第196話、魔法が得意でないクラスメイトが魔法授業に参加した結果


 エアブーツの件は、冒険者ギルドのほうで業者を当たり、商品化を進めていくという流れとなった。


 商品サンプルを作り、初期量産型は、魔法騎士学校生徒の希望者で試すこととし、その効果のほどを確かめたのち、一般向け販売に向けて推し進める。


 なお、先に注文を受けた、サキリス、マルカス、ユナに対しては、冒険者業で同行する可能性が高いので、ディーシーに生成されたものをさっそく渡すことにした。


 学校だと他の生徒の目があるので、放課後、青獅子領に来た時に渡す。


「そうそう、マルカス。今日、選択授業で高等魔法授業を受けろよ」

「高等魔法授業だって?」

「君はエンチャント系の魔法を覚えたがっていただろう? 一から説明して実践するにしても、基礎知識を授業の時間で学んでおけば、時間の節約になる」

「そういうことか。それなら今日の選択は、魔法授業を受ける」


 確か、ユナ教官の授業だったな、とマルカスは頷いた。……ああ、そうか、コイツは知らないのか。いま高等魔法科授業がどうなっているのか。


 そして本日最後の授業である四時間目の選択授業。普段から高等魔法科授業を受けているアーリィーとサキリスに連れられてマルカスは、魔法科教室へとやってきた。俺がいないことを怪訝けげんに思っていたようだったが、授業が始まった時、ユナ先生と一緒にやってきた俺を見てビックリしていた。


 もう慣れているアーリィーやサキリスは期待に満ちた目を向けてくる。


 そう、初日に俺に授業をやらせたことで、学校からド叱られたユナだったが、まったく懲りていなかった。


 というより、自分より優れた人が教えるべきだと、テコでも動かないので、今では彼女の高等魔法科授業は、俺が指導している。


「――では、今日は補助魔法、エンチャント系統の魔法を取り上げる」


 補助魔法、と聞いて、生徒たちが発散する熱量がわずかながら下がるのを感じた。派手な魔法がお好みなのはどこも同じ。補助と聞くと地味な印象だから、気分が盛り下がるのは仕方がないことだ。


 もっとも、俺がこの教壇に立った頃やそれ以前の授業風景と比べれば、わずかな変化に収まっていたが。……そこは短い間とはいえ、俺の指導の成果だと誇っていいと思うね。なあ、ユナ教官?


 さて、エンチャントとは、魔法をかけるということだ。


 俺は黒板代わりの板に、魔法文字をインク代わりに『エンチャント』と書いた。


 ちなみに、この学校での一般的な指導は、黒板はないがボードに地図や資料を貼ったりする以外は、基本的に、教科書を開きながら教官がとうとうと語るというもので、生徒は言われたことをノート代わりの羊皮紙に書き記す。黒板などがなく教官も書いてくれないから、聞き逃したりすると結構大変だったりする。


 ……まあ、俺はちゃんと書いてあげるから、聞き逃してしまってもある程度フォローできるようにしているけどね。


 エンチャント系と聞くと、RPGなどではもっぱら補助魔法として扱われるが、この世界でもその認識で間違いない。


 付加魔法とも言われ、武器や防具、道具などに魔法的効果を付加する。大まかに分けると、一時的に効果をつけるものと、長い期間において効果を与えるものになる。


 前者は主に呪文詠唱による魔法であり、後者は触媒や魔法文字を使った、どちらかと言えば、魔法具製作や魔法陣などに用いる。


 今回の授業は前者、一時的に魔法効果を武具などに付加するほうだ。


「呪文詠唱について、いまさら皆に説明することはない。……この教室にいる皆は個人差はあるが魔法を使えるからね。ではこの高等魔法科で何を学ぶのか? より魔法を上手く使いたい。効率的に魔法を使いたい、もっと色々な魔法……つまり高度な魔法を習得したい――」


 ぐるりと教室を見回せば、高等魔法科を受講する生徒たちの目が爛々らんらんと輝いている。……こいつら人の話をよく聞くな。まったく、本来なら俺も生徒なんだけどね。


「ということで、ここからはエンチャント魔法をひとつ実演しながら、そのやり方、考え方を教えようと思う。この授業が終わる頃には、皆は今日教える魔法を覚えることができるうえに、要領のいい者は短詠唱や無詠唱のきっかけが掴めると思うので頑張ってほしい」



  ・  ・  ・



 なんてこった!


 授業が終わった後のマルカスは、頭を抱えていた。


「おれ、こんなことなら、こっちの授業をもっと早く受けておくべきだった……」


 彼がそんなことを言う理由が、魔法については得意でもないにもかかわらず、1時間の授業が終わる頃には、魔法をひとつ使えるようになったからだった。


 ファイア・エンチャント。火や熱を付加する魔法だ。マルカスは、武器に属性を付加させる魔法を覚えようと思っていたところだから、実にあっさり覚えてしまったことに、自分でも驚きが隠せないようだった。


「難しいと思わないことだよ」


 俺は食堂への道すがら言った。隣にはマルカスがいて、後ろにはアーリィーとサキリスが話しながらついてくる。


「もともと君はファイアボールと、火照明トーチの魔法が使えただろう?」

「ファイアボール!」


 俺の肩に乗るベルさんが笑った。


「あんなヘナチョコ火の玉じゃ、スライムしか倒せないぜ」

「悪かったな」


 口を尖らすマルカス。せっかく人が話しているのに――俺は軽くベルさんの頭をはたいた。


「……まあ、ささやかでもそれだけできれば、エンチャントを使うなんて造作もないよ」


 そもそも、付加する魔力だって、形を変えれば火の玉だって、松明にだってなるのだから。要は魔力をどう変換するかだけであり、基本しかできない低い術者でも、その基本さえできるなら問題ない魔法なのだ。


 ……まあ、学校の魔法教科書や高尚な魔術師の教えが、さも難しいものだと印象づけるせいで、ハードルを感じてしまう者が多いのも事実だが。


「しかしなあ、魔法には呪文の詠唱ありきだと思っていたが。まさかそれ以外にも魔法を使う方法があったとは……」


 マルカスは神妙な調子で言った。


 俺が授業でやってみせたエンチャントの方法は三つ。一つは定番である呪文詠唱。二つ目は、魔法文字を刻んだ紙を付加したい物体に当てて魔力を流すことでエンチャントする方法。三つ目が、指先に魔力を集め、それを付加したい物体に塗るように触れさせるというやり方。


「指先に魔力を集めて、直接魔法をかけるものを発展させたのが、要するに『魔法文字』ってことだよ」


 呪文だけではいまいち魔法のノリが悪いマルカスには、魔法文字の刻んだ紙を使った方法をプラスさせたり、指先に魔力を集めて付加する方法とセットでやらせてみたりした。結果は上々だった。


「なあ、ジン。ひょっとして、お前に魔法を教わっていたら、おれは魔法の成績、もっとよかったりしたんだろうか……?」

「今より腕前はよくはなるとは思うよ」


 俺は正直だった。そして肩に乗るベルさんもまた正直だった。


「でもよ、他の連中と一緒に教わっていたらなら、そいつらも上がるから、成績の順番はあまり変わらなかったんじゃないかね」

「努力次第じゃないかな?」


 フォローしておくが、伸びる奴は伸びるし、本人次第だと俺は思うね。

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