第170話、俺氏、クラスメイトから頼られる


「これなんだけど……直せないかな?」


 そう言ったのはクラスメイトの女子生徒。銀髪おかっぱ頭のエリセ。男爵家令嬢である。


 魔法騎士学校の教室。一番後ろの席にいる俺に友人とやってきた彼女が差し出したのは古びた金属製のメダル型ペンダント。


 聞けば、防御魔法が発動する魔法具であるが、先日壁に打ちつけてしまってから、魔法が発動しなくなったらしい。


 見た目、若干メダル表面に傷があるように見える。それが表面に刻まれた魔法文字を分断してしまったんだな……。俺は、他に故障の原因がないか解析眼鏡をかけて見てみる。


「診断結果は、魔法文字が途切れたことによる魔法効果の発動不発」


 眼鏡を片付けながら、俺はエリセを見やる。


「とりあえず使えるようにするだけなら手間も掛からないし、すぐ直せるけどどうする? もし傷の面倒も直せっていうなら、時間も金も素材もかかるし、それ以外にも色々要求するけど」

「また魔法具として使えるようにするだけでいいよ」


 エリセは小さく笑んだ。


「修理とか出したら、凄くお金かかるでしょ? そんなお金ないし」


 そうか。ま、俺も多忙だから、ちゃっちゃと終わらせたい。


「……ちなみに、魔法文字を刻み直すけど、効果は現状維持でいい?」

「ん? どういうことかな、ジン君?」

「よければ、より効率のいい魔法に書き換えるけど」

「で、できるの!? そんなこと」

「どうせ文字刻み直さなきゃだから、手間は一緒だからな」

「……ちなみに、お代は?」

「もらうほどもない簡単な仕事」

「じゃあ、ぜひ!」

「はいはい……」


 俺はメダルに刻まれた魔法文字を新たな魔法文字で上書きする。メダルに使われている魔法金属が、魔法文字に反応して元に刻まれていた文字を消して、新しい文字に刻み直す。こういう書き直しが働く魔法具は、まだ生きている。魔法具として寿命がくると、書き換えに反応しないからすぐにわかる。


「はい、終了」

「もう終わった! ありがとう!」


 エリセは嬉しそうに受け取ると、友人と席に戻った。


 俺の隣の席で様子を見ていたアーリィーが意地の悪い笑みを浮かべる。


「モテモテだね、ジン」

「誰かさんが、俺が魔法具修繕できる噂をバラまいたからな」

「ボクじゃないよ!」

「知ってる」


 出所はテディオだ。別に彼に悪意があったわけではないのも知っている。


 あの魔法剣の修復以来、魔法騎士生の間に、俺が魔法具を直す技術があるという話が出回ってしまった。


 先ほどのエリセのように、俺のところに魔法具を持ってきて直せないか相談してくる者がちらほらと現れた。


 大抵の魔法具は高額だ。修理ともなれば大きな出費となる。学生身分でおいそれと手を出せるものではない。裕福な貴族生ならともかく、三流品の魔法具を持つ平民出の生徒には厳しい。


 今回のエリセのように、ただ魔法文字を書き換えるだけなら、大したことがないが、テディオの時のように破損の修繕で、それが魔法金属の類となると話は変わってくる。材料を用意してくれれば御の字だが、金がない生徒たちではそれすら叶わず、俺の魔力消費だけが跳ね上がっていく羽目になる。


 見返りは要相談。それでもよければという形で受けるようにしている。……そうでなければ、俺は魔力切れ解消のためにアーリィーを抱き枕にしなくてはいけなくなる。いや、ただ魔力欲しいから抱くというのも、こう彼女に悪いなぁって思うんだ。


 本日最後の授業が終わり、俺とアーリィー、ベルさんは昼食を王子食堂こと、ハイクラス食堂で済ませる。


 と、食堂の外に人の気配があるのをベルさんが気づく。人数は4人。あー、たぶんあれだ。


「魔法具研究会の連中だな」


 学校の活動クラブのひとつ、魔法具研究会。文字通り、魔法具について研究や試作をするクラブである。ここ数日、俺は彼らから執拗な勧誘を受けていた。クラスが違ってよかった。


「有名人は大変だね、ジン」


 王子殿下にそう言われると、何か返す言葉も浮かばない。正直、魔法具研究会の連中と付き合う気はない。俺は食堂入り口ではなく、校庭の見渡せる展望席のほうへと足を向ける。ちなみに、ここは三階である。


