第208話、奮戦する魔法車
最高にして最悪。
モンスターの大群が万単位で王都へと迫っている。俺たちは、これからそれを引っ掻き回す。
ウェントゥス地下基地、カプリコーン浮遊島軍港には通達した。準備が整うまで、こっちで敵の数を削る。
初手、切り札を投入し、一気に敵を減らす!
「アレか」
「アレだ」
ベルさんのお察しのとおり、極大魔法を使う。
俺は運転に集中する。アーリィーが何か言いたげな視線を向けている。
「どうした?」
「切り札って、最後に使うから切り札って言うんじゃないかな?」
「必ずしも最後に使わなきゃいけないってこともないんだぜ」
森を出たところで王都への道からはずれる。森の外縁に沿って南側へ。……おー、いるいる。
南側に広がる平原、その地平線にもうもうと土煙が上がっているのが見えた。圧倒的多数の魔獣どもが駆け足で移動しているのだ。
あいつらだって疲れるはずなのにな、なんであんな元気なんだ? その昔、兵隊は走れなくなったらオシマイだっていう話を聞いたことはあるが、タフすぎるだろう、まったく。
俺は車を止める。こいつの屋根にはサンルーフが装備されている。サンルーフというのは天井が開く装置だな。子供の頃、叔父さんの車にそれがあって、よく開いて車の屋根からの視界を楽しんだもんだ。……走行中はダメだ、と怒られたがね。
「凄い数……」
アーリィーが絶句する。ベルさんが口を開いた。
「半分以上はゴブリンだろうな。で残りの半分の半分がオークで、残りは雑多なモンスターの集まり。フォレストリザードだったり、ホーンボアだったり。……そうそう、リザードマンも見たぞ」
「ダンジョンスタンピード……」
呟くアーリィーだが、ベルさんは振り向いた。
「いんや、モンスターの編成を見ると、ちょっと違和感だな。ゴブリンやオークはわかるが、トカゲや猪が一緒になって行動するってのがわからん。とくに猪は、基本ダンジョンにはいないだろう?」
「確かに猪型のモンスターはダンジョン・モンスターじゃないな」
俺はサンルーフから上半身を出した。ふと戦車とか装甲車両の車体上部の機関銃座みたいだな、と思った。装甲車で来ればよかったかな。
ベルさんは鼻をならした。
「何にせよ、連中が大挙して王都を目指しているのは間違いない。これを何とかしないとこの国も終わりかもしれないってこった」
俺はストレージからルプトゥラの杖を出す。それを見て、アーリィーも『アレ』が何なのか理解した。
「もしかして、あの光の大魔法?」
「先制攻撃は大事だ」
精神を集中させる。俺の描くイメージ、その発動のために周囲の魔力を杖が集めて……充分に魔力を溜める。
光り輝くルプトゥラの杖。莫大な魔力を使って発動される大魔法。その一撃で城が粉砕されたのを思い出し、アーリィーは言葉を失う。
闇の中に閉じ込めていた光を、一気に解放する!
「バニシング・レイ、発射ーっ!!」
一瞬の静寂。地上に太陽が出現した。
次の瞬間、まばゆいばかりの青白い閃光がほとばしる。俺は目を細めながら、杖の先を右から左へと動かす。暴力的な光の束が地平線の魔獣の大群をなぎ払った。
光は多数のモンスターを飲み込み、分解、消滅させた!
圧倒的な光景。二度目であるアーリィーは目元を手で庇いながら、その光景を目の当たりにし、ベルさんは平然とそれを見守った。
光は消え、モンスターの大群が消滅した。まずひとつが。
「空から見た時、あと二つ集団があったんだ」
あれで全滅できた、とは俺も思っていない。
ざっと見た感じ1万は超えてるだろうという推測なので、正直言えば正確な数はわからない。かなりの大群で、なぎ払ってみせたが、全部を射程に収められていないのだ。
地形や陣形の都合ってやつである。あまり周辺の地形を変えたくないし、結構加減してるんだよねこれが。
ベルさんはひょいと俺の肩に移動して、同じく遠くへと視線を向ける。
しばらく眺めていたら……あー、いたね。いたいた。動いている集団が見える。まあ、想像通りの展開だ。
「さて、あれだけの光景を見せられて、なお前進をやめない、か」
「まあ、あいつらに高等な思考があるかなんて期待しないけどな」
「ベルさん、辛らつぅ」
なおも平原を疾走する魔人の群れ、先頭を行くのは――おんやぁ? 大トカゲにゴブリンが乗ってる?
「ゴブリンの騎兵?」
「オークの騎兵もいるな」
「き、騎兵?」
アーリィーが俺のいる運転席に寄ってきて、窓の外を見ようとする。彼女の顔が俺の左肩近くにある。なおベルさんは右肩に乗っている。
「まるで軍隊だな。……これからどうするよ、ジン?」
「敵の先鋒は、騎兵だ」
こいつらは足が速いから、王都にも早く到着してしまうだろう。俺はハンドルを握った。
「数は削ったが、残念ながらその機動力は落ちていない。……シートに戻って」
ウェントゥス地下基地から準備完了の報告もきていない。もう少し時間稼ぎが必要だ。
魔法車が平原を疾走する。まるで魔獣の集団に突っ込んでいくかのように見えるだろうな。アーリィーが青い顔をする。
「ジン……?」
「まさか、ジン。騎兵と正面衝突する気か?」
「ひとつ二つくらいなら弾けるだろうけど、体当たりで轢き殺すってのは俺はあんまやりたくないんだよね。ということで、連中の先頭集団にちょっかいを出す! アーリィー、君がやれ!」
「え、ボク!?」
アーリィーが驚いて自分を指差した。俺は右にハンドルを切りつつ、ゴブリンとオーク騎兵の先頭集団より前を横断するように車を走らせる。
「ルーフから体半分出して、そこから射撃するんだ」
「あ、そっち。……うん、わかった!」
そっちって何だよ、と俺が思っているのをよそに、アーリィーはマギアライフルを取ると屋根のルーフを開けて、まず頭、ついで胸のあたりまで乗り出した。走行する風が当たり、彼女の金色の髪がなびいた。
「やれそうか!?」
「やってみる!」
風に負けないようにアーリィーが声を張り上げた。あまり身を乗り出さないようにな。……良い子は真似するなよ?
俺はハンドルを切る。魔法車は、いま敵集団の前を走る。事情を知らない者が見たら、俺たちの車が集団を先導しているか、あるいは逃げているように映るだろう。
アーリィーはマギアバレットを持つ両肘を屋根に付いて支えるようにしながら、後方のゴブリン騎兵に狙いを定め、そして撃った。
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