第187話、下地作りのための目標設定


 冒険者登録を済ませ、アーリィーたちは冒険者を示すランクプレートを受け取る。駆け出し冒険者であるFランク、ブロンズ製のプレートだ。


 アーリィーはどこか嬉しそうに、サキリスはやや不満そうに、マルカスは淡々とした様子で自身のランクプレートを見ていた。


 なおアーリィーの冒険者登録は、本名ではなく偽名になっている。


 ラスィアさん曰く、冒険者の中には、偽名で登録していることも珍しくないという。冒険者として活動する際の名前なので、あだ名や愛称で登録することもあるという。


 かく言う俺も、今のは本名だけど、最初に作ったのは、偽名だったしな。


 貴族の子弟だったり、意外な人が身分を隠して冒険者をやっていることもあるから、ギルドとしてもあまり気にしないらしい。


「アーリィー殿下は王族ですから。偽名での登録、事情はお察しいたします」


 ラスィアさんの言葉に、アーリィーは笑みを浮かべる。様子を眺めていたベルさんが、トコトコと俺の前にやってきた。


「貴族の冒険者が珍しくないってさ」

「……まあ、そうかもしれないな」


 王子様と、貴族の令嬢と次男――俺の隣にいる三人を見やり頷くしかなかった。かくて、クラスメイト三人が冒険者になった。


 談話室を出て帰る時、俺は後ろのメンツに、ここにいる冒険者たちを観察するように、と言っておいた。


 掲示板を眺めるが、今日は見るだけ。学生たちには冒険者がどういう仕事を受けているか、軽く知っておいてもらうためだ。どうせそのうちに受けるようになるしな。


 さて、学校へ戻る道すがら、俺は皆に今後の予定を告げる。


「いきなり大物を、といっても、早々現れるものでもないし、突然それに当たっても大怪我する未来しか見えない。だからまずはダンジョンに行って初級の魔獣相手に経験を積む」


 俺が言えば、ベテラン冒険者であるユナも同意の頷きを返した。


「大空洞ダンジョンの上層は、初心者でも対応できる雑魚ばかりだから、『生きた魔獣相手』の基礎としては充分だろう」

「初級相手と言うと?」


 生真面目なマルカスが聞いてくる。


「ふむ、主にスライムやゴブリン、コウモリ、スケルトンの相手だな」


 スライムは不定形タイプ、ゴブリンは亜人種、コウモリは飛行型に、スケルトンはアンデッド……割とそれぞれ基礎を学ぶにはちょうどいいかもしれない。


「そういえば君ら、実戦の経験はあるか?」

「2年の時の課外演習授業で、近場の森に行って、魔獣狩りをしましたわ」


 サキリスが、黒猫姿のベルさんを胸に抱えて歩きながら言った。……ベルさん、おっぱい枕自重。


「他にも個人的に何度か。だがダンジョンは初めてだ」


 マルカスは答える。なるほど、まったくの素人ではないわけだ。


「順番に慣らしていこう。初級とはいえ、ラプトルも出てくるから経験の浅い者には強敵かもしれない。君らがどの程度の強さを求めているかはしらないが、ラプトルくらい単独で撃破できるくらいの能力はほしいよな」


 言っても学生冒険者には、という話だけど。うちの軍に入るなら、もう少し上を目指してもらいたいものだが……まだそうなるとは決まっていないんだよな。


 実力、素養次第と行ったところだ。


 アーリィーはフードをかぶって歩いているが、その顔は真剣そのものだった。彼女は、すでにダンジョン経験者だから、頭の中である程度シミュレーションできるのだろう。


「で、当面の目的なんだけど、大空洞ダンジョン13階層のミスリル鉱山あたりに棲むフロストドラゴンを討伐する」

「「ドラゴン!?」」


 マルカスとサキリスの声がはもった。


「大丈夫、トカゲの延長だ。名前こそドラゴンだがそこまで化け物じゃないよ」


 とはいえ、初心者には厳しい相手だから、それに通用するだけの技量や魔法、能力を身に付けないといけないけど。


 まあ、ラプトルを狩れるくらいになれば、比較の対象にしやすいから、詳しくはそれ以降でいいだろうと思う。おそらく今後に活かすべき課題も出るだろうし。


「じゃあ、明後日の休養日にダンジョンに行くから、各自装備を整えておくこと。わからないことがあれば、俺かユナ教官に聞いておけ。……もちろん、君たちで話し合うのもありだ」


 ああ、それとこの遠征のことは、皆には内緒な?



  ・  ・  ・



 その日の夜、俺はカプリコーン浮遊島軍港にて、ディアマンテと会った。


 無人観測ポッド――人工衛星とまでは言わないが、高高度に飛ばして地上を観測できる機械が完成したので、高空へ飛ばすのだ。


「高高度からの目での監視は、敵情の把握に不可欠。その存在は、戦場の支配も可能とします」


 ディアマンテは打ち上がる観測ポッドを見上げた。俺も頷く。


「情報を制するものが戦場を制する」

「テラ・フィデリティアの技術は凄いな」


 開発に協力したディーシーも、それを見上げる。


「我のダンジョンテリトリーじみた索敵を空からやろうというのだろう。あまりに高高度過ぎて、大帝国すら気づくまい」

「気づいてくれないままのほうが、こちらは有利だからいいんだけどね」


 敵さんが同じような観測装置を飛ばしたりすると面倒なんだけどね。


「今は、限られた範囲だが、同様の観測ポッドを複数飛ばして、大帝国本国を含めた広い範囲を監視したいね」

「量産を急がせます」


 ディアマンテは早速、作業に取りかかる。ディーシーは俺を見た。


「いましばらくは、現状維持か?」

「今すぐドンパチできるほど戦力は整っていないからな」


 俺は顎に手を当てる。


「軍備を整えるとして、大帝国が早まってくれないことを祈るばかりだな」


 とはいえ、敵が攻めてくるなら、現状の手持ちで何とかするしかないが。


「国外はそれでいいとして、国内の問題は?」


 ディーシーが問うた。アーリィーを殺そうと機会を伺っているエマン王――


「まだフォリー・マントゥルの情報を探り出したばかりだからな。そいつの生存の有無を確認し終わらないことには、アーリィーと国王の問題を進められない」


 国王のアーリィー抹殺の意思を削いで時間を稼ぐのが精々。諸悪の根源であるマントゥルを確実に処理できてはじめて、状況を動かせる。


「歯痒いんだがね。当面は、スカウトと人材育成で、来たるべき戦いに備えるくらいしかできないよ」


 アーリィーの付き添いでいる魔法騎士学校だが、せっかくの機会だ。利用させてもらう。


 しばらくは、学園生活ってやつを満喫するさ。来たるべき日が来るまで。

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