第178話、サキリスの裏側
やや寝不足ではあるものの、朝が来ればお仕事である。本日も学校だ。
アーリィーと教室に行ったら、男子生徒数人に囲まれた。
「なあ、ジン。サキリスに対する罰はいつやるんだ?」
「は?」
「とぼけるなよ。勝った方が負けた方にひとつ何でも命令できるって言ったじゃないか」
ああ、そうだったな。昨日の放課後、俺はサキリス・キャスリングに模擬戦を挑まれた。挑発と雑言にうんざりしたが、返り討ちにしてやった。……こいつらの魂胆がわかった。
「裸にひん剥いて学校一周はいつやらせるんだ?」
身の程知らずの愚か者。高慢ちきな貴族令嬢への罰を期待しているらしい。
前々から彼女に対して恨みを持っていたのか、それともあのスタイル抜群の美少女の裸体が見たいのか……まあ、どっちもだろうな。
呆れるアーリィーをよそに、俺は席について野郎どもを見渡した。
「お前たちには悪いが、彼女の裸を見ていいのは俺だけさ」
男子生徒たちは露骨に顔をしかめた。
「おぉい、そりゃねえよ!」
「オレたちにも見せろよ」
「悪いな」
俺はクラスメイトを追い払った。文句あるなら、お前らもあの娘と戦って勝ちな。
自分たちの席に戻る男子たち。入れ代わるように、当のサキリスはやってきた。顔が赤いのは、昨日敗れたばかりで俺と顔を合わせるのが悔しいせいかな。
「おはよう、ジン君。その……今のお話ですけど」
もじもじするサキリス。今の、とは罰ゲームの件だろう。せっかく詳細をぼかしてやったのに自分から言うのか。うやむやにできたのにな。
もうね、嫌な予感しかしないよ。……そんな期待するような目で俺を見るなよ。
「わたくしへの罰は、いつですか……?」
俺とアーリィーは顔を見合わせた。
この女、こういう奴なんですよ、どう思います? アーリィーさん。
・ ・ ・
昨日、青獅子寮からサキリスを帰した時、シェイプシフターの小分身体を彼女につけておいた。
俺たちと別れた後、この女がどんな本性なのかを確かめるためだ。本気で反省しているならいいが、貴族特有の報復してやる的行動に走るなら、遺憾ながらナーゲルらを処理したベルさんのように非常手段も取らねばいけない。
ということで、一晩観察した報告を、俺は小分身体から受けたのだが……何というか、彼女はアレな人だった。
端的に言えば、ドMだったのだ。
まあ、模擬戦の時に、色々問題ありそうな挑発も何てことはない、自分がそうされたかったというオチだ。
獣の真似とか、皆の前で鞭がどうこうとか、椅子になるどうこうとか、ひん剥いて、首輪で繋いで学校一周とか……。
ドMが喜びそう。……うん、彼女自身がドMだからそうなんだろう。自分から罰ゲームを執行したがるのも、つまりはそういうことなのだ。
ちなみに昨晩の彼女の妄想は、こうだ。俺とアーリィーの前で土下座したところを王子様に頭を踏まれたいとか、お叱りカッコ物理とか、電撃責め受けたいとか、まあ完全にアレなものだったようだ。……何気に妄想の中でS役させられているアーリィー。
また、彼女の部屋には、えっちぃ妄想ネタの書かれたノートがあった。今回がたまたま、ということではないようだった。
監視していたシェイプシフター小分身体には、フメリアの町の娼館勤務の連中にこの情報を伝えておいてもらおう。SM趣味な人でも楽しめるようにしてやる。
なお、サキリスは俺に対して好意を抱いたらしい。
小分身体が監視による、サキリス本人とクロハというメイドの会話によると、同じ年頃の男子に負けたのは昨日が初めてだったらしい。
『わたくしは! 完全に! あの方を見誤っていましたわ! あの方に、わたくしはまったく歯がたちませんでした! わたくしの電撃付加を無効にしただけでなく、盾を魔法の力で剥ぎ取り、自らの剣に電撃を付加して、滅多打ちにしてきたのです』
そこだけ聞くと、女子にも遠慮しない鬼畜野郎に聞こえなくもないが、実際、戦いが一方的になった頃には、サキリスが降参しないのをいいことにボコボコにしたんだよね、俺。
あの光景は、サキリスに煮え湯を飲まされたことのある生徒はさぞ喜んだことだろう。 が、当のサキリスはその時、こう思っていたと口に出した。
『彼こそ、本物の戦士ですわ。女子供とて、剣を持ったからには容赦なし。おそらく、本物の殺人も経験があるのですわ。そして彼は、戦いの中で、一瞬だけ笑ったのです。わたくしを打ちのめしながら、「これで実力差がわかっただろう? さっさと降参しろよ」と』
シェイプシフターから聞いた俺は、何とも言えない気分になったものだ。
『ええ、あの方は、あれだけやりながら、本気を出していませんでした。おそらく彼が本気を出したら、わたくしなど一瞬で殺されていたでしょう。為す術なく、一方的に叩かれる恐怖を、わたくしはこの身に刻み込まれたのです……』」
今まで、ここまでの実力差を教えてくださった殿方はいなかった――とサキリスは言ったらしい。
剣を教えた家庭教師も、剣術に優れた母でさえ、冷酷に現実を教えたことはなかったという。サキリスには兄がいて、彼が将来のキャスリング伯爵になるのだが、その兄はかつてこう言ったそうな。
『お前は女だからな。お前相手に本気を出してくる男なんて、この世にはいない』
それがたまらなく悔しかったそうだ。自分は本気で相手にされない――それが模擬戦前の挑発に繋がっているようだ。まあ、魔法騎士学校での男子たちの腑抜けぶりを見るに、余計にこじらせていったようだけど。
そこへ俺が現れ、わからされてしまったと。
真面目にやっていたサキリスでさえ、自分がお飯事の剣術をやっていたのではと思うほど隔絶を感じたらしい。だが絶望はしなかった。
むしろ、俺のような魔法騎士になりたい――いや、俺は別に魔法騎士ではないが、彼女はそう思ったらしい。
『これは、もしや……恋なのかもしれませんわ』
そうメイドに漏らしていた。
まあ、これだけなら可愛らしいで済んだのだが、残念なことに、ひとりになったら先のドMな変態妄想に走るのだからしまらない。
人を勝手にS役にしないでもらいたいものだ。……まあ、嫌いじゃないけどね。
閑話休題。
俺はサキリスを見上げた。眉をひそめてやったら、サキリスはビクリとしたように顔を赤らめながら背筋を伸ばした。
「君がどんな性癖を持っているかはわかってる」
「……!」
「罰を受けたくて受けたくてしょうがないようだから、やるか」
今日一日、下着だけで学校を過ごしてみる?
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