第198話、大蜘蛛退治


 蜘蛛というのは、益虫と言われ、人間にとって害のある虫などを食べてくれる。ただ見た目の不気味さから悪者にされてしまう例が多いのだが、それも俺がいたもとの世界の話だ。


 そもそも蜘蛛というのは自分と同じ大きさあたりのモノはエサとして喰らう。つまり、その蜘蛛の大きさが人間と同等だった場合どうなるか……? 当然、この世界の蜘蛛は人間や他の動物だって捕食するのだ。――益虫? なにそれおいしいの?


 蜘蛛は虫系のモンスターと似て非なるものであるが、それら虫系に比べて比較的、外殻が薄い。


 マルカスはカイトシールドで敵をいなしつつ、メイスで叩き潰していき、サキリスは器用に槍を使って、蜘蛛を貫いていく。ファイア・エンチャントで熱を持った槍が貫き、または蜘蛛を払いのける。


 アーリィーはマギアバレットで、蜘蛛の頭を的確に潰していく。その彼女の背中を守るようにユナがいて、ファイアボールの魔法で周囲を焼きつつ、大蜘蛛の数を減らしていった。


 ベルさんは黒騎士形態になり、俺と共に最深へと魔物を切り裂きながら進む。


「あの糸の中に、冒険者がいると思うか?」

「わからないから、行ってみるんでしょうが!」


 俺は右手の古代樹の杖を振るい、立ちふさがったジャイアントスパイダーの頭を潰すと、その胴を踏み台として跳んだ。左手に魔力の壁を形成、それをなぎ払うように振るえば、見えない魔力の壁に複数の大蜘蛛が巻き込まれ、壁にぶつかり潰れた。


 奥に近づく。前を塞ぐように現れたスパイダー集団が、俺たちを囲むように展開する。あ、これ。糸くるやつだ――


 光の障壁。


 直後、無数の蜘蛛の糸が噴射され、迫ってきた。しかしそれらは見えない壁に防がれ、へばりついた。同時に糸を張ることで、素早く網状に標的を拘束しようとしたのだろうが……残念だったな。


「糸を繋げたのが失敗だったな」


 炎よ、伝われ――障壁にくっついた糸を伝って炎が走る。糸が繋がっているジャイアントスパイダーにたちまち炎が燃え広がり、焼き蜘蛛が出来上がる。


「ジン! 大物だ!」


 ベルさんの声。見れば、ジャイアントスパイダーの、三倍以上の大きさの蜘蛛の化け物がゆらりと影から現れ、俺たちを見下ろした。メスの蜘蛛はオスより大きいのは知ってるが、大き過ぎだろうこれは!?


「アリや蜂に女王は聞くが、蜘蛛に女王なんて聞いたことないぞ……!」

「悪いが、アレはオレ様がいただくぞ!」


 ベルさんがデスブリンガーを手に、ボス蜘蛛に挑んでいった。最近大人しかったから、フラストレーション溜まってたんじゃないかと思うよ。でもまあ、デカいだけの蜘蛛じゃ、ベルさんの相手にはならないんだろうな……。


「せやっ!」


 デスブリンガーがボス蜘蛛の頭をかち割った。態勢が乱れたボス蜘蛛、その胴体に剣を突き入れるベルさん。そのまま一気に跳躍! 剣先が蜘蛛の胴体の中なので、そのまま剣がボスを切り裂いていく。……ほらな。もう終わった。


 さて、雑魚の掃除を続けよう。


 アーリィーたちは……おっとこれはよろしくないな。突っ込んでくる蜘蛛は蹴散らしているが、糸を飛ばしてくる個体が、何気に厭らしい。


 マルカスは盾で防いでいるが、動きが鈍くなっているし、サキリスにいたっては左腕のバックラーに糸が巻きついていて、蜘蛛と綱引き状態。アーリィーも足もとに糸塊を吹きかけられ、そこから動けずにいる。果敢にマギアバレットで反撃するが、ユナは――ああ、糸に絡め取られていた。たぶんアーリィーがかわした流れ糸に当たったのだろう。本来ならこの程度で後れを取る人間ではないが、生徒を守っての制限では限界があるか。


