第199話、人間を信じるのは難しい


「ジンは、ボクが思っている以上に女の子好き?」


 アーリィーはそんなことを言った。青獅子寮に戻り、のんびり休憩中。ソファーに座る俺の前に彼女は立った。


「ダンジョンで、サキリスに近づいたこと?」

「それもあるけど、ユナ教官にその……胸をどうとか」


 そこでちょっと恥ずかしがるアーリィー。大人の階段登ったんじゃなかったのか?


「あー、ジンは女好きだぞ。あっちの経験は豊富でいらっしゃる」


 ベルさんが、そんなことを言いながらトコトコ部屋から出て行った。修羅場を期待してか? クソ猫魔王め。


「言い訳してもいい?」

「ううん、別にいい」


 アーリィーは腕を組んだ。


「ボクは、ジンに恋人がいてもいいと思う」

「ほう……?」


 何故って聞いてもいいかな? 俺が見上げると、アーリィーは続けた。


「複数の異性を妻、もしくは旦那を持つのは珍しくないよ」


 それは王族や貴族の世界の話じゃないかな? 王族の世界だと、正室とか側室とかいうやつ。……いや、この国ではどうかしらないが、地方の豪商が複数妻を持っていたのを見たことあるな。


「ジンは優秀な魔術師だもの。恋人が複数いて、将来奥さんにしても何もおかしくはないと思う」

「君は平気なのかい、アーリィー?」


 俺がサキリスとか、他にも恋人を作ってもさ。


「だって、ボクはこの国の王子なんだよ?」


 アーリィーが悲しそうな目になった。


「どうしたって、ボクは君と恋人になれないし、どんなに好きでも結婚はできないんだよ」

「アーリィー」


 俺は手招きして、彼女を膝の上に乗せた。


「今の君の状況を変えるために、俺は動いている。君が普通に女の子として生きられるようにね。堂々と恋人として付き合えるように」

「うん……」


 アーリィーは頷いた。


「ボクは、あなたのものだから。あなたを信じるだけ」

「そうか」

「ねえ、ジンは、ボクのこと好き?」

「もちろん」

「じゃあ、最初の質問に戻る。サキリスのこと好き?」

「……嫌いじゃないよ」

「ユナ教官は?」

「あれこそ、仕事上の付き合いだ」

「あなたを求めてきたら?」


 そこを踏み込みますか……。うーん、一発殴られておくか。


「恋人複数オーケーだったっけ?」

「そうしたいなら、ボクはいいよ。……ボクのこと、好きなんだよね?」


 それは間違いない。俺が頷いたら、アーリィーは「よかった」と口にした。


「ジンは女好きだもんね。その上でボクを好きって言ってくれるなら、ボクを『女の子』として扱ってくれてるってことだもの」

「君のことはずっと女の子として見ているよ。……これからもね」

「嬉しい」


 アーリィーは俺の膝から降りた。


「ベルさーん、いるんでしょ? 出ておいで」

「修羅場まだー?」


 黒猫がトコトコと戻ってきた。――ざっけんな!



  ・  ・  ・



 深夜、俺は部屋を抜け出し、ポータルでウェントゥス地下秘密基地へど移動した。


 ベルさんと合流、そして会議室で、ディーシーと、シェイプシフターロッドことスフェラと相対する。


「じゃあ、報告を聞こうか、スフェラ」

「はい、主様」


 漆黒の魔女姿のシェイプシフターは一礼した。


「フォリー・マントゥル捜索の件は、現在のところ、特に報告すべき発見はありません」


 サヴァル・ティファルガとシェイプシフターチームによる、アーリィーの人生を不幸に押しやった原因を作った魔術師の捜索。生きているのか死んでいるのか、それすらわかっていない。


「姿を消して10年。その足取りはようとしてしれません」

「こいつがどうなっているかわからないことには、次のステップに進めない」


 国王によるアーリィー暗殺の計画を諦めさせ、家族の絆を取り戻す幸せ家族計画。これは現状維持か。


「エマン王のほうは、どうだいベルさん?」

「ピレニオを置いたことで、多少時間は稼げるだろうよ」


 ベルさんは首を傾けた。


「まあ、親父の言うことを聞くってのは、生前それなりに信用していたってことなんだろうな」

「そのまま、アーリィーを排除しない方向に持って行けないか?」

「解決のための、明確なビジョンを見せられれば可能じゃね?」


 抱えている問題の具体的な解決方法の提示。それが暗殺案よりいい案ならば、エマン王とて実の娘を手にかけようとは思わない。


「マントゥルの件次第ってことになるな」


 俺は一息つく。ディーシーが口を開いた。


「それで、主よ。学生たちは使えそうか?」

「言われたことはできてる。後は経験だろうな」


「それは結構。で、この基地のことはいつ明かす?」


 スフェラ、そしてベルさんも俺を見た。


「そのために、新人教育などやっているのだろう?」

「もう少し様子見だな。さすがに、こちらに引き込むにまだ日が浅い」


 お眼鏡にかなえば、こちらにスカウトするさ。駄目なら、まあ腕を上げて魔法騎士に不足ない実力で学校を卒業すればいい。


「スフェラ、悪いがシェイプシフターを使って、魔法騎士学校の教官と生徒の素行と思想調査をしてくれ」

「承知しました」

「何を企んでいるんだ、ジン?」


 ベルさんが小首を傾げた。


「今の学校で、アーリィーの味方になってくれる生徒がどれくらいいるのかなって思ってさ」


 より正確に言えば、ユナとサキリス、マルカスの交友関係。なにせ俺たちの反乱軍は、この国の王にも内緒で作っているからね。秘密を明かした時、アーリィーの敵に回るような人間と関係があったら……困るじゃない?

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