第171話、クィーン・サキリス


「……で、何だって?」

「模擬戦ですわ。わたくし、サキリス・キャスリングが貴方に模擬戦を申し込んだのです」


 サキリス・キャスリング魔法騎士生。


 キャスリング伯爵家のご令嬢。我らが三年一組に所属するクラスメイトである


 ウェーブのかかった長く、豪奢な金髪の美少女だ。気の強そうなツリ目に茶色の瞳。女子としては背が高めで、制服の胸あたりが実に窮屈そうな……端的に言えば『巨乳』である。実に女性的なボディラインの持ち主で、美しく、そして伯爵家令嬢と、要素的な見方をするなら、かなり恵まれている。


 家の事情でここ最近学校を離れていたので、今回俺は初めて彼女に会ったわけだが……。


「で、そのサキリス・キャスリング嬢は、何故俺に模擬戦を?」

「貴方が、お強いと聞いたので」


 彼女は俺の座る席の横に仁王立ちしている。


「これはぜひ、一度手合わせをと思いまして」


 自信満々。堂々と張ってる胸元もご立派。以前、アーリィーがサキリスを実技トップと評していたっけな。


 まあ、この温い学校でのトップというのがどの程度かわからないが興味はある。


「わかった。ただ今日はこれから予定があるから、後日、戦おう」

「後日?」


 ピクリ、とサキリスの形のよい眉が動いた。


「何を言っていますの? 今日、授業が終わり次第、貴方はわたくしと模擬戦をするのです! このわたくしが、わざわざ声を掛けてやったのに、その態度、わたくしを侮辱してますの!?」


 あ? 何か知らんが、乙女の逆鱗に触れてしまったらしい。美少女とはいえ、眼光鋭く睨みつけられればビビリもするだろうが……まあ、俺には通用せんよ。殺意が足りない。


「先約があると言った」


 俺が睨み返せば、サキリスもガン飛ばしてくる。


「無礼ね。平民のくせに……!」


 あー、貴族の子供によくあるアレだ。貴族には相応の態度をとれ、というやつ。先日ベルさんが廃人化させたナーゲルみたいな、貴族は偉い。平民は黙って従え、みたいな。


 あぁ、くそ。連合国にいた口だけ達者なクソ貴族どもを思い出して、ちょっとお兄さんカチンときたわ。


「だったらどうした?」

「ジ、ジン……」


 隣の席にいたアーリィーが心配げな声を出した。止めようとする雰囲気だったが、サキリスが口を開いた。


「殿下、申し訳ありませんが、これはわたくしと、このこの無礼者の間の問題ゆえ、お控えいただけますでしょうか?」

「彼は、ボクの護衛なんだけど――」


 言いかけるアーリィーを俺は押し止めた。


「いいよ。アーリィー。こういう輩にはわからせたほうがいい」


 俺は席を立った。


「キャスリング嬢。先約である王子殿下の予定を狂わせた礼だ。その売られた模擬戦、買ってやる」


 王子殿下の予定と聞いて、一瞬サキリスは『しまった』という顔をしたが、すぐに俺を睨み返した。


「ふん、殿下をダシに怯ませようなど、男の風上にも置けないわね。貴方こそ、わたくしが成敗してやるわ!」


 現実が見えない勘違い発言。アホ貴族って、どうしてこう都合の悪いところを見ずに、ご都合解釈してしまうのかねぇ。これはガチで教育が必要だな。


 アーリィーが机で丸まっている黒猫を向く。


「……ベルさん」

「ほっとけ。やらせておけよ」


 かくて、俺とサキリスの間で模擬戦となったが、クラス中の注目を受けていたらしく、クラスメイトたちがざわついていた。



  ・  ・  ・



「正直、わたくし、今とてもムシャクシャしていますの」


 サキリスは防具を身につけて言った。


「人が下手に出れば、舐められる始末。どうせ貴方もわたくしが女だからと馬鹿にしたのでしょう? ちょっと腕がいいからって図に乗らないことね!」


 そっくりそのままお返ししていいかな? 身の程知らずのお嬢様め。


 校庭の端の演習場。模擬戦とはいえ、打ち合うわけなので身を守る防具を身に付ける。……これがまた面倒なんだけどね。


 アーリィーは黒猫ベルさんを抱えて、血の気が引いた顔で、おろおろしている。心配しなくても負けないよ。


 俺も防具をつけるが、クラスメイトであるマルカスが傍で言った。


「正直に言うと、あの女はおかしい」


 マルカスの家も伯爵家である。同じ階級である貴族の次男は眉をひそめた。


「サキリス嬢は、ああ見えて非常に優秀だ。魔法のレベルも高く、剣の腕はおそらく在校生でも一、二を争う。つまり、この学校の最強の生徒と言っていい」

「アーリィー……王子殿下からもそう聞いたよ」


 もっとも、そのアーリィー曰く、俺のほうが断然上らしいけど。


 学校最強と言われてもあまりピンとこない。なあ、ベルさん? 相棒に顔を向ければ黒猫も頷き返した。


「あまり彼女を怒らせないほうがいい」


 マルカスは心配そうに言った。


「彼女は侮辱されたり、気に入らない相手に勝負を挑んで倒しては、その相手に屈辱を与えるのを酷く好んでいる。……負けたら、本気で裸に剥かれて晒し者にされるからな。あの女に慈悲はないぞ」

「マジか」

「ああ、マジだ。これまで彼女の挑発に乗せられ、挑んで負けた奴は例外なく、プライドをへし折られた。獣の真似をさせられたり、皆の前で鞭を打たれたり、彼女の椅子をさせられた奴もいたな」


 なにそのドMが喜びそうな罰。それにしても好き勝手やってんな。学校側は、何も言わないのかね? …… 言ってないんだろうな、それがまかり通っているなら。


「所詮、生徒同士の問題ってことで片付けているってことかもな」


 マルカスは渋い顔をする。


「彼女の悪い癖なんだよ。ついたあだ名がクィーン・サキリス」

「女王様ね」

「気をつけろよ」


 マルカスは腕を組み、真面目な調子で言った。


「皆の前で脱がされるなよ。おれ個人としては、あの高慢ちきな女が負けるところが見てみたい」

「最善を尽くそう」


 マルカスはギャラリーのほうへ足を向けた。クラスメイトのほか、模擬戦を聞きつけた生徒たちがこの場に集まっている。マルカスはともかく、他の連中は暇潰しだろう。


 準備完了。模擬剣を手に、いざ決闘だ!

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