 あの四人だけだとちょっと厳しめの戦況だな。


「ファイアボール。同時誘導」


 俺の周りに複数の火の玉が浮かび上がる。魔力を見えない糸状に伸ばし、標的の大蜘蛛に貼りつける。


「行けっ!」


 魔力の糸に誘導されたファイアボールが対象となったジャイアントスパイダーに襲い掛かる。まず十体が尻に火球が着弾して燃え上がった。


 エアブーツで浮遊。俺は視界を広く取りつつ、次の十体に狙いを定め、ファイアボールを放つ。意思を持ったように動く火の玉は動き回る蜘蛛を追いかけ、追い詰め、そして炎上させた。


 かくて、第九層はずれ通路最深部に巣食っていた大蜘蛛は掃討されたのだった



  ・  ・  ・



 ジャイアントスパイダーのいなくなった最深部。


 仲間たちを絡めて動きを封じた糸を解き、奥にあった糸塊のなかを探る。……残念ながら生存者はいなかった。さすがにこれは……見せられないな。合掌。冒険者のランクプレートを回収。他に遺品になりそうなものはなかった。


 焼いてしまった蜘蛛は素材もクソもないが、斬ったり潰したりした個体の中のほか、魔石は回収できた。蜘蛛の肉……はおそらく、ここにいるメンツで食べようと思う奴はいないだろうなぁ。ベルさんは除く。


 あと、大量の蜘蛛の糸をキャッチャーで集めた。大漁大漁。漁じゃないけど、これだけあれば魔力回路の素材にしても充分余りがあるし、その余りを使って装備を作るのも悪くない。マルカスにしろ、サキリスにしろ、軽い装備を希望していたからな。


 ……ん? サキリスさん、あなたはどうして、そうモノ欲しそうな目で、キャッチャーに巻かれた糸を見ているのかな?


 俺はズイと、サキリスのもとへ行くと、その端整な顔に自らの顔を近づける。ドキリとした様子で目を丸くする彼女に、俺は囁く。


「ひょっとして考えた? 蜘蛛の巣に絡めとられる自分の姿」

「……!」


 どうやら図星だったようだ。


「よしよし、糸を加工したら、あとでお仕置きをしてあげよう」

「は、はい……」


 随分と素直なもんだ。そんな俺とサキリスを見て、マルカスが、何ともいえない顔になった。


「お前たち、付き合ってたりするのか?」

「……そう見えるか?」


 俺が真顔で返事する。サキリスには悪いが、俺が女子に興味を持っている男子というアピールをさせてもらおうかな。


 アーリィーと親密とはいえ、周りの者からしたら彼女は王子。俺はともかく、アーリィーにも妙な評判を立てるわけにもいかない。


 が、そうとは知らないサキリスは人前だったことで羞恥を覚えたらしく、思いっきり俯いている。


 騙しているようで胸がチクリと痛む。俺は相当な悪党だな。


 すっかりその気になっていたサキリスをよそに、アーリィーがわざとらしく視線を逸らした。心なしか顔が赤いのは……やっぱり見ているところでイチャつくようなことをしてほしくないというところだろう。


 きちんとフォロー入れておかないとな。でも、嫉妬するアーリィーも可愛い。


「……少なくとも、教官の前でどうかと思うぞ」


 マルカスの視線の先には、魔法科教官であるユナ。そしてその右肩の上には黒猫姿に戻ったベルさんが乗っていた。


「お師匠のすることですから」


 ユナは、いつもの平坦な調子で、特に気にした素振りもない。


「お師匠、お疲れでしたら、おっぱい揉みますか?」


 周囲の空気が固まった。いきなり何を言うのこの人! だが、こういうことを言う時の彼女は、お願いをする時もである。


「あの複数同時の誘導ファイアボールですが、どうやってやったのでしょうか?」


 うん、知ってた。魔法に関する質問なのは。


「複数のファイアボールを二、三の標的にぶつけるという芸当は可能といわれていますが、同時に十もの別目標に誘導するなんて技は見たことも聞いたこともありません」

「わかった。帰りながら話そうか――」


 帰りの道中は、魔法談義になったのは言うまでもない。

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