない表情で竹とんぼを見つめた。


「でも、落ちました」

「ずっと飛び続けるわけじゃないからな。だからずっと……いやまあ限界はあるが、長い時間空を飛ぼうっていうのが、ヘリコプターなんだよ」


 ヘリコプター。回転翼機とも呼ばれる航空機の一種。ローターと呼ばれる回転する翼で揚力を発生させ、空を飛ぶ。


 俺はもう一度、軸を回転させて竹とんぼを飛ばした。


「ユナよ、回転翼が揚力を生み出すことで、あの竹の玩具は空を飛んでいる」

「……じきに落ちてきますよ」


 身も蓋もないことを言いやがった。事実ではあるが。


「重力に揚力が負けた結果、あの竹とんぼは落ちてくる。では、あれがずっと回転し続けたら、つまり揚力を発生し続けて重力に勝ち続けたら、どうなる?」

「……飛び続ける、でしょうか」

「素晴らしい。それがヘリコプターが飛行する原理だ」


 またひとつ賢くなったな。俺は竹とんぼをユナに手渡した。彼女はしばし、竹とんぼを飛ばした。回転させるのではなく、浮遊の魔法で。


「こちらのほうが楽です」

「君にとってはね。だが同じことをマルカスやサキリスにできるか? 今すぐに」

「教えなくては無理です。訓練も必要です。あと魔力を操る能力も」

「だが竹とんぼは、すぐに飛ばせるようになる」


 浮遊を解いた竹とんぼを受け止めるユナ。アーリィーがやってきた。


「ユナ教官、その竹とんぼで遊んでいいかな?」

「どうぞ」


 ユナから竹とんぼを受け取ったアーリィーは、さっそく俺がやったように手を合わせて回転させて飛ばそうとする。最初は苦戦したが、二回、三回とやってすぐに真っ直ぐ飛ぶようになった。


「大きな回転翼に、軸を回し続ける動力をつければ回転を操れるようになり、空を飛ぶ乗り物を作ることができる」

「動力とは、魔力エンジンですか?」

「ご名答」


 本当はエンジンなんて大層なものでなくても、魔石と魔法文字で繋げればある程度は飛ぶんだけどね。


 ユナは小首をかしげた。


「魔石エンジンを使うということは、結局魔法頼りでは?」

「そうともいう」


 魔法に関しては、割と容赦なく質問してくるユナである。ここは魔法の天才と謳われたらしい幼少からの彼女のアイデンティティなのかもしれない。


 実際のところ、俺のいた世界に魔法なんてなくて、魔力とは別の機関、装置で空を飛んだりしていた。魔力を使うというのは、それの代替に過ぎないのだ。



  ・  ・  ・


 ディアマンテを通して、訓練にも使える初心者用のヘリを頼んだら、割と今の文明でも作れそうな簡易ヘリの設計データを寄越してきた。


 ウェントゥス地下基地に移動した俺たちだが、ヘリの登場に対して、地下基地のボスとなりつつあるディーシーが頭を抱えた。


「少し待て、これ以上新しいものを増やすなら格納庫と施設を拡張しないと収まらないぞ」


 ボスケ大森林地帯の深部のさらに奥にある地下基地だが、そのそばをダンジョン工法でくり貫き、巨大格納庫を拡張。大型車両やヘリなどが通り抜けできる開口部が作られた。


 さて、練習用試作ヘリ製作である。


 ヘリは、揚力が重量に勝れば上昇。逆に揚力が重量に負ければ降下。ホバリングと呼ばれる空中での静止は、揚力と重量が吊りあっている状態である。上昇、下降はローターの推進力の強弱。前後左右の動きはローターの回転面、その傾きで行う。


 試作一号は単座でいいだろう。実際に飛ばしてみて、より精度をあげて改良していく。いずれは複座、より大型のウェントゥス軍汎用ヘリなどへ繋げていく。まあ、テラ・フィデリティアのそれを流用する形になると思うが。


 思い切り簡略化された簡易ヘリは、揚力を生み出す回転翼を魔力で回転させる。魔力エンジンはそのための動力であり、魔力タンクは燃料タンクに当たる。


 操縦系統は簡素だ。


 操縦桿を動かすことで、回転翼の角度を調整する。これは実際のヘリと同じだ。昔ラジコンヘリを飛ばさせてもらった時にそう教わった。傾ける方向で推進力の差が生まれるから、それを利用して機体の前進や後退、旋回などを行う。


 上昇や下降は、メインローターの回転の強弱調整。上下の制御をスロットルと言うので、その操作はレバーで行う。いわゆるスロットルレバーというやつだ。


 ともあれ、試作ヘリ製作は周囲の関心を引きつつ進行した。


 ユナはもちろん、好奇心が旺盛なアーリィーも協力して、ウェントゥス初のヘリコプター製作は進められた。


 かくて、ヘリ試作一号は完成した。


 名前は後でつけるとして、実際に操縦士を乗せて飛ばしてみる。栄えある操縦士第一号は、シェイプシフター兵君である。


 始めは、俺がやるつもりだったんだけどね。科学の実験に失敗は付き物。大怪我や死亡もあるよね――なんて言ったら、アーリィーから洒落にならないほどの猛反対を受けてしまった。笑えない冗談だったと反省している。

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