第224話、俺氏、冒険者に取り囲まれる


 学生たちに戦う覚悟はあるか、とぶつけて、即答は期待していなかった。状況がそれを許しているから、俺たちは答えを急がなかった。


 ただウェントゥス地下基地とそこにあった兵器のことは秘密だ。もし他言するようなことがあれば……どうなっても知らないよ。


 さて、ところ変わって、俺はその日、王都にくり出した。冒険者ギルド関係で用事があったからだ。久しぶりに俺とベルさんの二人だけである。


 冒険者ギルドへ向かう途中、中央通りがなにやら騒がしいので様子を見に行くと、王都に駐留する正規軍が隊列を組んで行軍していた。


 王都住民が大通りを挟んで、軍の行進を見送っている。煌びやかな騎士、ヴェリラルド王国の軍旗をはためかせる騎兵、圧倒的多数の歩兵たち。食糧・物資を積んだ荷駄隊。


「こりゃ戦争でもおっぱじまったのかね」


 ベルさんが俺の肩に乗って言った。


 緊張感を漲らせる兵士たち、それも完全武装と来れば、普通はそう思うよな。すると隣で同じように行進を見ていた住民が口を開いた。


「兄さん、知らないのかい? 先日、王都に魔獣の群れが来ただろう? あれ、ダンジョンからだったらしくて、王都の正規軍でダンジョンを攻略するんだってさ」

「ダンジョンの攻略?」


 俺とベルさんは顔を見合わせた。


「ほう、あの魔獣の出所を掴んだのか」

「まあ、あれだけの大群だ。出てきたところを見た奴がいたのかもな」


 俺は、さっきの男に視線を向ける。男は頷いた。


「先日の防衛戦じゃ、活躍したのがほとんど冒険者たちだったからなぁ。演習で出払っていた軍としちゃ、ちょっと立つ瀬がないってことなのかも」


 なるほどね、メンツか。


 ダンジョン絡みと来れば、大抵は冒険者に任せるものだが、王都の防衛戦に続き、スタンピード直後のダンジョン攻略でさらに冒険者に株を上げられたくないということだろう。


「いや、案外、軍が出張るほど、そのダンジョンやばいのかもしれないな」


 ベルさんは首を横に振った。


「第二のスタンピードが発生する可能性あり、かもしれん」

「……かもな。ギルドで聞いてみるか」


 ダンジョン絡みとなれば、冒険者ギルドで確認するのが早い。普段からダンジョンや遺跡に冒険者たちは足を運んでいるのだから。


 出陣する王都軍を尻目に、俺とベルさんは冒険者ギルドへ向かった。



   ・   ・   ・



 冒険者ギルドに入ると、まずそこにいる冒険者たちがざわめいたようだった。……何だか視線を感じるな。


 心当たりがあるとすれば、あれかな。先の王都防衛戦での俺の働きぶりとか。


 エアブーツをかっ飛ばして、前線を移動しまくったり、南門塞いだあと、ベルさんと魔獣軍を迎え撃ったり。乱戦だから気にする余裕はなかったけど、案外目立ったのかもな。


 受付にトゥルペがいて、何だか久しぶりだ。


「だいぶご活躍されたようですね、ジンさん」


 笑顔でそんなことを言われた。


「ジンさんのこと、いろいろ噂になってますよ」

「噂ねえ……」


 周囲の視線を背中に感じながら、俺は苦笑する。


「ちなみにどんな噂?」


 加速の魔法で戦場を縦横無尽に駆け回る魔術師。攻撃、補助、回復の魔法に長ける高位魔法使い、などなど。


「ちなみに、ジンさんと一緒に戦ったという黒い甲冑をまとった騎士のことも噂になっていたりします」


 魔獣を斬りまくった凄腕――彼のことを知りたい冒険者が複数、ギルドに問い合わせをしてきたという。


 案外、知られてないなあ暗黒騎士ベルさん。そういや、その格好で他の冒険者と会話とかしてないもんな。


「さぞ名のある騎士か、どこか異国の冒険者だったのではないかと憶測が飛び交っているいますよ」

「あー、それオレだよ」


 ベルさんが言った。トゥルペは、一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑った。


「ベルさんが噂の黒騎士? 私は実物を見ていないのですが、ずいぶんと可愛らしい騎士なんですね」


 これ信じてないやつだ。ベルさんの耳としっぽが垂れた。俺はそんなベルさんの頭を撫でてやる。よしよし……。


「ところで、ジンさん、今日は何の御用でしょう? あ、ギルド長に呼び出されたんですか? 報酬の件も含めて」

「いや、別にギルド長に会いにきたわけじゃない。でも、報酬って?」

「防衛戦で功労のあった冒険者たちに、ギルドを通して王国から報酬が出たんですよ。参加した冒険者には活躍に応じて、それぞれ支払われます」


 そういえば、とトゥルペは顔をしかめた。


「ギルドのほうでは、ジンさんの報酬について揉めたんですよ。途中から、ジンさんと黒騎士さんが中心に戦闘を進めたようですけど、後ろから見ていたギルド長たちの目からも、何がどうなっているのかよくわからない感じになって……」

「おい、ジン」


 ベルさんが不意に声を出した。後ろ、と黒猫が言えば、気づけばカウンター、いや俺のまわりに複数の冒険者が立っていた。


 列待ち……というわけではない。隣もぜんぜん空いている。……なんだ、俺に何か用か?


「なあ、あんた、ジンっていう魔術師だろ?」

「ちょっと話があるんだけどいいか?」


 一瞬、絡まれたかと思ったが、剣呑なものではなかった。戦士、魔術師、神官などなど……。若いのも居れば年かさとこちらも幅広い冒険者たちが集まっていた。


「お前、魔法全種類使えるってほんと?」

「南門の岩を封じたのもあんたの仕業か?」

「あの黒騎士、知り合いか? 名前とか知らないか?」

「飛んだり地面を滑るように移動した魔法って、あれ、その羽根のついた靴の力?」


 報道陣に取り囲まれる芸能人みたいな質問攻め。おいおい、いっぺんに言われても俺は答えられないぜ?


「はい、皆さん、カウンターまわりで固まらないでください!」


 凛とした女性の声で、辺りはしんとなった。


 副ギルド長のラスィアさんだ。彼女は俺と、冒険者たちを見やり、小さくため息をついた。


「聞きたいことは私たちもあるのですが、とりあえず、休憩スペースへ移動しましょうか。そこでお話ししましょう」


 有無を言わさない調子。冒険者たちは頷き、俺は――当然ながらそちらへ行くことになった。

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