第213話、戦線崩壊の危機


 戦いは数だよ、とある人は言った。


 戦場において、この物量というのは馬鹿にならない。


 もっとも、時代や戦い方によって、必ずしも物量が多いほうが有利とは限らなかったり。烏合の衆という言葉にあるように、数合わせで集められた雑兵たちは指揮官を失うとあっさり崩壊することもあるからだ。


 だが今回のような魔獣の大群が相手となると……往々にして総力戦となる。この場合は物量が力を発揮する場合が多い。


 一見有利に進んでいるように見えるこの防衛戦。しかし敵は倒しても倒しても前へと出てくる。


 そうなると、だ。こちらで戦っている者たちの疲労が重なっていく。


 鍛えられた弓使いと言えど、何発の矢を放ち続けることができる? 魔法使いは、何度攻撃魔法を撃てる? 戦士たちは少数対多数の状況でどれだけ動き続けることができる?


 絶え間ない攻撃にさらされ、次第に攻撃の手数が減り、守りに入ると、やがて限界を迎え、一気に崩壊する。塞き止めていた川の水が限界を超えて溢れ出すように。


 最初はいいんだ。現に第二波も撃退されようとしている。だがすでに第三波が動き出している。


 敵は戦力を小出しにしていて、各個撃破の好機を与えているように見える。素人からすると、魔獣は戦術を理解していないと鼻で笑うのだろうが……。


 人間ってやつは、自分が一番頭がいいと思い込みがちだ。だが、獣やモンスターにだって種族特有の戦法や戦術がある。


 果たして、何波まで防衛線が耐えられるだろうか。俺は漠然と不安を抱きながら、戦場の様子を観察した。


 そうこうしている間に、魔獣の第三波が壊滅状態になる。……今のは狼にゴブリンの混成だったか? 比較的軽装で足の速い編成だった。


 第四波、襲来。


「おいおい……」


 ベルさんが思わず口走った。


「重量級のお出ましだ!」


 ホーンボアに、アーマーザウラー。突進力に定評のある角猪と装甲トカゲ、それとオークか。


 角猪の突進は、バリケード陣地を簡単に粉砕できる。装甲トカゲはその厚い装甲ゆえに矢を弾き、低威力の攻撃では傷もつかない。こいつに手間取っている間に、オークが前進してきて――


「角猪を優先して叩け!」


 ヴォード氏が指示を飛ばす。何より早く、陣地を蹂躙じゅうりんできる攻撃力を持つ獣を排除しようというのだろう。その判断は間違っていない。


 が、こりゃ、思ったより早く防衛線が崩壊するかもしれないな――



  ・  ・  ・



 第六波、いや第七波か。割と切れ目なく押し寄せるゴブリンとオーク集団に、バリケード陣地の近接系冒険者たちは防衛戦を展開していた。


 混戦模様だ。個々の能力でゴブリンに対しては圧勝。だがオークを挟んだ連戦に、低ランク冒険者たちに疲れが見え始め、押し返せない。


 腕利き冒険者たちは、さすがに敵を蹴散らしている。しかし、だんだん陣地から離れつつあり、その丸太を組み上げた陣地に回り込んでくる敵によって、孤立しそうな状況になっていた。


 一方で、第四波、第五波の掃討で外壁上の投射部隊もその攻撃力が減少している。特に魔法使いたちの魔力切れによる後退が目立った。角猪、装甲トカゲを陣地に近づけまいと、より威力を高めた魔法を放とうとした結果、ペースを乱し、疲労で倒れてしまう者が続出してしまったのだ。


 マジックポーションなどの魔力回復薬を使って魔力を回復させるのだが、薬の連続使用はかえって身体を疲れさせてしまうために、酷使はできない。


 弓使いたちも、連続して矢を放っていたから疲れてきてしまっている。冒険者は軍隊ではないので、個々の能力がバラついている。ヴィスタなどは、まだ涼しい顔で魔法弓を使っているが……。


「あとどれほど敵は残っているんだ……」


 疲労した冒険者が呟く。まだ半分もやっつけていないぞ、と言ったら、ますますやる気をなくすんだろうな、と思う。


 まだ押し留めている。それとも、もう押し留めているところまで追い詰められている、と見るべきか。


 ヴォード氏の表情も硬い。おそらく、彼も戦況が芳しくないと感じている。一度剣の柄に手をかけた時、ラスィアさんが止めた。貴方は指揮官です。飛び出すのはまだ早い、と。


 Sランク冒険者であるヴォード氏が前線に出れば、少なくとも前衛の冒険者たちを鼓舞し、いま少し彼らの力を引き出すことができるだろう。


 が、まだ早い。


 敵の数はまだ多く、しかもその編成について、こちら側を消耗させるような嫌らしい組み合わせで魔獣を送り出している。


 仕方ない、ちょっと梃入れしてくるか。


 俺はエアブーツを起動させ、外壁の縁に立つ。ベルさんは俺の肩の上だ。


「出るか?」

「まあ、フォローしてこようかなっと」

「ジン、前線に出るのか?」


 ヴォード氏が俺の動きに気づいた。


「ちょっと支援するついでに、2、3、危ないやつを回収してきます」


 そう言い残し、俺は縁を蹴って外壁から飛び降りた。


 サンダーソードをストレージから抜剣。地上に着地、そのまま冒険者たちが戦っている場に突入する。電撃を帯びた剣で一刀両断されるゴブリン。そのゴブリンより大柄で、やや豚のようにも見える顔の亜人――オークの戦士が斧を振り上げ、俺に向かってくる。左手に魔力の層を集め、プッシュ!


 二メートル近い巨体が宙を舞い、別のオークに砲弾よろしくぶつかった。甲冑着込んだ奴がぶつかると下手したら死ぬよ。


 俺は他の冒険者たちの間をぬって、手近な敵を叩き、倒しながら進む。こうも敵味方入り乱れると魔法も使い難いんだよね。……はい、顔見知り発見。


 ホデルバボサ団の戦士、ルング君だ。オークと比べると子供みたいな彼だが――あぁ、吹っ飛ばされた!


「ちっくしょうっ!」


 彼のショートソードが折れた。オークはニヤリと笑い、大剣を振りかぶる。


 がら空きだぜ! 俺はライトニングを、オークの胴体にぶち込む。鎧ごと撃ちぬかれ、オークは半回転して地面に倒れた。


 そこへシーフのティミット、アーマーウォリアーのダヴァンが駆けつけ、ルングに向かってくるゴブリンどもを防ぐ。


「ルング!」

「おう! ……って剣が折れちゃどうしようも。それよりさっきの魔法は――」

「お困りかな?」


 俺がエアブーツで駆け寄った。

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