第197話、第九階層の巣
「あのさ……」
ダンジョン第九階層。無数の横穴が入り組んでいる、通称『迷路洞窟』。俺たち魔法騎士生パーティーは、対魔獣戦の経験稼ぎにダンジョンに潜っていた。
「なあ、サキリス。お前って奴は――」
呆れも露わな俺が、豪奢な金髪を持つ美少女魔法騎士生を見れば、当人は顔を赤らめてぶんぶんと首を振った。
「いや、これは! わ、わざとじゃありませんわ!」
「……だと言ってるが、ベルさん、どう思うね?」
「説得力の欠片もないな。だってこいつ変態だもん!」
しかもドMだ。ベルさんが言い切った。
サキリスは、ジャイアントスパイダーの糸にひっかかり、地面に横たわっていた。ご丁寧に糸を振りほどこうとして失敗し、何故か後ろ手に縛られているような格好になっている。
まあ、わざとじゃないのはわかってる。少なくとも、妄想を口にすることがあっても、足を引っ張ることはプライドが許さない性格なのだ。……貴族ってめんどくさい。
「マルカス、前方を警戒。アーリィーは右手の横穴に注意。ユナ、後ろの警戒任せたぞ」
「了解」
「わかった」
「はい、お師匠」
それぞれが動く中、俺は革のカバンストレージから『蜘蛛の巣キャッチャー』と呼ばれる長さ三十センチほどの棒を取り出す。……ちなみにこれは冒険者ギルドでも売っていたりする。ジャイアントスパイダーやその他蜘蛛の魔物の糸を採るための道具だ。
俺は蜘蛛の巣キャッチャーで、周囲のスパイダーの糸を採集する。よいしょ、よいしょ――
「あの、ジン君……? できれば早く解いてくれると嬉しいのですけれど……」
「……」
俺がひと睨みすると、サキリスはビクッと身をすくませた。とりあえず、まわりの邪魔な糸を除去しておかないと、また引っかかる奴が出るかもしれんから、お前は後回しだ。
「あぁ……、これは罰なのですね」
「黙れ」
ひょいひょいと通路上に巣をはっている糸を回収する。そしてサキリスを拘束している糸を火竜の牙ナイフで溶かしながら切断した。
「ありがとうございます、ジン君」
「よし、サキリス。罰をご希望だったな。つまらないところで蜘蛛の巣に引っかかったペナルティーだ。……そこの蜘蛛の死体を解体しろ」
ひぇっ、とサキリスの表情が引きつった。倒したジャイアントスパイダーの死体が転がっている。
「そいつ、魔石持ちだから、頑張って採り出してくれな」
お前の嫌がりながらも、次第に恍惚こうこつとした顔になっていくのなんなの本当。まあ、嬉々として解体するような、マッドな変態はご勘弁いただきたいところだ。ただでさえ、おかしな奴だからな。
とはいえ、せっかく冒険者やってるのだから一人で解体できるようにはなっておいても損はあるまい。のんびりやろうぜ。
サキリスが解体を終えた後、俺たちは第九階層を彷徨さまよった。といっても地図もあるし、迷子になったわけではない。魔物狩り、せっかくなので大蜘蛛を集中的に狩ることにしたのだ。
一度目より二度目、二度目より三度目と、経験を重ねるほど、人は伸びていく。入り組んだ通路は比較的狭いところが多かったので、前衛はマルカスとサキリスで交代しながら進めていった。
出てくるワームやジャイアントスパイダーと真っ先に当たるのが前衛だが、マルカスの順応は早かった。
基本、左手の盾を前に出しての亀戦法。相手に一撃を出させたうえで、右手のメイスを振り上げての反撃。ジャイアントスパイダーを例にすれば、糸吐きを盾で防ぎ、相手が次の攻撃を繰り出す前に肉薄、その頭を叩き潰す。
手堅い、だが安定感のある戦いぶりだ。
その点、サキリスは大蜘蛛やワーム相手だとマルカスに一歩遅れていた。メインウェポンが槍になった影響だろう。大蜘蛛を槍の一刺しで倒すのは難しく、またワームも刺すよりは斬る、叩くのほうがいいのだが、如何せん周囲の地形や標的の大きさが不利に働いていた。……まあ、向き不向きはあるさね。
