第200話、野外実戦訓練があるので……


 今日も学校である。授業前、担任であるラソン教官はクラスを見回した。


「えー、三日後、野外実戦訓練の演習授業が行われる」


 野外実戦訓練。


 将来、魔法騎士として、現場に出る時のための実戦経験を積むことを目的とした訓練である。演習地やダンジョンを行軍し、現地でモンスターを討伐する。


 騎士としてまったく実戦の経験がないというのも困るからな。騎士養成学校としても、生徒のレベルアップ目的の実戦演習は必要ということだろう。


 と、思っていたら――


「それは建前ですね」


 野外演習の話を聞いたおよそ三時間後。選択授業の高等魔術科授業の前に、ユナが俺に面と向かって言った。


「平民出の生徒にとっては、将来を考えれば実戦経験は必要です。ですが、貴族生にとっては、あくまで卒業したという証さえあればいいわけで、危険な実戦の場に出ることなどあまりありません」


 良くて、狩りの延長みたいな行軍程度だと、ユナは言うのである。


 出たよ、平民と貴族の身分差別。


 とは言うものの、一部を除けば貴族が最前線に行くことなどめったにない。平民出の騎士はよほど出世しない限りは、戦闘行為も普通にこなすだろう。そう考えると、あながち間違っていないのかもしれない。


「野外訓練の場は演習地や、ダンジョンっていうのは?」

「演習地というのが、先ほど言った貴族生向けの狩場ですね。ダンジョンというのは、王都からほど近い森にある廃墟となった砦です。正確にはダンジョンではないのですが、出てくる魔獣も倒しやすいものばかりなので、学生を鍛えるにはちょうどよいかと」


 ユナが説明してくれる。大空洞ダンジョンの序盤エリアも、初心者には打ってつけだが、そんなようなものだろうか。しかし、生徒たちを魔獣のいる場所に放り込むとはね。実戦経験が必要なのはわかるが……。


「もう三年ですから、生徒たちも小規模な戦闘を経験しています。直接剣で倒したことはなくても、戦闘の空気には触れているので、もう少し上の経験をさせるということなのでしょう」

「貴族生とその他の生徒で行き先が変わるみたいだけど?」

「遠征は王都に程近いスッスロの森です。演習地も、ダンジョン、いえルイーネ砦も同じ森にありますから、キャンプの場所は同じになります」


 へえ、そうなのか。


「それでですね、お師匠」


 ユナは改まる。


「スッスロの森と、ルイーネ砦の現場視察をしてくることになったのですが、一緒に行きませんか?」


 生徒たちを遠征に出す前に、教官の目で現地を確認しておくということだろう。話はわかるが……。


「何でユナ、君が行くことになったんだ?」

「いちおうAランク冒険者なので、ひとりでも大丈夫でしょって、学校長と上位教官たちに言われまして」


 Aランク、ねえ。彼女と大空洞に潜って、その力に不足は感じなかったが……かなり失礼な話だが、ユナの雰囲気見てると、とても上級ランクの冒険者には見えない。


「いま、失礼なことを考えませんでした?」

「普段の言動のせいだ、気にするな」


 暗にそうだ、と認めてやった。


 そして高等魔法科の授業が始まる。教卓の立つのはユナ、ではなく、俺。心なしかまた受講生徒が増えている。


 サキリスはもちろん、マルカスもいて、アーリィーなどは目をキラキラさせて、俺の教官ぶりを見る。その隣ではベルさんが居眠りしていた。



  ・  ・  ・



 昼で授業が終わる魔法騎士学校である。食堂で昼食を摂る際、ここ数日同席するようになったサキリスとマルカスに、午後の予定変更を伝える。


「ユナ教官が、野外実戦訓練の演習地視察をすることになった。俺も行くから、お前たちもボランティアで来い」


 大空洞ダンジョンばかりじゃ飽きるだろ、と俺が適当なことを言えば、アーリィーと他ふたりも同意した。……なりたてということもあるんだろうけど、人のいうことをよく聞いてるな。


 食後、青獅子寮に戻り準備を整えると、ルイーネ砦への視察遠征へと出かける。


 魔法自動車は王都を出て、スッスロの森への街道を走っていた。いい加減後ろが狭そうだけど、こいつらに装甲車を見せるのは、まだ早いかもな。


 よく晴れた空の下、魔法車は走る。


 目的地のスッスロの森には騎士学校の演習地があるから、森の中にも街道が走っていて魔法車はその上を進んだ。


 何故、森の中に道があるか? 馬や馬車が通行するからだ。魔法騎士生には貴族の子弟もいるから、演習地まで馬車で移動できるようになっているのだ。


 森の中を進むが、特にモンスターなどの姿はなし。あるいは車にビビったのだろうか。猪あたりが突っ込んできそうではあるが。


 ユナのナビで演習地に着く。といっても、一本道の上、終点は開けた広場。周囲に木製の防御用の柵があるだけだが、演習当日は、ここに教官や生徒らが寝泊りする天幕テントが張られる。そう、モンスターの生息する森で一晩過ごす予定なのだ。


 魔法車を止め、降りる。広場は整地されているようだ。てっきり草が伸び放題だったりしているかと思ったのだが。


「演習前に業者が草を刈りますから」


 ユナが答えた。


「その護衛に冒険者が雇われるので、時期によっては依頼を受けることもできたかもしれませんね」

「草刈りの護衛ね」


 俺が苦笑すれば、ベルさんは足で毛づくろい。


「まあ、弱いといっても魔獣が出るなら護衛ってのもわかる話だな。……まさか冒険者が草刈りするわけないだろうし」

「確かにな」


 俺は振り返り、アーリィーを見やる。金髪ヒスイ色の瞳の男装姫は、うんと伸びをする。


「疲れた?」

「うーん、ちょっと座り続けてお尻が、ね」

「でこぼこしてたもんな」


 街道といっても、路面状況がよろしくない場所もある。この広場までは案外斜面になっている場所が多かった。


 俺が視線を向ければ、アーリィーはとっさに自分の尻に手を当てた。


「なに見てるの?」

「別に……」


 もう少しシートの改善が必要かなって思ったのさ。アーリィーのデリケートなお尻のためにもね。


 お師匠、とユナが口もとに手を当てながらジト目。


「……男の子同士で、そういうのはどうかと」


 俺は閉口。何を勘違いしたか。アーリィーが女であることを、ユナ先生は知らない。故に俺もヘタなことは言えない。


「……まさか男色――」

「違うからね!」


 俺が返せば、ベルさんはケケっと楽しそうに笑っていた。

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