第181話、ユナとラスィア


 王都冒険者ギルドの建物の裏手に、冒険者の会員制の酒場がある。


 基本的に高ランクの冒険者や関連する有力者のみが会員になることができるその酒場は、静かな雰囲気で、内装や設備に品のよさと格式を感じさせる。一般のバーと異なり、騒がしい客はいない。


 王都冒険者ギルドで副ギルド長をしているダークエルフのラスィアは、仕事が終わるとたびたびここで酒を嗜む。言い寄る男はいるが、ラスィアは今のところ身持ちが硬く、浮いた噂はない。


 一人で飲むことを好むラスィアであるが、今日は友人と会うことになっていた。その友人とは、アクティス魔法騎士学校で高等魔法科の教官を務める、ユナ・ヴェンダートだ。


 ユナとラスィアは、同じ高位魔術師のもとで魔法を学んだ。ライバルであり、親友の関係である。


 ちなみに、冒険者ギルドの長であるヴォードがまだギルド長ではなく、バリバリの冒険者として活躍していた頃、ラスィアと共にユナもよくパーティーを組んでいた。……そう、ユナ・ヴェンダートは教官であるが同時に冒険者だった。ランクはAである。


「ラスィア」

「ユナ、久しぶり」


 遅れてやってきたユナ。黒に青いラインが入った魔術師ローブ、ワンピースタイプのドレスにスリット入りの黒のスカート。そして――


「相変わらず、その古めかしい帽子を被っているの?」


 典型的な鍔つばの広い三角帽子、いわゆる魔女帽子を被っているユナ。ラスィアも同じように帽子を持っているが、普段は被っていない。


「日焼け防止」

「いまは夜だけど?」


 ラスィアが言えば、ユナは物凄くかわいそうなものを見る目になった。――え、いま私が変なこと言った? 


 ユナはカウンター席にきて、ラスィアの隣の席についた。帽子は横に置いた。照明を浴びて、彼女の銀色の髪が輝いて見える。


「マスター、『フィアンマ』」


 店主がカウンター後ろのボトルを一本とると、グラスに注ぐ。涼しい顔をして辛口ワイン。本当、相変わらずだとラスィアは思った。ちなみにラスィアは北方産の『アイル』が好みだ。フルーティーな味わいが癖になっている。


「副ギルド長の友に」

「魔法騎士学校教官の友に」


 カチンとグラスを軽く当てて乾杯。二人は同時にワインを呷った。


「それで、珍しいわね。貴女のほうから飲みに誘うなんて。何かいいことがあった?」


 ラスィアが問えば、ユナは珍しく表情を緩めた。……笑ったのである。


「ええ、とても。実は新しい杖を手に入れたの」

「杖って……魔法杖?」

「そう」


 ユナは頷くと、右手の指先をこする仕草をする。すると銀髪魔法使いの背後に、彼女の身の丈ほどの長さの魔法杖が現れた。


 それは奇妙な杖だった。ねじれた木製の杖本体の下半分が、薄緑色の金属でできていて剣のようだった。


 魔法を使う触媒としての魔石は――いや、魔石ではなかった。磨きぬかれた赤い大きめの魔力結晶オーブと、槍の穂先のような形に成型されているが青い氷のような透過度を持つ魔力結晶が設えられている。


 その魔法杖は、床から十センチほど上に縦に浮かんでいた。


 ラスィアはびっくりして、思わずグラスを落としそうになった。


「ちょ、ちょっとユナ! この魔法杖! 一年前に師匠が手に入れたっていう『蹂躙者の杖』?」


 大陸支配を目論む大帝国と連合国と間で行われている戦いの中、師匠である大魔術師が使ったという魔法杖――伝え聞いたその姿と、ユナの出した杖は酷似していた。


「いえ、ちょっと違うわ、ラスィア」

「違う……?」


 ラスィアは眉をひそめる。そういえば、以前、ユナは師匠の杖の話を聞いて、それをどうにか作れないかと素材を集めていたような……。とすると――


「あなたが作ったの、この杖!?」

「うーん、作ったのは当たり。でもわたしが作ったというのは違う」


 ユナは、いつもの調子だ。にもかかわらず、ラスィアはじらされているように感じる。


「もったいつけないで教えなさい。どうしたの、この杖」

「素材を合成させてモノを作る魔法を使う魔術師に会ったの。これはその子が作った」

「素材を合成って……まさか!」


 ラスィアは驚いた。それは古代文明時代の魔法ではないか?


