第217話、戦場を支配する者


 冒険者たちは奮戦し、三千もの魔獣のうち、その三分の一以上を撃退した。


 だが彼らはそこで力尽きた。物量を前に押し切られ、その戦力は疲弊。魔獣の大群が間を置けばまだしばらくは保てたかもしれないが、そうはいかなかった。


 観測ポッドによる偵察によれば、敵魔獣群の中央に、指揮官とおぼしきオークとその集団の姿が確認された。


 こいつが、このスタンピードのような魔獣群の指揮を執っていたのだ。ここまでの規模となると、並のオークではないだろう。


 おそらく、オークジェネラル。その名の通りオークの将軍である。


 そしてこの将軍は、軍勢に切れ目ない攻撃を指示した。その策は成功するかに思えた。事実、南門を突破する、まさにその寸前にまでこぎつけたのだから。


 だがオークの将軍に誤算があったとすれば、それは俺たちがいたことだろう。


 ディーシーが指揮するリンクス戦車隊による背面奇襲が、魔獣群の後方を脅かして大きな混乱を引き起こした。


 夜の闇に紛れ、遥か彼方で瞬く戦車砲の炎。そこから飛来する砲弾が、亜人を、魔獣を吹き飛ばす。血肉は飛び散り、骨は砕け、焦げた屍を撒き散らす。


 近くに敵がいないことで、一方的に叩かれる魔獣群。観測ポッドの情報を通じて、俺にディアマンテからの報告が逐次届くようになった。


『敵集団後方より、一部部隊が分離。おそらく戦車隊の迎撃に向かう模様』

『ディーシー、聞こえたか?』

『……捉えた。ガーズィ、任せる』

『第三小隊、分離した敵部隊を狙え。第一、第二小隊は、敵主力に砲撃を継続』


 リンクス戦車9輛のうち、3輛が迎撃し、残りは射撃継続。着実に敵戦力を削る。


 さて、前面の敵さんにも後退願おうかね。


 俺とベルさんを先頭にゴーレム、ゲイビアル部隊が、迫る敵集団に切り込む。


 乱戦前で、でっかくいっておく!


「アイシクルレイン!」


 多数の氷柱ミサイルを叩き込み、地面ごと耕せば、斬り込み隊長であるベルさんが、一騎無双で敵を薙ぎ倒す。


 ゴーレムとゲイビアルの当たれば最強の攻撃力を持った奴らも、敵ゴブリンやオークを粉砕していく。


 前線を押し上げると、少しずつ外壁から離れることになる。これまであった支援射撃も届かなくなりつつあったが問題はなかった。


 魔獣軍の側面からは、ダンジョンコア『サフィロ』が、城門前の戦いで集めた魔力を使って、ガーディアンモンスターを召喚。それが魔獣群に突入したことで敵の混乱はさらに拡大した。リザードマン、ゴブリン、オークが入り混じった集団により、敵味方の識別が難しくなったのだ。


 混乱、同士討ち、半包囲と不利な要素が次々に襲い掛かり、さすがのオークジェネラルも攻勢を止め、円形に陣を組んで守りを固めた。態勢を立て直そうというのだ。


 守りを固めた敵を崩すのは、生半可な攻撃では難しい。


 だが、俺はそれを待っていた。


 連中が固まり、動きを止めるその時を。


『航空隊、突撃せよ』

『了解、ソーサラー』


 闇を抜けて、ウェントゥス航空隊が飛来した。ファルケ、ドラケンがプラズマ砲による地上掃射をかけて、オークやグレイウルフ、アーマーザウラーなどを撃ち抜き、四散させる。


 トロヴァオン、メーヴェ戦闘攻撃機が対地爆弾を投下。爆裂魔法もかくやの爆発、火球を戦場に発生させた。紅蓮の炎に巻かれて、多数の魔獣が焼かれる。


 密集したのが仇になったな。だが、敵の数が多すぎた。ウェントゥス航空隊の一撃離脱では、この数を倒しきれない。


 しかし、時間は稼いだ。もうこの戦場は俺のテリトリーなんだ!


 この時、俺はダンジョンコアであるサフィロを使って、戦場を支配下に収めた。戦闘前にコアを埋めておいたのは、俺のテリトリー化、つまりダンジョン化するためだ。


 ダンジョンコアが支配する領域――その領域内を支配するは、ダンジョンマスターである俺だ。洞窟や遺跡の中でなくても、コアがあればそこはダンジョンと変わらない。


 魔力を支払えば、テリトリー内ではマスターである俺の思いのまま。


 幸い、サフィロは使い切れないほどの魔力を得ていた。ダンジョンテリトリー内で死んだ魔獣などは、ダンジョンに、いやダンジョンコアに吸収される。冒険者たちが倒しまくったオークやゴブリンの亜人、大トカゲなどの魔獣が死体として残らず消滅したのも、そこがサフィロの支配するダンジョンフィールドだったからだ。


 俺たちが反撃に出た時、サフィロはすでに1千体以上の魔力を吸収していた。それを用いて、戦場を操作する。サフィロはじりじりと自らのテリトリーを伸ばして敵集団をその支配域に飲み込んだ。


 敵の動きが止まった今、ここまでサフィロが溜め込んだ魔力を一気に消費してトドメを刺す!


「ダンジョン・クリエイト」


 魔獣軍がいる場所の地下五階層分の土砂を一瞬で移動させた。上空およそ五十メートルの高さに、土砂を移動召喚。地中が抜け、薄い地面の層はその上にいる魔獣軍の重みに耐えられず陥没、大崩落を起こした。


 魔獣軍が地下に落ちた衝撃で大半が死んだところで、俺は上空五十メートルに浮かべていた土砂をその穴の上に落とした。……でっかい穴を開けておくわけにもいかないからね。掘ったら埋めないと危ない。


 大規模な土砂の移動などは夜だったのと王都外壁から離れていたためにほどんど見えなかった。だが陥没音と衝撃、その後の土砂の落下――これが本当の土砂降りってな。それが局地的な地震となって王都に伝わった。


 こればかりは仕方ない。土砂の移動と制御にせっかく溜った莫大な魔力を一気に消費したからね。直接被害がないだけマシと思ってもらうしかない。


 それはともかくとして、夜が明ける頃には、南門を攻撃していた魔獣の大群は全滅した。観測ポッドの報告から、敵の姿がなくなったことを聞いた俺は、各部隊に撤収を命じた。


 密かに王都攻防戦に参戦したウェントゥス軍は、日が昇る前に戦場から撤退。リンクス戦車隊は、待機していた森まで後退。そこからポータルでウェントゥス地下基地へと帰還する。


 ディーシー曰く、敵は戦車隊に届かず壊滅。砲弾をほぼ撃ち尽くしたが、全車無事だと知らせてきた。


 航空隊は高度を上げて、北方向へと離脱。途中、ルーガナ領から飛び立った空中軽空母『アウローラ』に着艦、収容して帰還することになる。


 一仕事を終えたベルさんが言った。


「まあまあ、かな」

「詳細は報告待ちだけど、観測ポッドの映像で、反省会だな」


 兵器を実戦で用いたことで得られた経験、戦訓の確認と検証。大帝国との戦いの前に、こうして実戦データが得られたのは僥倖ぎょうこうだ。


「魔人機の出番がなかったがな」

「まあ、予備戦力だったと思って、割り切ろう」


 とはいえ――


「勝ちはしたが、王都からはどう見えたかな?」


 あまり見せないように戦わせたけど、はてさて。

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