第188話、クラスメイトとダンジョンに行ってみた


 翌日の午後、大空洞ダンジョンへは魔法自動車での移動だった。


「いったい何だこれは!?」

「これが、移動用の魔法具だといいますの!?」


 初めて見たマルカスとサキリスの反応は、まあお約束といったところだろう。これからちょくちょくお出かけすることになる二人である。いまのうちに慣れてもらう。


「もちろん、他の人間には内緒な?」


 と言っても、どこまで秘密が守れるかは疑問だけどな。


 そしてこのふたりよりも興奮している人がひとり。


「お師匠、お師匠!」


 ユナが玩具を目にした子供のような目で、俺の魔力自動車を見つめる。


「これは乗り物のようですが、魔法具なのですか……!?」

「そう、乗り物だよ」


 大空洞へ向かうにあたって、魔法騎士学校教官であるユナに同行してもらう。学生をダンジョンへ連れていくことについて、教官でありAランク冒険者である彼女がいれば、少なくとも体面は保たれる。


「お師匠、この『車』は、どういう仕組みなのですか?」

「動力は魔石だ。その魔力を車の各機構に接続した魔力伝達線に流すことで動く」


 前進しかり、後進や方向転換、ブレーキしかり。


 説明もそこそこに、俺は運転席、アーリィーが助手席。ベルさんはその間の専用席。残る3人は後ろに乗ることになったが。


「……狭い」


 マルカス、ユナ、サキリスは装備で固めているからより窮屈さに拍車がかかっていた。……せっかく装甲車も作ったんだ。次はそれにしておくか。


 そんなことを考えながら、俺は王都で魔法車を走らせる。擬装魔法で姿を変えているので騒がれることはない。初めて車に乗るマルカスとサキリスは、窓から見える周囲の景色を興味深げに見やる。行き交う人々。見慣れた王都の町並みが、いつもと違って見えるようだった。


 そして王都外壁の門を抜け平原に出ると、俺は早速、スピードを上げてダンジョンを目指す。その速さに、初めて魔法車に乗る二人は目を見開き、驚きを露わにした。


「馬車なんかより断然速いな!」


 マルカスが声を上げれば、助手席から振り返ったアーリィーがニコニコと彼を見るのだった。


 俺はフロントガラス越しにちらと視線を上に。うっすらと曇り空が広がっている。雨が降るようには見えないが、雲量が多い。


 あれこれ質問してくるユナ。車の強化改造案を考えながら答える俺。もっぱら聞き役に回っているベルさん。ユナの魔法や魔法具に関する質問はほとんど絶え間がなかったので、道中の退屈さを感じることなく大空洞ダンジョンまでたどり着く。


 魔法車を大ストレージに入れ、いよいよダンジョン内部へ乗り出す。……ストレージのことをユナにあれこれ聞かれたが割愛。ちなみに彼女も容量に限界があるが、収納魔法のかかった魔法具カバンを所有していた。


 車から降りて、俺たちは装備品の最後の点検。


 俺は竜鱗の服にエルフマント、左腕にミスリル製小型盾バックラー、武器には古代樹の杖を持っている。英雄時代に古代樹の森で手に入れた素材から作った杖は、軽くて硬く、魔力との相性もいい。革のカバンに荷物を詰め、腰のベルトにはダガー『火竜の牙』を下げている。……一応、冒険者らしくしておかないとね、学生たちの前ではさ。


 アーリィーはカメレオンコートの下に、ミスリル製の胸甲と肩当を着込んでいる。もちろん、以前渡した防御魔法具できっちり固めているため、軽装に見えて、おそらく一番防御力が高いだろう。


 武器は新型の魔法銃マギアバレットに加え、腰には緊急時に使う薬などを入れるポーチと、近接用のライトニングダガーを下げていた。……新型だぜ。


 サキリスは、ミスリルの鎧に盾、剣と、ふだんの訓練ではおなじみの装備だ。女性魔法騎士としては定番のスタイルだが、大変高価なミスリルシリーズで固めているのは、さすが裕福な家の出と言える。


「兜は?」


 俺が問うと、サキリスは不満げな表情を浮かべた。


「わたくし、あまり兜って好きじゃありませんの」


 特にデザインが、と伯爵令嬢はおっしゃった。元々防具なのだし、肝心の機能さえあれば見た目は二の次……でもないか。


 戦国時代の武将の鎧兜、特に兜の角飾りの独特さは個性の主張も甚だしいものがある。偉い人の装備はそれなりに自己を表現する道具でもあるから、サキリスの言いたいことは何となく理解した。


 せっかくの美顔を損なう、という女の子的な思考の発露だとしても。


「それでも、頭を守る防具はあったほうがいい。帽子でも髪飾りでも何もないよりは……まあ、次までにちょっと考えてみようか。女の子らしい、可愛さとできれば機能も考慮して」


 俺がそう言うと、サキリスは「可愛さ」という言葉に惹かれたのか興味を示したようだった。……あと、アーリィーが何やらとても熱心な視線を向けてきた。君は、この中では男の子という扱いだからね? 可愛さは無理だよ?


 さて、マルカスの装備は、まさに騎士と呼ぶにふさわしいプレートメイルだった。……うん、マジで硬そう。同時に重そう。前衛に置いたらまさに壁。重量級でもなければ体当たり食らってもビクともしなさそうだ。


 武器はアイアンソードで、盾は下が三角になっている、いわゆるカイトシールドを持っている。


「……どうしたんだ、ジン?」

「いや、別に」


 その装備は重いと思うぞ。とはいえ、何事も経験だと思う。少なくとも昨日今日の素人というわけでもあるまい。生半可な鍛え方はしていないはずだし、マルカスは生真面目だしな。


 見た目は重そうだが、可動部は大き目に作られているので意外に動ける。それはそれとして、伯爵家出身と階級上は同じはずなのに、サキリスと差を感じるのは妙な気分だ。


「マルカス、お前、ミスリル製の武具持ってなかったっけ?」

「ん? ああ、あれは家からの借り物だ。おれは次男だからな。後継の決まってる長男と違って、自由にできることは少ないんだ」


 あぁ、そういえばよっぽどの無能か、健康上の理由がない限りは、貴族社会っていうのは長男が優先されるんだったな。後継者優先主義というか、次男三男はそのための予備的な扱いで、財産的にも雀の涙程度とか。


 とはいえ、サキリスのミスリル製と比べるからいけないのであって、鉄製のプレートメイルだって、相当高価な装備なんだけどな。


 一方でベテラン冒険者であるユナは、魔女帽子ことつばの広い三角帽子に黒のマント、腕に銀色の腕輪をつけているが、おそらく防具を兼ねた魔力増幅触媒だろう。武器はデバステーターロッドである。


 ベルさんは、今回は黒猫形態で通すつもりらしい。大空洞の初級階層で暴れるつもりはないのだ。いや、新人教育の場だと理解しているんだろうな。


 その黒猫以外は、それぞれポーチを携帯。中にはポーションが三本、毒消しなどが入っていて、軽度な手当てや回復行為が行えるようになっている。俺やアーリィーが治癒魔法を使えるが、それができない状況に備えるのだ。


 俺とユナで、装備の不備がないか確認した後、ぽっかりと開いた大空洞の入り口へと足を踏み入れた。

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