第212話、南門死守


王都外壁南門で、応急陣地が設営されているのをよそに、俺は、ちょっと細工をしに出かけた。


 誰にも見咎められないように、透明化の魔法を使い、南門より外を移動する。


 魔石を埋めて地雷にすると、ちょっとは防衛に足しになるかな、などと思ったりした。

 誰にも見られてないのを確認して、土魔法で地面を掘り、それを入れた後、もとに埋める。……さあ、上手くいったらお慰み。


 俺は透明化したまま、バリケード陣地と、決戦を前に神経を高ぶらせている冒険者たちの間を抜けて、王都内に戻った。


 そこから外壁裏側の階段を使って外壁上の通路こと歩廊ほろうに戻る。人が見ていないのを確かめて透明化を解除。何食わぬ顔で、ヴォード氏やラスィアさんたちがいるところに戻った。


 ボルドウェル将軍やアーリィーらがいる本営と、それに隣接してヴォード氏率いる冒険者ギルドの指揮所が置かれた。


 ここが俺の配置だ。登録は魔法使いということなので、いわゆる支援組である。


 外壁上には、同じく魔法使いや弓使い、守備隊の兵たちがいた。その中には、エルフの女弓使いもいた。


「ジン、久しぶりだな!」

「ヴィスタ、元気そうだね」

「今度は魔獣の大群だって? 貴方と共に戦えるとは私にとって光栄だ」


 このエルフ美女は、大英雄だった俺の過去を知っているから、あからさまに好意的である。俺は笑みを貼り付ける。


「まあ、皆で頑張ろう」


 月が出ていた。すっかり暗くなり、松明の炎が外壁の上と、破壊され閉じられなくなった南門付近に作られた応急陣地を浮かび上がらせている。


 夜なのだから、魔獣どももお休みしてくれればいいのにな。……残念なことに遠くから津波のような足音が聞こえる。わかっていたけどさ。


 俺は外壁上の通路、歩廊ほろうにて、魔獣が押し寄せてくる様を眺めていた。弓を持つ冒険者、魔法使い、王都の警備隊兵たち――緊張が顔に出ている。隣でヴィスタが、緊張感を漲らせているのを見て、俺は口を開く。


「この物量は初めてか?」

「貴方が活躍したあの時以来かな?」


 ヴィスタは正面下方の敵集団を見据えたまま言った。エルフの森での戦いのことかな。


「今回はその時より多いのだろう?」

「運が悪かったな。エルフの里にいれば、こんな目に遭わなくて済んだのに」

「それもまた運命」


 ようやくそこでヴィスタは俺に顔を向けた。


「伝説に聞く大魔法で一掃してくれてもいいのだぞ?」

「あれは一日に一回だけだ」

「……あぁ。じゃあ、もうすでに一回使ったのだな。それでこの数なのか」


 物知り顔でヴィスタは頷いた。……勘が良すぎるな。おかげで説明する手間が省ける、と若干の皮肉。


 押し寄せる魔獣の群れ。月明かりによって浮かぶその姿は、まさに夜の海のごとく真っ黒なうねり。


「先頭は狼型!」


 暗視の使える魔術師が報告する声が響いた。俺も暗視と望遠で確認する。


 グレイウルフかその亜種だろう。足が速い部類に入るから、こいつらを先頭にしたほうがその進撃速度も……あ、いや、それだと他の種と足並みが揃わず、相互に距離が開いてしまうか。


 まるでいろんな種族を束ねている指揮官がいる軍隊みたいだな。 ……いや、まあ。亜人騎兵がいた時点で、そんな予感はしていたけどね。 


「投射部隊、攻撃用意ッ!」


 ヴォード氏の声。ヴィスタら弓持ちが矢を番え、魔法使いたちが杖を掲げる。……ちなみに、俺やユナ、ラスィアさんはまだ何もしない。ラスィアさんは副ギルド長という立場上、ヴォードの補佐であり、俺は昼間、魔獣連中と渡り合ったということで、いまは待機組である。


 南門前のバリケード陣地にいる冒険者たちも、魔獣の襲来に身構える。応戦態勢は万全。


「放てェッ!」


 ヴォード氏の咆哮が響き渡る。矢が、魔法が夜空を飛翔した。


 第一波が突っ込んでくる中、グレイウルフが体を、頭を、足を矢に貫かれ、または飛来した火の玉や衝撃波に吹き飛ぶ。


 ヴィスタの魔法弓から無数の稲妻の矢が放たれる。その一撃は空中で分裂して狼をまとめて撃ち抜いた。網を投げ込んでいるような感じだな。バインド系の魔法でも参考にしたのか、作った俺が言うのもなんだが、ヴィスタはギル・ク改に新しい使い方を編み出したようだった。


 狼たちは数をすり減らしつつも、勢いは止まらず、なお南門へと殺到する。


「思ったよりやりますね、魔獣も」


 ラスィアさんが、ヴォード氏の傍らで言った。


「陣地に達するのは、もうしばらくかかると思っていたのですが。よもや、第一陣でたどり着くモノたちがいるなんて」

「足の速さ、狼という種族ゆえの機動力だ。あれの集団を止めるなら、もう少し弾幕を密にする必要があっただろうな」


 だが、とヴォード氏は、表情を動かさない。


「たどり着いたといっても、数が少なすぎる。あれでは陣地はびくともせん」


 ようやくたどり着いた狼集団は、近接戦主体の冒険者たちによって陣地前で全滅した。グレイウルフは討伐報酬が高めの獣だが、その戦闘力自体は近接戦主体の冒険者にとっては強敵ではない。苦戦するのはよほどの素人か、戦闘に素質のない者くらいだろう。むろん、一般人からすると危ない獣には違いないが。


 第一波をいとも簡単に撃退した南門冒険者守備隊。だが次の集団がやってくる。リザード系の大トカゲ、ゴブリン、オークの大集団だ。


 弓使いや魔法使いたちは、さっそく射程に飛び込んでくる敵魔獣に先制攻撃を仕掛ける。なすすべなく吹き飛び、または射殺されていく魔獣群。大トカゲが堅く、またオークも盾などで身を守り抵抗するが、こちらが圧倒的に有利なのは変わらない。


 蛮族亜人と戦った時に活躍した8センチ速射砲があれば、さらに効果があっただろうな。


 築かれていく魔獣の屍。それらが後続の味方に踏み砕かれ、塵となって霧散していく……のは、さすがにここからでは見えない。


「お師匠。何だかうずうずしてきます」


 待機組であるユナが、俺の傍らで言った。今のところ戦闘の様子を見ているだけ、いわばお客様状態だ。普段、表情に乏しいユナだが、早く戦いたいようだ。……大丈夫? 胸を揉もうか?


「まだ、見ているだけでいいよ、ユナ。そのうち必ず、魔法を使うことになるから」


 敵の数を考えれば、いずれそうなる。今は弓や魔法が活発に、魔獣をすり減らし、運良く抜けたやつも、バリケード陣地前の戦士たちに始末されている。傍目には、これなら幾ら攻めてきたとしても防げるように見えているだろう。


 防御に徹すれば数が多い相手にも互角以上に戦える。攻城戦の法則だかでは、互いの装備や士気が同じなら、拠点を落とすのに三倍の兵力が必要、とか言われている。


 まあ、相手は魔獣で装備も士気も比べようがないから、当てはまるかとは言い難いが。物量で挑まれた際、数が少ないほうは例え損害が少ないように見えても、その戦闘力は時間と共に落ちていく。


 何故なら、疲れるからだ。

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