第195話、エアブーツのもたらした波紋


 翌朝、俺とアーリィーはアクティス魔法騎士学校に通う。アーリィーは昨日俺が渡したエアブーツを履いての登校だ。


 ローラースケートを履いているようにあっという間に林を抜け、校舎が見えてくる。

 寮から歩いて登校する生徒たちの列が見えるが、彼、彼女らは、エアブーツでかっ飛ばす俺とアーリィーを見て驚いていた。……そういえば俺はずっとエアブーツを使っていたが、生徒たちの前では披露したことなかったっけ。


 アーリィーは注目を集めたが、気にした素振りは見せなかった。彼女の表情を見ていると、最近は吹っ切れたように見える。


 明るくなったと思う。


 ルーガナ領では命を狙われた。信じていた近衛隊長も命を落とし、彼女の心を打ちのめした。そこから少しずつ前向きになっている……そう、思えるんだ。


 まだ危険を脱したわけではない。アーリィーが自分のやりたい人生を歩めるように、周囲に固められた人生から踏み出せるように、守ってあげないとな。


 さて、学校だが、一時間目が終わった休憩時間。俺とアーリィーはクラスメイトたちに取り囲まれた。


 原因は、エアブーツにある。


「いったい、あの移動は何ですか? まるで風のようでしたわ!」

「魔法ですか!? 殿下!」

「その羽根のついた靴、魔法具ではありませんか? ジン君も同じものを履いてらっしゃいますよね!?」

「うん、これは魔法具なんだ」


 アーリィーは、エアブーツを皆に説明した。……もちろん、俺が『作った』ことは伏せて。ただお揃いのものを俺が履いているものだから、皆がぜひ自分にも欲しいなどと言い出した。


 王子殿下におねだりするのはどうなのか、と俺は思うのだが、まあ、このあたりは貴族生たちにとっては駆け引きなのだろう。上手く取り入ろうとする普段のこともあるから、彼、彼女らに淀みはない。


 最初はさも王族の持ち物みたいな雰囲気だったが、勘のいい生徒もいて、実は俺が初登校日からそれを履いていたことに気づいた者がいた。結果的に、矛先は俺のほうへ向くのである。


「ジン君が調達した靴ではありませんか? それならぜひ、私たちにも手に入れてくださらない?」

「あー、うん……」

「お金なら幾らでも出すから!」


 まあ、もしかしたら、こうなるんじゃないかな、とも思ってはいた。昨日のユナ、サキリス、マルカスの反応を見たらさ。


 さて、どうしたものか。お金を出すからって言うなら、ディーシーに量産してもらえ用意はできるが……。


 事がここで終わるとも思えないんだよな。



  ・  ・  ・



 学校が終わり、青獅子寮に帰宅。そしてそこから、王都冒険者ギルドへ行った。


 その談話室。机を挟んで向かい合うのは、毎度おなじみの王都冒険者ギルドの副ギルド長のラスィアさんである。


 ダークエルフ美女は、紅茶の入ったカップを置くと、その切れ長の目を俺に向けてきた。


「エアブーツですか……。あなたはずいぶんと変わった品をお持ちなのですね」

「移動とジャンプ力を大幅に高める靴です。ええ、魔法具なので、足の遅い魔法使いの移動には特に高い効果が見込めます」

「それがこれ、ですか」


 視線は机の上の、エアブーツに向く。外見はただの革靴に、グリフォンの羽根が四枚と魔石が一個ずつ付いているだけである。


 いわゆる廉価版だ。俺が履いているものや、アーリィーにプレゼントしたものに比べて性能は下がる。以前、作ったやや古い型なんだけどね。


「普通にこれを欲しがる冒険者もいるでしょうね」

「でしょうね」


 俺は同意しておく。


「実はアーリィー王子殿下に献上したところ、大変気に入っていただけたのですが、学生から注目されてしまいまして。……ほら、魔法騎士学校には貴族の子女も多く通っていますから、珍しいモノに目がない」

「なるほど」

「それで、ぜひこれを欲しいという生徒たちから注文が殺到している状況です。が、あいにくと自分ひとりでは手に余ると言ったところです」


 ぶっちゃけると、忙しい。やることいっぱいあるから、以後欲しい奴は、冒険者ギルドに行ってくれ、と丸投げするつもりなのである。


「自分は靴職人でも魔法具職人でもありませんから」

「案外、あなたは職人も向いているかもしれませんよ。魔法具店でも始めてみてはいかがです?」

「なかなかきついジョークですね」


 ラスィアさん、意外と言うのね。俺は苦笑する。


「やっぱり魔法具専門の店に持っていくのがいいですかね。このエアブーツのアイデアを売って、そこで作ってもらうというのが」

「それが無難でしょうが……ひとつ、私のほうから提案よろしいですか、ジンさん」

「どうぞ」

「このエアブーツのアイデア、いえ権利を、冒険者ギルドに売っていただけませんか?」

「ギルドに?」


 はい、乗ってきたー。その反応を待っていた。


「ジンさんにはオリジナルの製作者として、権利を買い取った金額ならびに、エアブーツの売り上げの一部を報酬としてお約束します。魔法具や靴業界への手配や受注などは、冒険者ギルドのほうでやりましょう」


 つまり、面倒をギルドがほとんど引き受けてくれたうえで、エアブーツが売れたらその分からお金を少々もらえるという話だ。……計画通り。


「とてもありがたい話ですが、いいんですか? 冒険者ギルドで」


 本当なら商業ギルドとかに持って行くべきだったかもしれない。だが、あいにく俺は、商業ギルドにコネがないのでね。冒険者の相談は冒険者ギルドに、だ。


「このエアブーツ、需要がかなりあると思うんですよ」


 ラスィアさんは切れ長の目を細めた。


「先ほど申し上げたとおり、冒険者たちもこのブーツの能力を知れば購入しようと考える人も多いでしょう。ただいくつか問題点もあります。例を挙げれば、素材ですね。グリフォンの羽根と魔石の調達。……グリフォン討伐や魔石回収系の依頼が増えることが予想されます」


 依頼数の増加は、冒険者ギルドの望むところ。さらに魔法具の権利を持っていれば、実際に製作する下請けや関係する所との交渉が進めやすくなる。エアブーツは素材の関係からしてそこそこ高額になるだろうが、それでも売れるとラスィアさんは見込んだのだろう。


 つまり、金のなる木だ。


「そうですね。ルーガナ領にあるボスケ大森林は、グリフォンが生息していますから、狩り場として打ってつけかも」


 グリフォン狩り依頼を受けて、ルーガナ領へ来る冒険者が増える。アーリィーの治める領地も潤う。これが経済を回すってことだ。ディーシーに丸投げして自分だけ稼いでも領は豊かにならない。


 ラスィアさんは言った。


「正式な契約書を作成しましょう。条件について、細部を詰めたいのですが、よろしいでしょうか?」

「いいも悪いもありません。よろしくお願いします」

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