第183話、お嬢様は魔法騎士の夢を見る


 滅茶苦茶叱られた。


 ユナ先生が。


 高等魔法科担当の教官である彼女が、あろうことか生徒に授業をさせていたという話は、あっという間に学校教官陣の耳に入った。

 結果、学校側にユナ先生はド叱られることになった。


 まあ、自分で蒔いた種だ。俺は知らん。


 ユナ先生がお叱りを受けている頃、俺たちはハイクラス食堂での昼食。アーリィーは俺が講義をしたことがよほど嬉しかったらしくテンションが高かった。普段から俺から魔法教育を受けているから、鼻が高かったんだろうね。ベルさんは……居眠りしていた。


 下校、そして青獅子寮に戻る。


 魔法工房に俺、ベルさん、アーリィーがいた。午後のおやつに紅茶とパンケーキを食べているのはアーリィー。俺がウェントゥス基地での兵器研究レポートを机の上に広げてにらめっこしている間、ベルさんは――


「こんなものでどうかな?」

「へえ……これがボクのお爺様の姿なんだ」


 目を丸くするアーリィー。ベルさんは何と、先王ピレニオの姿に化けていた。


「なんだ、嬢ちゃん。せっかく化けているのに反応が淡泊だな」

「いや、驚いているんだよ。でも、ボクの中でお爺様って、ベッドの上で横たわっている姿しか印象がなくて」


 かなり前に亡くなったらしいからな。俺が、チラとベルさんのピレニオ先王を見れば、当人は肩をすくめた。


「ビトレーには、そっくりと言われたんだがな」

「そうなんだ……。でもベルさん、何でお爺様の姿になっているの?」

「うん? ……それはだな」


 一瞬、ピレニオ先王の視線が宙を彷徨った。


「隠し芸だ」

「隠し芸?」

「ほら、オレはふだん猫に化けているだろう? 変身のレパートリーだよ」

「化け猫だもんな」


 俺が皮肉るが、ベルさんは口を曲げた。


「うまいこと言ったつもりだが、全然スベってるぞ」


 そこへ、メイドさんがやってきて、俺に来客を告げた。


「また、ユナ先生かな?」

「いえ、学生です」


 メイドさんの答えで、またぞろ面倒ごとかな、と思った。教室で済めばいいのに、青獅子寮まで来るというのは相当だろう。


 俺は寮の入り口入って直ぐの待合室室へ。そこにいたのは、サキリスだった。



  ・  ・  ・



「ジン君、こんにちは」


 黙っていれば、超絶美少女、金髪縦ロールお嬢様なんだがな。


「何か用か?」

「ご挨拶ですね。もう少し、歓迎してくれてもいいじゃないですか」

「そりゃ、多忙だからね。扱いも雑になるさ」

「それは、ユナ教官からの授業のやり方について、ですか?」

「そういえば、お前も高等魔法授業を受けていたな」


 俺の授業を熱心に聞いていた生徒のひとりだった。


「大変興味深く、またわかりやすい講義でした。正直に言えば、ユナ教官よりもわかりやすかった」

「それはありがとう」

「まるで初めてではないようでした」

「うん、実は初めてじゃない」

「そうなのですか。さすがですね、ジン君」


 素直に褒められると調子狂うな。サキリスとは初対面が、俺の嫌いな貴族のテンプレみたいだったからな。


「わたくしとの模擬戦で見せた戦いぶりもさることながら、魔法に関してもわたくしたちの数段先をいっていらっしゃる」

「うん、用件をどうぞ」


 貴族生は回りくどくていけない。今はすました顔をしているが、部屋では何やらいけない妄想に励んでいらっしゃったが。 


 サキリスは背筋を伸ばした。


「単刀直入に言います。わたくしは、貴方の教育を受けたい」

「調教?」

「なっ……ち、違いますわ! ……いや、で、ですが、貴方がお望みとあらば」


 慌てるサキリス。おっと言葉を間違えた。教育だ。俺を変態道に引き込まないでくれよ。


 そのサキリスは真っ赤になる。


「そ、そういえば、まだ罰を頂いていませんが」

「あれ、この間、アーリィー……王子様の魔力眼の練習の教材に使ったんだけど」


 結構、恥ずかしい思いしたはずなんだけど。


「あれでは足りなかった?」

「ええ、足りませんわ。……わたくしが貴方に与えた非礼を考えたら、全然足りません」


 俺がいいって言っているんだから、いいじゃんか。許してほしい方が罰を吊り上げるとか、完全に逆じゃないかね。


「で、教育を受けたいというのは?」

「そうでした」


 再び背筋を伸ばすサキリス。その豊かな胸を強調せんでもよろしい。


「聞けば、マルカスが貴方から戦いの手解きを受けているとか。わたくしにも、剣と魔法をお教えいただきたい」

「弟子入り志願」

「そうなりますわ」


 サキリスは頷いた。


「ふむ、お前の実力は学年でもトップクラスだろう? これ以上強くなる必要があるのか?」

「ありますわ」


 強い口調で、金髪縦ロールお嬢様は言った。先ほどまでのM的言動は鳴りをひそめる。


「……憧れですわ」


 サキリスは真顔になる。


「ひとりの魔法騎士の女性がいました。彼女はわたくしの憧れ……。勇ましく美しい。そして何より強い。幼い頃から、そんな魔法騎士を見て、いつかなりたい。なるんだ、って……」


 彼女は目を輝かせる。


「わたくしは、魔法騎士になりたかった。……ええ、貴族の子たちの中には、称号としての価値しか見い出していない子が多いけれど、わたくしは、わたくしの手で武勲を立てる、名実ともに本物の魔法騎士を目指して、この学校に入ったのです」


 お飾りの称号ではなく、本当の魔法騎士に。

 それがサキリスの夢。この魔法騎士学校に入学した理由だという。


「だから、わたくしは強くなりたいのです!」

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