第172話、魔術師と女王様


 魔法騎士学校の演習場。


 模擬戦である。俺の対戦相手であるサキリスがやってくる。


 片手剣に盾という定番の騎士スタイル。制服の上に胸を守るプレートと肩当、腕と脚を守る防具を装着済み。


 俺は例によって、模擬剣二本のスタイル。


「それでは決闘を始めましょう。相手に参ったと言わせるか、気絶させたら勝ちですわ」

「魔法の使用は?」

「攻撃魔法は弱弾まで。補助魔法の使用制限はなし……それでどうかしら?」

「よかろう」


 まあ、模擬戦で相手を殺したらマズいからね。


「それで、始める前に、ひとつ終わった後のルールを決めません?」


 終わった後のルール? ギャラリーたちがどよめいた。


「わたくし、貴方に侮辱されました。この模擬戦で貴方がわたくしに勝てれば不問にしてさしあげますわ。ですがわたくしが勝ったら、貴方には罰を受けてもらいます!」


 あー、マルカス君が言ってたアレね。女王様プレイをするっていう変態性癖。


「わたくしが勝ったら、わたくしは貴方をとーっても辱めて差し上げますわ」


 ゾクリとするような笑みを浮かべる伯爵令嬢。


「裸にひん剥いて、首輪で繋いで学校一周をさせてやります」


 さすが貴族令嬢だ、言うことがえげつねぇ。


「サキリス嬢、さすがにそれは!」


 アーリィーが声を荒らげた。まあ待て、アーリィー。俺は手のひらを向けて、彼女の発言を止める。


「俺からもひとつルールつけていい?」

「聞いてあげましょう。何ですの?」

「それでは俺が勝っても面白くない。こちらの予定を潰してくれたお礼だ。あんたが勝っても負けても、アーリィー殿下には謝ること。王子殿下のご予定を妨害した罪は、貴族だろうと関係ない」

「むっ……それは了解いたしましましたわ。きちんと謝罪しますわ」

「結構。それで俺からのルール提案だが――」

「もう、ひとつ言いましたわよね?」

「殿下への謝罪はルールではなく礼節の問題だ。貴族の娘なら理解しているだろう」

「……」

「で、俺からの提案だけど、勝った方が負けた方にひとつ何でも命令できるっていうのはどうだ? もちろん、『自殺しろ』とか、命に関わるものは除外で」

「何でもですの?」

「何でもさ」


 言われっぱなしというのも面白くないからね。やられたらやり返す主義なのよ、俺は。人を散々コケにしてくれたんだ。相手にもリスクを背負ってもらわないとフェアじゃないだろう?


「あんたはさっき、何と言っていたかな? 確か、裸にひん剥いて、首輪で繋いで学校一周をさせてやるとか何とか……。人に言ったということは、自分もやられる覚悟はあるんだろうね?」

「……っ!?」

「それとも……まさか怖じ気づいちゃったかな? 平民風情に。まさかまさか貴族様がふっかけた模擬戦から逃げたりしないだろうねぇ」


 煽りまくる。こちとら貴族様には積年の恨みがあるんでさぁ。


 サキリスが静かに息をついた。荒ぶる感情を抑えるように。


「わかりましたわ。私が負けたら、好きになさい! 裸で首輪をつけて学校を一周して差し上げますわ!」


 あ、別にそれが俺の条件じゃないんだけど……。


 ギャラリーが異様に盛り上がった。サキリス嬢、性格はあれだけど、見ためは非の打ち所のない美少女。そして巨乳じゃん。そこで裸とかと聞いて外野どものテンションが上がっている。


 エェ……マジか。挑発したけど俺個人としてはドン引きだわ。


『やってやれよ。んでひん剥いちまえ』


 ベルさんが魔力念話でそんなことを言った。他人事でいられる立場って楽でいいよな、ほんと。


 俺とサキリスは対峙する。俺は開始の宣言をやるよう、マルカスに合図をやった。赤毛の魔法騎士生は、前に出て手を挙げた。


「はじめ!」



  ・  ・  ・



「我は乞う。我が剣に雷神の力を!」


 サキリスが盾を構えて突っ込んできた。同時に呪文を詠唱。手に持つ模擬剣に紫電が走る。


 ほう、いきなり触れたら麻痺する魔法か。それなら、エンチャントブレイク!


 瞬時にサキリスの剣に付加された雷属性を解除。直後、模擬剣同士がぶつかる。


「あら?」


 サキリスが眉をひそめた。


「痺れない?」

「いきなり麻痺させようって、やることえげつないね、サキリス嬢」


 相手を麻痺させてタコ殴り。決まれば、あっという間に勝負がつくだろう。魔法騎士学校の生徒程度では、開幕麻痺でやられたらもうお終い。補助魔法は使用制限なしってルールだから、卑怯ではないけど。


 サキリスは左手の盾を振るい、鍔ぜり状態から一旦距離をとる。


「風よ、我が脚に宿り、地を走る力となれ!」


 スピードアップか。彼女が詠唱している間に、俺は、『雷』属性を模擬剣それぞれに付加させる。そっちがその気なら俺も加減しないぜ!


 足が速くなったサキリスが盾を正面に構えつつ向かってくる。守りは堅いねぇ、だけどさ!


「ウェイトアップ」


 サキリスの持つ盾の重量を思いっきり増やしてやる。突然腕に掛かった重量に盾が下がり、サキリスは胴ががら空きになる。


 そこへ雷属性を付加させた模擬剣を叩き込む。サキリスは剣で俺の一本を防いだが、そこから電撃が走り、感電する。


「ひっ!?」


 サキリスの手から模擬剣が落ちる。俺はさらにもう一本の模擬剣が彼女の胸部プレートを打ち据えた。痺れるサキリスから、俺は距離を置いた。


「拾えよ」

「くっ、や、やりますわね、ジン・トキトモ!」


 落とした模擬剣を拾うとサキリスが再度挑んできた。だが雷属性がエンチャントされた俺の剣によってサキリスはビクビクっと震えた。


 しかし麻痺した様子もない。ついで足枷同然の盾を捨てた。


 感電死するような魔力は込めてないが、それでも麻痺ってもおかしくない一撃を受けてこれとは……。この子、電撃に耐性があるのかな? なかなか面白い素質だ。


「意外とやるな。もう終わっていると思った」

「まだまだこれからですわよ!」


 宿れ、雷神――サキリスの模擬剣に再度、雷属性が付加。先ほどより電撃が派手に走った。

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