「ねえ、ジン」
俺のそばを進んでいたアーリィーが口を開いた。
「さっきから、壁に番号が振られていないけど……道はあってる?」
「ああ、別に次の階層に行こうとしていないから、いいんだよ」
壁の番号というのは、この迷宮洞窟の正しい道順を示した数字で、まったく意味をなさない行き止まり通路などには数字がついていない。数字を見つけてたどっていけば、入り口と出口には通じているため、地図がなくても踏破は可能だ。先駆者たちの努力の成果である。
まあ、俺は以前DCロッドがスキャンした地図を持っているわけだけども。
「実は最近、この階層で行方不明になる冒険者が相次いでいるらしい。ギルドから第九階層へ行くことがあったら、見てきてほしいと言われているんだ」
皆が優秀だから、思ったより早く第九階層についてしまった、というのもある。次の第十階層がジャングルエリアで、きちんと準備をしていない今日は行くつもりはなかったから、冒険者ギルドで言われた話を消化しようという魂胆である。
ただ学生たちの指導だけでなく、ちゃんと冒険者やってますよというギルドへのアピールだな。
「それにしても、やたら蜘蛛が多くないか?」
ベルさんがのん気な調子で言った。
「なあ、ジンさんよ。オレの経験から言わせてもらうとだな……」
「ベルさん」
俺は首を横に振った。
「ネタバレ厳禁な」
ふむ、と黒猫はひょいと視線をそらした。後ろを見れば、ユナもまた目を逸らす。
どうやら彼女もベルさんの言いたいことを察したらしい。俺も当然、この先に何があるのか――実際見ていないが、だいたい見当がついていた。グロ注意。
やがて、現在ルートの最深部。行き止まりであるが開けた場所に出た。
「照明玉」
光を放つ魔法の玉を作り、俺はその真っ暗なフロアに放った。
わしゃわしゃ――無数の白い糸にまじり、黒くて大きな八本足の魔物が無数――
「ひっ!?」
サキリスとアーリィーが同時に引きつった声を出した。
ようこそ、ジャイアントスパイダーの群生エリアへ。そこらじゅうに糸が張り付いて、壁が白く見える。奥のほうには吊り下げられた糸玉のような塊は、おそらく中に麻痺毒で眠らされた動物やらの入った保存食だろう。……人間も混じっている可能性が高いけど。
「ジ、ジン……?」
マルカスが一歩後退した。ベルさんが口を開く。
「おやまあ、何とも数が多すぎやしねえかこれ?」
目に見える範囲の蜘蛛の数が半端なかった。というか、ジャイアントスパイダーってここまで大集団を形成するものだったけか? 通常のジャイアントスパイダーに加え、やや小型だがそれでも一メートルそこそこの大蜘蛛が壁や地面を這ってこちらへ進んでくる。
異常発生、というかイレギュラーな例。この階層の大蜘蛛が、やたら攻撃性が高いと思っていたが、放置するとヤバいパターンだなこれ。
「とりあえず退治だな。マルカス、サキリスはファイア・エンチャントで武器を強化。数が多いから、一撃で一体を倒せるようにしろ。アーリィーは掩護、ただし奥にある糸の塊は攻撃しないように」
あと、ユナはデカい魔法は禁止な。……俺もだけど。
ジャイアントスパイダーが、八本の足でせかせかと迫ってくる。それも群れともなると、気持ちを悪いを通り越して背筋が凍る。
まとめて吹き飛ばせば楽なんだろうが、奥にある糸の塊の中に、麻痺で眠っているだけで生きている冒険者とかいたら、寝覚めが悪い。
「まあ、面倒ではあるが、面倒を見てやろうじゃないか!」
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