第201話、ルイーネ砦、探索


 目的地のルイーネ砦までは整備された道がないので、徒歩での移動になる。こっちは貴族生が来ないから手入れするつもりがないのだろう。


 小さな差別というやつだ。それを言ったら、演習には多少の障害は付き物とか返されるんだろうな。おう、それ王子殿下や貴族の前で言ってみろってんだ――などと頭の中で考えを弄ぶ。


 15分ほど歩いただろうか。獣道じみた細いルートを進んでいると、森の中に朽ちた砦らしきものが見えてきた。


「砦……砦ねぇ……」


 正面から見たところ、壁は割としっかりしているようだ。だが尖塔のてっぺんは崩れてしまっている。所々に木が絡みつき、青々とした草や葉を覗かせている。


「気をつけろよ、ジン」


 黒猫姿で俺の肩に乗るベルさんが砦を見上げる。


「魔獣、というより普通の獣だろうが、気配がある」

「用心しよう」


 俺が言えば、アーリィーはマギアバレットをいつでも撃てる態勢にし、マルカスとサキリスは剣を抜いた。ユナもすでに蹂躙者の杖を手に持っている。


 開け放たれた正面の門から侵入する。というより、門自体が壊れているから、ただの入り口となっていた。


 周囲に視線を走らせる。左手側を見たとき、つまりは砦の西側だが、そちらの壁がなくて傾斜のある森の地形が広がっていた。門を使わなくても、入りたい放題だ。


「ユナ、砦を視察ってことだけど、中に入るのか?」

「はい、お師匠。生徒たちは、この砦の地下四階まで降りて、そこにある祭壇まで行くことになっています」

「じゃあ、そこまで行ってこないといけないわけだな」


 砦の中も、正直に言って朽ちていた。照明もないので昼なのに、真っ暗だ。


「ライト」


 ユナが杖を掲げ、照明の魔法を使うと真っ白な光が周囲を照らしたが、直後、天井から無数のコウモリが襲ってきた。


 慌てず騒がず。


「ファイアーウォール」


 全体がけバージョン。飛来した無数のコウモリどもが炎の壁に突っ込んで、勝手に炭になっていく。細かな火の粉が降ってきて、さらに焦げた肉の臭いが漂う。


「さすが、反応が速いですわね!」


 サキリスが声を弾ませた。まあ、暗がりで光をつけたら、ね。


「俺らだけでやってしまうと、お前たちをただ遠足に連れてきただけになってしまうからな。マルカス、サキリス、前衛に立て」

「了解」

「お任せを!」


 元気があるのはいいことだ。


 正面の広いフロアは、奥への通路と左右にひとつずつの通路があった。左側通路の向こうから光が見えるのは、おそらく壁が崩れて日の光が入ってきているのだろう。逆に右の通路は真っ暗。


 正面は……おっと、天井から微妙に光が差し込んでいるようだ。


「ユナ、ここの地図は持ってるか?」

「はい、お師匠」


 銀髪の魔術師は、蹂躙者の杖をその場に浮かせると、ローブの裏から地図を出して開いて俺に見せた。演習に使う砦ということだけあって、内部構造は壊れている箇所も含めて正確のようだった。


「演習は地下だけど、一階や上の階に何か潜んでいると厄介だから、一通り回るか」


 俺たちは廃墟の砦の中を進む。天井や壁から落ちたと思われる瓦礫がれきが床の上に散乱している。どこから入り込んだか土砂もあって、足元に気をつけないと転倒の恐れがあった。石床にしてもへこみや亀裂、落とし穴じみた穴まであった。


 広い部屋に出ればバサバサとコウモリらしき羽ばたきが聞こえ、時々ネズミが走るのがライトの魔法で照らし出された。


「ひっ!?」


 ビクリとするアーリィー。


『ケケケケ……』

『キキ……ッ』


 引っかくような鳴き声。ネズミではない。どこか嘲笑うかのようなその声にベルさんは呟いた。


「小悪魔どもが……」

「聞こえたか?」

「たぶん、グレムリンだろう」


 悪戯好きの妖精などといわれるが、この世界のそれは醜悪な外見をした小悪魔。数十センチほどの小柄な体格だが、羽を持って飛行して、人の手の届かない場所から飛び道具や魔法を放ってくる。


「……うーわっ、めんどくさ」


 思わず声に出た。どうせ追いかけても逃げるので、奴らが――おそらく複数いるんだろうが、比較的近づいてきたところで魔法で仕留めるのがよかろう。


 見回りを続ける。グレムリンは、ところどころで俺たちへの性質の悪い悪戯、妨害をしてきた。天井の欠片を落としてきたのは、そのもっとも危険なやつで、直撃すれば人間だって簡単に死ぬだろう。


 近づいてきたところで仕留めるなんて悠長なことを言っていると精神的にイライラするだけなので、奴らを誘い出すことにした。


 落し物トラップ。


 悪戯好きのグレムリンは、人の落し物や光モノ、小物などに釣られやすい。擬装魔法で宝石に見せかけた石ころを置いておくと、案の定グレムリンが引き寄せられ、ぎゃぁぎゃぁと取り合いを始めたところで、爆砕魔法で吹き飛ばしてやった。


「グレムリンなんて初めて見ましたわ」

「ああいう仕留め方があるのか……」


 学生たちは興味深そうだった。よい社会見学かな。


 ほどなく砦内の観光ツアーは終了する。放置されてかなりの年代が経っているらしく、だだっ広い部屋だったり通路だったりで、特に見るべきものはなかった。宝物があるはずもなく、ただの廃墟でしかない。


 上を見終わったので、今度は地下へと向かう。演習では地下四階まで降りることになるので、むしろここからが本番だろう。だが上があんな調子では、特に期待するようなものはない。


 地下一階。石床どころか土がむき出している部分が多い傾斜を下っていく。おお、フォレストリザード並みにデカいのがおる……。


 俺たちは地下四階を目指す。それぞれが自分のできることをやって無難に突破していく中、目的の地下四階の祭壇の間へ到達する。


 祭壇の間には魔石灯がついている、とユナが言うので、俺はその魔力回路の場所を教えてもらうと魔力を流し込んだ。すると、室内が魔石灯の青い光に照らされた。


 パッと見えた室内は、広く、まるで教会の礼拝堂のようにも見えた。……うーん、回路が切れているのか、点かない魔石灯があるな。


 魔物の気配はなし。ここが終着点だから、あとは室内を見回って帰るだけだ。ユナは部屋を壁沿いにぐるりと周り、ベルさんはぼんやりと祭壇を見つめている。


 アーリィーはその祭壇へとゆっくりと近づく。


「こういう祭壇を見ていると、子供の頃に聞いた昔話を思い出すな」

「へえ、どんな?」


 俺は彼女のあとに続く。


「地下の神殿、その祭壇の奥には、さらに地下深いところに通じる地下迷宮があるって話。こう、紋章に触れると、秘密の入り口が開いて……」


 ゴゴゴッ、と祭壇の奥の壁が、音を立てて開いた。見れば、アーリィーが祭壇に刻まれた紋章を触れていた。そのヒスイ色の目をぱちくりさせた後、俺のほうへ向く。


「こんなところに扉があった……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る