第211話、冒険者は貧乏くじを引かされる
南門が開かれたまま閉じられない。
南側外壁上でいくら弓や魔法で攻撃しても、外壁に取り付く敵というものはいるもので、そこで門が開いているとなれば敵は数に物を言わせてなだれ込んでくるだろう。
グレムリンが門の開閉装置を破壊したらしいが、よくもまあ、こういうタイミングで魔獣が入り込んだものだ。
『大帝国の仕業かね』
ベルさんが魔力念話でそんなことを言った。そんなこと言い出したら、今回の魔獣の大群も、ダンジョンスタンピードではなく、何者かが引き起こした事態という説も出てくるな。
ルーガナ領でさんざん手を出していたからな連中も。ここらで新たな行動に出たのかもしれない。
それはともかく、早急に門を閉じなければ――王都守備隊を預かるボルドウェル将軍は言ったが、周りの幹部や幕僚格の騎士たちは動揺を隠せなかった。
巨大な門、その開閉装置の修理はすぐには不可能。たとえ今から必要な部品があったとしても、魔獣群の到達前までに終わらないのは間違いない。
「何か木材や鉄板で門を塞いだら……」
「しかし、それでは南門が使えなくなって、逆襲に移る際、こちらも出られなくなるぞ!」
「遠回りでも西門や東門を使えばいいだろう!? いまは南門を完全に閉鎖して――」
「応急で塞いだ程度では、魔獣に破壊されてしまうのではないか? 少数とはいえオーガなどがいれば、力任せに叩き壊されるのが目に見えている!」
「じゃあ、どうすればいいのだ!?」
天幕内は、
俺が魔法で塞ぎましょうか? と思ったのだが、口出しできる雰囲気ではなかった。というかこの中に、魔法に長けた者がいて、魔法で塞ごうとか意見出してくれないのかね? ……やっぱ俺が言わなきゃだめ? 学生は黙ってろって言われるのがオチだと思うんだけど。
アーリィーは……うん、ちょっと大人たちのやりとりに圧倒されて、彼女も口を出す雰囲気じゃない。将軍たちも、アーリィーの指揮能力を疑っているのか何も聞かない。
「迎え撃つしかないのでは?」
低くドスの利いた声が天幕に響いた。声を荒げる勢いだった幹部たちが、しんとなって、声の主を見る。
冒険者ギルドの長、我らがヴォード氏だった。Sランク冒険者にしてドラゴンスレイヤーの称号をもつ、王国にとっては勇者に等しい男の一言で、場が静まる。
「南門に敵が殺到するなら、そこに野戦陣地を形成して戦うしかあるまい。門から弓兵、魔法使いが支援し、地上の兵たちは肉の壁となって応戦――何か他にアイデアはありますかな?」
静かに問うたが周りは大人しかった。正直、作戦と言っていいのか怪しい場当たり的な案なのだが、ヴォード氏の落ち着き払った態度のせいか、反対の声が上がらない。何よりシンプルな作戦だ。複雑なことはなく、とてもわかりやすい。
「それしかないか……」
ボルドウェル将軍も腕を組んで、地図を睨む。門の迎撃が破られそうな事態に備えて、南門裏側にも応急陣地を形成して守りを固めようという案が出たが、結局のところヴォード氏の迎撃案が採用された。
「で、門の前で戦うとして、あまり兵を展開させて外壁から離れてしまうと掩護の手が届かなくなる。だが数がいなくては敵を防ぎきれない」
おまけに王都守備隊は、現在戦力が不足している――将軍が懸念を口にすれば、ヴォード氏は言った。
「そこは、我ら冒険者ギルドの冒険者と傭兵で防ごう。魔獣の相手なら、失礼ながら王国の兵よりも慣れている」
王国の騎士たちの前でそれを言ってしまうヴォード氏だが、反論は出なかった。正論だったのか、Sランク冒険者の言葉がそれを許さなかったのかはわからないが。
結果、南門の守備は、冒険者たちが中心になって当たることになった。……とんだ貧乏くじを引かされたな、これ。
俺は思ったが、みなの手前、口には出さなかった。
・ ・ ・
南広場から兵たちが外壁へと向かい、弓矢などの武器や冒険者たちを乗せた馬車が南門へと向かう。
ここでユナが俺たちに合流した。
「通報ご苦労様」
「ご無事で何よりでしたお師匠」
俺はベルさんを肩に乗せ、その後をユナがついてくる。彼女もAランク冒険者だから、迎撃作戦に参加するんだろうな。
「ジン、こっちだ!」
ギルド長のヴォード氏が呼んでいる。
「まさかこんな騒ぎになるとはな。……お前たちが魔獣の大群を見つけたって?」
「見つけたのはベルさんです」
俺が肩の上の黒猫を撫でてやれば、ヴォード氏は頷いた。
「それでどんな様子だった? 連中を見た感想は?」
「いやまあ、普通でしたよ?」
「そうそう、別段、何か強かったってことはねえな」
数が多かっただけで、というベルさんの言葉。
「所詮は魔獣、烏合の衆ということか」
やり取りの後、俺たちは王都外壁の南門に到着した。
そこではすでに冒険者たち、南門警備隊の兵たちが集まっていた。積み上げられた物資の箱、持ち込まれた丸太を利用して野戦陣地が急ピッチで組み上げられていた。
ヴォード氏が行くと、集まった冒険者たちの注目を集めた。俺はベルさん、ユナと一緒にラスィア副ギルド長の隣にいた。ちなみにラスィアさんも、手には杖を持っており、一応武装はしていた。
「王都の危機だ! 南門は破壊され、ここを守らねば王都は陥落する! そうなれば我々は住む場所はおろか、生活の基盤を失う。戦うのだ! それが王都を守ると共に、お前たちの生活を守ることに繋がる!」
熱い演説をぶるヴォード氏。どちらかというと自由気質で、愛国心とかそういうものへの関心が薄そうな冒険者たちの思考を上手く戦うほうへとスイッチさせているようだった。
決して、他人事ではない、と。
……うん、ごめん、俺も正直冒険者が人柱になるような作戦だと、ちょっと盛り下がっていたところだったんだ。
Sランク冒険者は伊達ではないということか。俺がベルさんを見れば、しかし彼にはあまり通じなかったようで、呆れたように首を横に振っていた。
太陽が沈んだころ、南門まわりには、即席の防御用バリケード陣地が組み立てられ、前衛を担う近接戦主体の冒険者と、そのパーティーメンバーである魔法使いや投射武器持ち、回復魔法持ちが配置に付いた。
慣れた仲間とはできるだけ一緒に戦わせたほうがいい、というヴォード氏の判断だ。
願わくば、俺に切り札を使わせるようなことがないように。皆が善戦してくれることを祈る。極大魔法は、これだけ人がいる前で見せたくはないからね。
ただ、もうひとつ細工をしておこうかね。
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