第215話、違和感と異変
呆れるばかりの物量だった。
冒険者ギルドの長、ヴォードは厳しい目を戦場に向けながら思った。
南門に敵が集中するなら、西門、東門から王都軍が側面攻撃を仕掛けることも計画のうちにあった。
だが王都軍司令部に目をやれば、アーリィー王子とボルドウェル将軍が難しい顔になっていた。聞こえてきた伝令によれば、西門、東門にも大群ではないものの魔獣の集団があって目下、防衛戦を展開中とのことだった。
つまり、外側から回り込んでの援軍はない。王都内を通ってくるしかないが、今のところ援軍要請に対する返答は来ていない。
外壁上には王都守備隊の弓兵らが冒険者たちを支援してくれているが、前線はほぼ冒険者だけで守っている状況だ。奮戦しているが、物量の差は如何ともし難い。
先ほどジンとベルが支援に入ったことで、崩れかかっていた前線が何とか持ち直したように見えた。
だが疲弊は目に見えており、あと数波の攻勢でおそらく防衛線が崩壊する。南門に予備兵力があるとすれば、ヴォードを含めた指揮要員のみ。
といっても、ラスィアもユナもすでに魔法による支援攻撃に入っているので、残っているのは白兵要員が数名だけである。
「ヴォードの旦那」
ふと、背後から男の声がした。見れば、黒いマントをまとう黒髪の軽戦士がいた。伝令に送っていた冒険者だ。
「おお、コルウス。ボルドウェル将軍は何と?」
「将軍殿は、南門に兵力を送ると今、部隊を動かしている。ただ、外には出さず、南門裏側を固めるつもりだ」
外に出て戦わず――
「南門から出て部隊を展開させる余裕がない、という判断だな」
「そのようだ。門の裏側を固めて、入ってきたところを待ち伏せするらしい」
止むを得ないな、とヴォードも将軍の判断を認めた。コルウスは続ける。
「南門に到着した部隊は、即席の陣地を形成するだろう。もう少し、冒険者で踏ん張る必要がある」
それまで防衛線がもつのか? せめて南門が閉められたなら、その時間も稼げるだろうが。
ヴォードは歯噛みする。
「厳しい、な……」
ヴォードの隣で、コルウスが戦場を見渡す。猛禽のような鋭い目を持つこの男は、偵察に定評のある冒険者だ。
「妙だな」
「何がだ?」
思わず問い返す。コルウスは筒状のものを取り出すと目に当てた。おそらく望遠鏡だろう。この夜闇の中、果たして役に立つのかは疑問だが。時々、魔法が炸裂する光がよぎるので、見えなくはないかもしれない。
「いま、敵は何波だ?」
「一〇は超えている」
ヴォードが言えば、魔法を放った直後のラスィアが口を挟んだ。
「いま十二波目です!」
「途中の数は把握していないのだが」
コルウスは視線を戦場に向けたまま言った。
「もう撃退した敵の数は1千を超えているんだよな? その割には、そこにあるべきものが見えないのだが……」
「何を言っている?」
「魔獣やゴブリン、オークどもの死体だ」
コルウスは、南門のすぐそばにあるバリケード陣地とそこで戦う冒険者たちを見やる。
「相当数の敵を倒した。あたり一面、敵の死体だらけで山になっていてもおかしくないのに、それがあまり見えないのは何故だ?」
「それは――」
ヴォードは考え、しかし理由がわからなかった。確かに倒した魔獣の死体がないのは不自然だ。あっても邪魔だからなくなれば、そこで戦う者たちにとってはありがたいが、片付けている余裕などない。死体が消える? ダンジョンでもないのに――
「それともう一つ」
今度は敵後続の大集団を見て、コルウスが口を開いた。
「まあ、これはこちらとしては歓迎すべき状況かもしれないが、敵の後続集団で光が瞬いている。ひょっとして味方が……いや、しかし」
言葉を濁すコルウス。彼も状況が掴めないようだ。
「その望遠鏡で見えないのか?」
「暗い上に遠すぎてわからん。爆発のようなもののようだが……」
いったい何が起きているのか?
魔獣たちで同士討ち――に爆発というのは理解できない。
「どうなっているんだ……?」
・ ・ ・
魔獣の大群の後方で光が観測される少し前。
ディーシーが率いるTBT-1リンクス戦車9輛が闇夜の中、配置についた。
『全車、射撃位置につきました』
「ようし、ガーズィ。主からの命令だ。景気よくぶっ放せ!」
『イエス、マム。リンクス各車、射撃開始』
シェイプシフター指揮官ガーズィの命令を受け、各戦車の長砲身8センチ戦車砲が雷鳴の如く咆哮した。
風を切る砲弾は、魔獣群後方の蛮族亜人の真ん中に突き刺さり、爆発した。
ウェントゥス軍戦車部隊は、ヴェリラルド王国王都攻防戦の最中に初陣を迎えたのだった。
・ ・ ・
再び王都外壁南門の上。
ヴォードらが、謎の爆発についていったい何だろうと首を捻っていると、ラスィアが叫んだ。
「いけない!」
弾かれるようにヴォードは視線を向ける。
直後、南門バリケード前の冒険者たちの防衛線が、崩壊した。バリケード陣地前にいた冒険者は、ジンとベルを除いて十人ほどまでに減っていた。
もはや壁というには薄いその防御線は、ゴブリンアーチャーの隙間を縫う射撃によって、唐突に三人の冒険者が脱落したことで、決壊した。
ダムに穴が開き、そこから貯めていた水が溢れ出すようになだれ込むオークやゴブリンたち。丸太のバリケードを押しのけ、または避けて陣地になだれ込む。そこにいたさらに十名ほどの冒険者はあっという間に巻き込まれ、たちまち蹂躙されてしまう。
壊れて閉じられない南門は無防備に口を開けている。このまま一気に王都内になだれ込めば――その恐るべき光景に皆の表情が強張る。
「怯むな!」
その声に皆がハッとなる。外壁上にアーリィー王子が立っていた。手にした魔法武器を構えて、敵を撃つ。
「まだ終わっていない! 戦え!」
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