第184話、お嬢様の都合
強くなりたい。それがサキリスの願い。
俺は考える。現状、サキリスは他の魔法騎士生と違って剣に優れ、魔法も高レベルである。ゆえに、クィーンの二つ名で呼ばれていたわけで。……まあ、女王なのは別の意味での言動が影響しているとは思うが。
「はじめは学校一の騎士生になって、王国の武術大会で優勝するようなことがあれば、充分認められると思っていたのです」
サキリスは表情を曇らせた。
「学校では、最強と言われるのにさほど時間はかかりませんでしたけれど……実際に武術大会を目の当たりにした時、わたくしの実力では優勝など無理だとわかりましたわ。だから腕を磨き、実力を上げようと思ったのですが……あいにくと、学校ではわたくしより強い者がいなくて」
「……」
「わたくしより強い者が現れるように、生徒を煽ったりしたものの、結局強い者は現れず、気づいたら女王なんてあだ名までついてしまった」
苦笑するサキリス。
「そこに貴方が現れた。とても強い人。でもできればもっと早く会いたかった。そうすれば……ううん。いまさら言っても仕方がありませんわね」
周囲を煽り、その鬱憤うっぷんを晴らしているうちにサキリスは、あの変態的性欲をエスカレートさせていったと言う。
「わたくしが自由でいられるのは、この学校に在籍している間だけ。卒業したら、結婚が決まっていますわ」
「結婚? 婚約者がいたのか」
「珍しくもありませんわ。貴族の娘ですもの」
そりゃそうか。年齢一桁のうちに相手が決まっていることだってあるらしいしな。
「婚約と言っても、親同士が決めた婚約で、わたくしは相手の方と数えるほどしかお会いしていません。正直に言えば、好いてはいません。むしろ、大っ嫌いッ!!」
サキリスが声を荒らげた。その変わりように、俺は目を瞬かせる。
「評判はよい方。お優しくて穏やか。……けれど、あの方は、わたくしをお飾り程度としか思っていない。何より許せないのは――」
その瞳に強い憤りが込み上げる。
「わたくしの夢を理解せず、否定したことですわ!」
『キミは僕の妻になるんだから、綺麗なドレスをきて、ただ黙って微笑んでいればいいんだ。宝石にも勝る美しいキミは、それだけで充分なんだ。……魔法騎士? 馬鹿を言っちゃいけない。キミのようにか弱い女性が武器を持つなんて野蛮なことは似つかわしくないし、僕の妻には必要ない。僕らのような高貴な身分の人間が、下々の者のような行為をすることはないんだよ……』
『でも、魔法騎士になるのは、わたくしの夢で――』
『くだらない。そんなことに人生を費やすなんて、愚かの極みだ。キミは女だ。その身体に傷がついたら元気な子を産めなくなるじゃないか。いいかい? 魔法騎士に幻想を抱くのはやめなさい。そんな称号を持ったところで、誰もキミを敬ったりはしないよ。キミの最大の魅力は、その完璧な美しさであって、何かと戦うことではないんだ。キミは、強くなくていいんだ……』
夢を否定された。憧れを否定され、その努力も無駄だと言われた。それは、サキリスがこれまで目指し、努力してきた半生をすべて否定されたことに等しかった。
自分が貴族の家の娘で、貴族同士の婚約がこういうものだと頭で理解していなければ、おそらく婚約者と名乗るその男を面罵し、手を上げていたかもしれない。
だが、理解はしていても、感情は納得していない。
「家庭に縛られ、自由は今だけ。魔法騎士になるという夢を追いかけることができるのも今だけ。卒業してしまえば、そのすべてを奪われてしまいますわ。だから……今だけは、この学校にいる時だけは、わたくしはしたいようにする。……貴方には迷惑な話でしょうけれども」
迷惑というか、他人の家の事情にはさほど興味がないというか。……今はアーリィーの家庭問題を抱えているから余計に首を突っ込みたくないっていうのが本音。
「貴族の家柄というのも何かと面倒なんだろうな」
特に女子は政略的な結婚の道具として扱われる。恋愛結婚など、この世界の貴族の女たちにはファンタジーな話なのかもしれない。
サキリスは意を決したような顔で言った。
「わたくしは貴方のことが好きです」
「うん、知ってる」
シェイプシフター分身体が、お前の話や妄想を丸っとすべて聞いていたからな。お見通しだ。
むしろ、どさくさに紛れて告白したのに、あっさり知ってると返されて、サキリスのほうが混乱した。
「しっ、知っていた……?」
「うん。お前が俺のこと好きだってのは、知ってた」
「ど、ど、ど、どうして……」
俺と模擬戦したのがつい先日のことだから、そんなに早く自分の気持ちを知られるはずがないと思っていたんだろうね。
「まあ、婚約者の話は知らなかったけど」
「軽蔑しまして?」
婚約者がいるのに、他の男に好意を寄せているってことが? それも相手が、俺ということに? そりゃ確かに、俺には迷惑な話かもな。
「婚約者と言っても、親の決めたい好きでもない男なのだろう。嫌いな奴と結婚させられそうになるってなりゃ、逃げたくもなるさ」
逃げてもいいんだよ。苦しかったらさ。まあ、言うのは簡単だが、そう簡単に行動できれば苦労はしないんだけどね。
サキリスは笑った。
「いっそ、わたくしをさらってくださいません?」
「おやおや、駆け落ちをご所望かい。俺はろくでなしだよ」
「そうでしょうか?」
縦ロールお嬢様は、妖艶な笑みを浮かべる。
「案外、わたくしたち、相性がよいと思うのですが」
「どうかな。利用するだけ利用してポイ捨てするかも」
はい、そこでゾクゾクっとした顔しない! どうもこの娘と話すとそっち方面へ流れがちでいけない。
「弟子入りしたいって話だったな。……マルカスとかユナ教官の件もあるから、ついでに教育してやる。ちなみにだけど、ダンジョン行ったり実戦もありなんだけど、それでも構わないか?」
「実戦!」
サキリスが目を輝かせた。
「もちろんです! むしろ望むところですわ!」
その威勢が本番でも通用するといいがな。
さてさて、マルカスにサキリスにユナ。俺に関わったからには、使える人材か測らせてもらう。
うちの大帝国反乱軍に入る資格があるかどうか……。
俺もボランティアじゃないんでね。
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