第174話、親密なふたり


 サキリスはアーリィーに詫びた。俺に模擬戦を挑むことで、王子殿下の午後予定を大いに狂わせたことを。


 さすがに反省しているらしく、とてもしおらしかった。アーリィーは、彼女にしては珍しく強い口調で説教をしていた。


 一応は止めようとした自分の意向を無視されたわけだからね。同時に俺に迷惑を掛けたことを深く反省しろ、とも。


 すっかり大人しくなったサキリスであるが、果たして今後どうなるのか? 王子の前だけ猫を被るのか、心底反省するのかは要注目である。


 その後、サキリスを帰した後の青獅子寮の俺の部屋。


「……何だかんだ、俺には結局、謝ってくれなかったけどね」

「そうだった?」


 アーリィーがクスリと笑った。俺の座るソファーに彼女も腰を下ろす。


「それはもう少し強く言っておくべきだったかな?」

「いや、あんまり俺のことでムキになりすぎると、関係を疑われるぜ?」

「ボクがあなたのことを好きだってこと?」


 俺に肩を寄せてくる。


「いいんじゃない? ボクはあなたが好きだよ」

「俺もだ」


 彼女の肩に手を回す。


「君は気をつけているだろうけど、それでも油断は禁物だ。……君はチャーミングだからね」

「ふふ。ボクをもっと女の子扱いしてもいいんだよ?」

「してるよ。俺は君を女の子としか見ていない」


 アーリィーは笑った。


「あなたとふたりでいる時だけ、ボクは本当の自分でいられる」


 王子ではなく、ひとりの少女として、周囲を気にすることなく自分を曝け出せる。王族としての振る舞いも、王子の演技も必要ない。それがどれだけ心地よいことだろうか。……俺の考えている以上なんだろうな。


「でも、ボクとあなたの関係って、周りにはどう見えているのかな?」

「王子と警備?」

「それだけ?」

「いや、友人か……それ以上の関係って疑われているかもしれない」

「それ以上の関係?」


 アーリィーはクスクスと笑った。


「恋人みたいな?」

「そう、親密な関係。……だが世間では、男と男だ」

「ご婦人方の世界には、そういう関係に喜ぶ人がいるって聞いたことがある」


 アーリィーは俺の耳元に息を吹きかけた。


「男同士でも貴族が騎士と、とか騎士同士がいかがわしい行為をしているなんて噂話も聞いた」

「腐ってやがるな」

「ボクらもそういう関係に見えるんじゃない」

「俺は女性が好きなんだ」


 アーリィーの頭を撫でる。


「君は女性だ」


 その男装の下の体も。アーリィーが伸びをした。


「わかった。……わかった! 人前では気をつける!」


 最近、皆の前でも王子様の可愛さが加速しているからな。女の子っぽい顔を、いや元々女の子なんだから当然なんだが、王子様が女の子のように周りから見えてしまうのは少々問題と言える。


「ところで、ジン」


 アーリィーは改まった。


「サキリスのこと、どう思う?」

「外見はいいね」


 金髪に、少々縦ロール付きのお嬢様。スタイルもいい。美貌という点では、俺の知る限りトップレベルにいれてもいい。好みの面で言えば、アーリィーのほうが一歩も上だけど。


「そうじゃなくて」


 ムッとした顔を見せるアーリィー。おや、嫉妬かな?


「実力のありそうな子をスカウトするつもりだったんでしょ? ボクは彼女の実力は認めているけど、ジンはどう見えたのかなってこと!」

「ああ、そのことか。逸材だよ。スカウトできるなら、ぜひしたい」

「美人だから?」

「そこ蒸し返すのね」


 俺はアーリィーの体に手を回して、俺の膝の上に持ってくる。


「実技はそこそこ、ただしそのタフさは見所だな。電撃に対する耐性には素質すら感じる。魔法も申し分ない」

「ベタ褒めだね」


 アーリィーは複雑な顔をする。


「そりゃ、彼女はボクより優れているだろうけど」

「魔法の腕じゃ、君には敵わないさ。俺が教えてるんだもん」

「でも、ジンは、スカウトしたら彼女にも教えるんでしょ?」

「まあな。一応、スカウトに向けて、探らせてはいる」


 シェイプシフターをスパイに、サキリスの部屋に送り込んだ。


「彼女が信用に足るかをね。いくら才能があっても、今日みたいに突っかかられるのは勘弁したいからね」

「サキリスが、女王様っぽく振る舞うことはあって、少々行き過ぎたところはあるけど、それでも今日みたいな強引なのは珍しいと思う」


 アーリィーは考え深げな顔をする。


「だとしたら、何かあったのかもな」


 実家に帰っていたらしいし、そこで何かあったのかも。……だが、それで突っかかられるとか、とんだとばっちりだけど。


「ベルさんに、サキリスを鑑定してもらったけど、彼女も君と同じで『魔力の泉』スキルを持っているらしい」


 魔力の自然回復量が高いという、魔法使い垂涎の能力持ち。魔力に溢れるということは、その分魔法も使いまくれる。そりゃ強いはずだよ。


「断然、引き入れるだけの価値はあるってことだね」


 アーリィーが俺に抱きついてきた。俺は笑う。


「もし、悪い子だったら、その魔力をいいように利用してやるけどね」


 ディーシーあたりが喜んで使うんじゃないかな。うーん、鬼畜。


「でも、ジン。魔力が欲しいなら、ボクのを使っていいんだからね」

「ありがとう」

「ボクは身も心も全部あなたにあげるから」


 正面からお互いの顔が近づく。可愛らしいお顔。


「全部、あなたのだよ。ジン」

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