 金槌で叩くことなく、素材に対して魔力と魔法のみで武具などを創造する古代文明時代の失われし魔法。俄然、興味が沸いた。


「いったい何者? その魔術師は?」

「ジン・トキトモ」

「……え?」


 またもラスィアは驚かされた。知っている名前だったから。


「まさか、彼が……いえ、あり得るかもしれない」

「知っていたの、彼のこと」


 ユナは少し驚いたようだった。ラスィアは赤みがかった液体の入ったグラスを軽く回す。


「ええ、彼、冒険者だから。ヴォードも一目置いているわ。……そうか。確か今、そちらの学校の生徒だったわね」

「ふうん、冒険者だったの」

「知らなかったの?」

「ええ」


 コクリとユナは頷いた。昔から、自分の興味のあることしか気にしない性質なのだ。だが興味のあることだと、積極的かつ大胆なところがある。


「冒険者か……。さぞランクの高い冒険者でしょうね」

「まあね。――ところで」


 ダークエルフの副ギルド長は流し目を寄越した。


「彼、どうやってその杖をこしらえたの?」


 ラスィアとて魔術師の端くれである。師匠が手に入れた魔法杖の噂は聞いていたが、それと似たような杖を、しかも現代魔法術とは異なるもので作られたとあれば、興味がないわけではなかった。


「彼、ジン君は学校で噂になっていたのよ。魔法具を修繕できる技術と能力を持っているって」


 それで、いつか師匠の手に入れた『蹂躙者の杖』と似たような専用杖を魔法鍛冶師に頼もうと集めておいた素材を、ジン・トキトモに見せて、そこにある素材を使って適当に魔法杖を作ってみて、と言ってみたという。


 学生には見たこともない希少な素材もあり、あまりにレア素材ぶりに、正直慌てるかと思ったのだが、彼は、それら素材をじっと眺めた後、こう言った。


「『紙と書くものをいただけますか?』と」


 ユナの言葉に、ラスィアは思わず噴き出すところだった。いや、そこは端折りなさいよと思わずにいられない。


『ひょっとして、教官が作ってほしいという杖って、こんなのですか?』


 ジンはもらった紙にさらさらと杖の画を描いてみせた。


「それが……これ?」


 ユナが差し出した紙きれの画を見て、ラスィアは目を瞠った。いまユナの背後に浮いている魔法杖、そのものだ。


「わたしは、ここにある素材を選んで適当に魔法杖を作ると思っていた。もしくはできないと言う可能性も考えた。でもジン君はね、素材を一通り見て、その全部が一つの杖の材料だと見抜いたの。……どこかで『蹂躙者の杖』を見てきたかのようにね」


 そして彼は言った。作れますよ、と。迷いなく、言い切った。


「ジン君が合成魔法を使うところは、凄かった。あれこそ魔法」


 ユナは恍惚とした調子で言った。ラスィアは興味を引かれて、どう凄かったか聞くが、ユナはただ凄かったとしか答えなかった。論理的な感想を期待したラスィアに対し、ユナは見たままの感想を口にするものだから、まるでわからない。


「念願の杖を手に入れたので」


 ユナは、ここで珍しく不機嫌そうな顔になった。


「魔法科の教官を辞めると、学校に言ったら物凄く怒られた……」

「いや、それは普通に怒られるでしょう!」


 相変わらずマイペースなユナだった。


 ――すると何? 貴女は魔法杖を作るために学校の教官を引き受けたの?


 何となく、それが本当な気がしてきたので、ラスィアはただただ呆れてため息をつくのだった。

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