第179話、擬装魔法と、ユナ教官
アクティス魔法騎士学校の授業には、選択授業がある。
生徒自身の能力や希望に沿って選ぶ授業であり、例えば剣の技能を磨きたい者、魔法の知識を高めたい者、戦略や戦術面の造詣を深めたい者など……。それぞれ目指す先が異なれば、より専門的な知識や技能が獲得できるようになっていた。
選択授業は週に三度ほど、大抵は四時間目に当たる。そしてアーリィーは主に高等魔法授業を選択していた。
元々、魔法に一定の才能が認められ、未熟ではあるが三系統全てを扱えていた。また本人は無自覚だったが、魔力の泉という自己魔力の回復力に優れた個性・能力を持っている。
俺は、アーリィーが学校にいる間の護衛でもあるから、彼女の選択授業に強制的に付き合うことになる。
さて、肝心の高等魔法授業である。担当教官がやってくるまでの間、俺とベルさんは、アーリィーに魔力を目で見る魔法を教えていた。
その教材は、罰ゲーム志願のサキリスである。
彼女は教室の中ほどの席に座っている。一見すると、いつもと変わった様子はない。女子騎士生徒の制服をしっかり着ているように見えるのだが、実は違う。
俺が魔力で彼女の服を再現し、それを重ねているが、実際サキリスは下着姿で授業を受けていた。
擬装魔法である。そして魔力を見る目でそれを直視すると、彼女は魔力を着ているように見えるが、さらに見つめると、本来の下着姿が露わになるのである。
クラスメイトの誰ひとり、サキリスの異変に気づいていない。当のサキリスだけが、恥ずかしげに背中を丸くしているが、時々振り返る時に見る俺の目が、さらなる辱めを期待しているようだった。度し難し。
「アーリィー、見えるか?」
「うーん、魔力が覆っているのは見えてきた」
「おお、優秀優秀」
服ではなく魔力で見えているなら、目的は果たしている。スケベ心を出すなら、その覆われた魔力を透視するんだけど、そこはアーリィー次第。
「……にしても、遅ぇな」
ベルさんがサキリスの方をガン見しながら言った。
「また、いつもの遅刻でしょ」
魔法担当の教官は二人いるが、主に当たるのが、ユナ・ヴェンダートという女性魔法使いだ。
魔術クラスはハイ・ウィザード。年齢は二十三歳。プラチナブロンドの長い髪を後ろでリボンに束ねている。
若くて美人なのだが、無表情、というより、ぼーっとした顔をしていて、正直つかみ所のない人物だ。魔女の被るような尖がり帽子。黒と青の魔術師ローブ、その下にはワンピースタイプのドレス、なおミニスカートに、ハイソックス――絶対領域完備である。
だがもっとも目に付くのは、そのはち切れんばかりの大きな胸だろう。……いやデカい。本当にデカいな! サキリスも巨乳であるが、ユナ教官に比べたら、普通に見えてしまう。
これほど性的で美人と来れば人気も出そうなものだが、見たところそうではなさそうだった。
何より、何を考えているのかわかりづらい。授業中も、声はさほど大きくなく、しかも淡々と話すので、注意しないと聞き逃すこともしばしば。軽い集音魔法で調整してやって、ようやく普通に聞こえる。……まあ、席の位置が遠いせいでもあるのだが。
あと魔法のことしか話さない。彼女が興味を抱くのは魔法に関する話だけであり、それ以外の話にはまるで乗ってこない。よくも悪くも魔法使いである。
言ってみれば『変人』である、というのが生徒たちの認識だった。魔法に関しては優秀、だが、それ以外はずぼら。
そして致命的なのは、彼女は遅刻の常習だということだ。思い出してもらいたい。彼女の担当する選択授業は四時間目。つまり、ほぼお昼前、最後の授業なのだ。
この日も、彼女は遅れて教室へとやってきた。
「間に合いました。では、授業を始めます」
いや、間に合ってないから!
しかし何食わぬ顔で教卓へとカバンを置き、教本を出すユナ教官。だが本来あるはずのものがなかった。
服を着ていなかったのだ。外套も兼ねる魔術師ローブを脱ぐのはいつもどおりだが、その下のドレスがない。大事な部分を申し訳程度の下着が覆っている以外は何も……。
「なんて格好だ……」
「ねえ、ジン? どうして教官の服も魔力で覆われているのかな?」
アーリィーが怪訝そうに言った。あぁ、なるほど現状把握。どうやら俺の魔力眼がほぼ透視に近い状態だっただめに、ユナ教官も半裸に見えたのだろう。
つまり、今のサキリスと同じ状態ということだ。擬装魔法でユナ教官は自らの服を作っているのだ
「この教官って、こんなんだったっけ?」
「うむ、けしからんな」
ベルさんがガン見している何か言っている。
魔力眼を解除すると、ユナ教官はいつものドレスを着ていた。でも魔力を通すと、きわどい下着姿。
「あの先公、いつもはちゃんと着てるよな?」
「うーん、推測だけど、あの先生、遅刻しそうになったから、服を着ずに学校に来たんじゃないかな?」
擬装魔法さえかければ、傍目には着ているように見えるから、誰も突っ込まないし。
「いや、遅刻しているだろ。まあ、納得はできるわな。私生活ずぼらそうだもんな、あの先公」
ベルさんは頷いた。
しかし……参ったな。魔力眼で見ると、あの超巨乳教官の下着姿を拝みながらの授業となってしまう。サキリスは背中だけど、ユナ教官は自然と正面向いているからな。
正直、気が散る。集中できない。煩悩が脳裏を侵食していく。悲しいかな男の性よ。
ベルさんは、あれから黙り込んでじっとユナ教官を見つめている。……この猫。
刺激が強すぎなんだよ……まったく。
魔術師ローブを脱げば、その下は下着のみ。コートだけ身に付けている露出狂じみた状態だ。考えれば考えるほど、けしからん格好だ。
「ジン、オレが考えていることを教えようか?」
「何だい、ベルさん」
「あの擬装魔法を解除したら、どういうことになると思う?
「おい、やめろ」
解除魔法で擬装を解除したら、何も知らないクラスメイトたちの前に、ユナ教官の下着だけの、ちょっと危ない格好が露わになってしまう。
生徒たちはパニックに陥るだろうし、学校側――指導者陣が知れば、大問題に発展するだろう。教官のクビが飛ぶぞ。
まあ、遅刻するのが悪いんだろうけど……。さすがに、代償が大きすぎるよな。実際、気づいているのは俺たちだけで、他の生徒は知らないんだし。
授業中に動揺するのも何なので、俺はそっと魔力眼を切った。ベルさんは例によってじっと、ユナ教官の大きなお胸を凝視している。
服を着ているように見えるけど、一度見てしまうとな、もう目にあの光景が焼き付いてしょうがない。
でかいなぁ……。
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