第225話、号泣する男
冒険者ギルドの休憩スペースにある席に俺が座ると、臨時の記者会見もどきが始まった。
ラスィアさんは俺の隣に立ち、場を仕切る。冒険者たちは行儀よく順番に質問を行い、俺はそれに対して答えていった。……もちろん内容によっては、ボカしたがね。
ベルさんは、ここでは黒騎士は自分だと言わなかった。会見に巻き込まれるのを嫌がったのだろう。高みの見物を決め込みやがった。
また、質問の中にエアブーツ関連のものがあった時、ラスィアさんが口を挟んだ。
「エアブーツに関しては、魔法道具屋と連係し、現在、一般販売用に試作、製作中です。もし希望者がいましたら、我が冒険者ギルドにお申し付けください」
おお、と聞いていた冒険者たちから声が上がった。どうやら俺がエアブーツで駆け回ったのを見て、興味のある冒険者がそこそこいたようだった。
アーリィーが欲しがったことで始まり、一時は話がでかくなったエアブーツ騒動だったが、冒険者ギルドに相談していたことが、ここで功を奏した形となった。
そうでなければ、いまのエアブーツの質問から、俺への個人発注が多数発生した可能性が高い。個人じゃそこまで面倒見切れないからな。
一通り質問が終わり、会見は終了した。解散していく冒険者たちを尻目に、俺はダークエルフの副ギルド長を見た。
「すみません、助かりました、ラスィアさん」
「……私からも、色々聞きたいことはあるんですよ、ジンさん。それをお忘れなく」
おやおや、少し強めに言われてしまった。
確かに、先の防衛戦でヴォード氏やラスィアさんの質問に対し、疲労を理由に早々に離れてから顔を見せていなかったからね。
「報酬の件もですけど、もう少し詳しい報告が欲しいんですよ。記録に残しておかないといけませんし」
「適当に済ませてもらえませんか?」
正確な記録を残されても、俺が困る。
「では適当に、貴方が大活躍だったと書いておけばいいですか? わからないところは全部ジンさんの活躍だったということで」
「すみませんでした!」
適当な記録で、英雄に祭り上げられるのも御免である。
談話室へ、というラスィアさんに言われ、移動しようとした矢先、声を掛けられた。
Eランク冒険者、ホデルバボサ団リーダーのルングである。
「いやー、ジンさん、マジっ凄いッス。まわりの奴ら、驚いてましたよ!」
俺の冒険者相手の会見を遠巻きに見ていたといい、それが終わった後、俺に声をかけてきたのだ。
「君も、あの戦いを生き残ったんだな」
「いや、途中リタイアでした。ラティーユからメチャ心配されましたけどね。俺ら全員怪我だけで済んでよかったと言えばそうなんですが」
「誰も死ななかったのはいいことだよ。残念ながら、あの戦いで前衛の冒険者が十数人、犠牲になったらしいし」
俺が、ラスィアさんに確認するように言えば、ダークエルフの美女は小さく頷いた。ルングも髪をかいた。
「ええ、ぶっちゃけ、あのとき、ジンさんに助けられて、その後も戦ったんスけど、ダヴァンがいなかったらオレもあそこで死んでいたかもしれない……」
自嘲気味にルングは言った。
「仲間に感謝です」
「そうだな……」
「あ、そういえば――」
ルングは腰から下げていた剣を抜いた。
「これ、めちゃいい剣でした! 借り物なんで、お返しします!」
俺が渡した水属性の魔法剣だ。戦場で武器を失った冒険者たちに手持ちの武器を貸したんだった。ルングも、剣を折られてしまったんだった。
気のせいか、剣を持つルングの手が震えていた。その顔も、どこか未練があるようにも見える。いい剣だった、というのは嘘ではない。魔法金属製の剣なんて、いまの彼らでは高嶺の花だろう。できれば、手放したくないのではないか。
報酬は出るという話だ。彼は新しい武器を調達しないといけないが、魔法金属剣を手に入れるのは難しいだろう。それでも俺に返そうというのは、彼の誠意だと思う。
「……いいよ、それはやる。その剣は遺跡からの拾い物だし」
「え……!?」
ルングはびっくりし、聞いていたラスィアさんも驚いた。
「これ、くれるんすか!? だって、魔法剣ですよ!? 売れば高い値がつくのに! オレなんかにタダでくれちゃっていいんですか!?」
「うん、まあ……いいかな」
俺は、あいまいに頷いた。
他にも武器や防具を貸した冒険者たちがいるのだが……そいつら全員に取り立てるというも、何か面倒臭いと思ったのだ。何人か顔も思い出せない、というのもある。
それにあの場で武器を失った連中はみな、武器を新調しなきゃいけないだろうし、コバルト製武器や魔法金属製武器を簡単に手放すのは惜しいと思うのではないか。
まあ、返してくれるっていうならそれでもいいんだけど、ルング、お前んとこは財政厳しそうだから、くれてやる。
それに現在、王都から離れた地面の底で、ドロップ品の独り占め回収作業を行っているので、結果的に損ではないだろう。
とか俺が思っていたら、ルングは泣き出してしまった。助けてもらい、貸してもらったモノを返そうとしたら、あげると言われた。
「オ、オレ、こんな……人からよくしてもらったこと、あんまなくて……うぅ」
こんなオレですいません、などと急に言い出した。何言ってるんだお前は。
「本当は、この剣、欲しくて……でも、ジンさんからの、借り物だから……返さなきゃって……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらルングは、泣き崩れた。おいおい、なんか俺が泣かしたみたいじゃないか……って、泣かしたの俺か。周囲から奇異の目で見られているのを自覚しつつ、俺は、ルングの肩をぽんぽんと叩いてやった。
「こういうときは、お互いさまってな。何か困ったことがあったら助けてくれや」
「はい……」
ずずっと、ルングは鼻水をすすった。
落ち着いたところで、俺はルングと別れた。そのまま今度はラスィアさんにギルドの談話室へと連れ込まれる。
「久しぶりにいいものを見させていただきました。……魔法剣をあんなにあっさり手放すなんて、豪胆にもほどがありますね。うちのギルド長の若い頃を思い出しました」
ラスィアさんは席に着きながら、そんなことを言った。ギルド長の若い頃――あの屈強のドラゴンスレイヤーであるヴォード氏を引き合いに出されるのは、果たして褒められているのだろうか。
俺が席に着き、ベルさんが机の上に乗るのを待ってから、ラスィアさんは真剣な目を向けてきた。
「さて、ジンさん。色々聞きたいことがあるのですが、とりあえず嘘のないよう、すべて話していただけませんか?」
「すべて、とは?」
「文字通り、すべてです。あなたがただの魔術師でないのは、これまでの行いや戦いを見れば一目瞭然です」
まあ、見るべき人が見れば、わかるよな。俺は、ベルさんと顔を見合わせた。
「すべて、ということは、俺の女性遍歴とかも話す必要があるんですかね?」
「話したいのなら、聞きますよ?」
ラスィアさんは妖艶とも言っていい笑みを返した。このあたりの冗談も上手くかわされそう。副ギルド長たる彼女は、交渉事も慣れているのだろうな。
はてさて。
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