「ジン?」

「アーリィー、ここから帰るぞ」

「え?」


 真顔で驚くアーリィー。俺は肩をすくめる。


「じゃあ、俺一人で先に帰ってもいいのか?」

「あぁ、わかった、行くよ、行くけど。……まさかここから飛び降りるつもりじゃないだろうね?」

「飛び降りるさ」


 平然と俺が言い放っている間に、ベルさんが俺の肩によじ登った。


「浮遊の魔法?」

「エアブーツ」


 俺は自身の足を指差した。


「そういうわけで、お姫様、ちょっと失礼」


 俺はアーリィーの傍によると、彼女を抱きかかえる。突然のことに呆然と、しかし次の瞬間、顔を赤らめて混乱するアーリィー。


「ちょっとジン!? これはその――」

「お姫様抱っこ。じゃあ、行くぞ」


 エアブーツ、浮遊発動。俺が展望台を思い切り蹴って飛び出せば、東校舎三階から落下する。


「え――!?」


 アーリィーが悲鳴を上げたが、すぐに地面に着地。と、その前に浮遊が働き、地面に足を着ける頃にはそっと降り立った。


 校庭の端に立つ俺。アーリィーを短いお姫様抱っこから解放すると、彼女は頬を膨らませる。


「もう、誰かにこんなところを見られたらどうするのさ?」

「大丈夫、誰も見ていないから抱っこしたんだよ」


 俺は平然と歩き出せば、アーリィーもその横に追いつく。


「お姫様抱っこなんて……」

「嫌だった?」

「……嫌じゃないけど」


 むくれてもアーリィーが可愛くてしょうがない。頭を撫でてやろうかと思ったが、校舎窓から校庭を見ている奴がいたら面倒なので自重した。


「イチャイチャしやがって……」


 ベルさんが俺の肩に乗ったまま言った。その言葉に、アーリィーがいちいち顔を赤くす。


「べ、別にイチャイチャなんて」

「なんだ、いまさら取り繕ってもダメだぞお嬢ちゃん。ジンとベッドの上でギシギシやってるのはオレは知ってるからな」

「ベルさん」


 俺は黒猫の頭を軽く叩く。ギシギシ――アーリィーが物凄く恥ずかしそうにしているから勘弁してやれよ。


 校庭を横断し、寮への帰り道。ようやく落ち着いたらしいアーリィーが唐突に言った。


「そういえば、ジンの靴ってさ。魔法具だよね」

「エアブーツな。いいだろ? 欲しいか?」

「欲しい」


 あっさりアーリィーは頷いた。


「欲しいなー」


 おねだりするような目を向けてくるアーリィー。……こういうの、覚えがあるぞ。かつて友人から、ぜひにと頼まれて作って送ったやつ。今のアーリィーは、そのうちの一人、とある令嬢と同じ目をしていた。


「手持ちは俺用だし、君とは足のサイズも違うからな。……作るか」


 材料あったかな。ベースになる革靴と、風の魔石とグリフォンの羽根――


「アーリィー専用のエアブーツを作ろう」

「ボク専用!?」

「うん。プレゼントしよう」

「プレゼント!」  


 彼女のヒスイ色の瞳がキラキラと光った。思いのほか喜ばれてしまった。よいよい。


 かくて、俺はアーリィーのエアブーツを作ることになった。


 青獅子寮に戻った俺たち。アーリィーはルーガナ領領主のお仕事で先に移動。俺は靴を作ると言う話を、執事長のビトレー氏に話した。


「靴のデザイン、でございますか……」

「ええ、靴のデザインです」


 俺は、アーリィーが普段履く靴としてどういう形がいいか、周囲の意見を聞くことにした。一階の休憩スペース、そのテーブル席につく俺。ビトレー氏は執事らしく立ったままである。


「以前、さる令嬢のために作ったときは、優美さを優先させました。冒険者の友人には頑丈さを。俺が今使っているのは、丈夫さと履き心地を優先させているのですが、王子殿下はいかがなものかと」

「……安全性と履き心地は優先していただきたいとは思います。殿下の身に何かあっては困りますゆえ」

「少々無骨であっても構わないですか?」

「殿下が、式典や行事にそのエアブーツなるものをお履きになられるというのでしたら、無骨一辺倒でも少々困ってしまうのですが」

「そこは本人にも確認しないといけませんね」


 さて、いざ作るとして、素材としてグリフォンの羽根があるといいんだけど、在庫切らしているんだよな。


 魔獣グリフォン。ドラゴンやワイバーンなどと比べると小物だが、身体はそこそこ大きいし、凶暴で危険な魔獣だ。


「ボスケ森林地帯に行けば、グリフォンは狩れるな」

「……さも、散歩に行くみたいに言われるのですね」

「実際、俺とベルさんなら、散歩に行く感じでですからね」


 いや、ディーシーに頼めば、ガーディアンモンスターを作る要領で、羽根を生成できるな。わざわざ森に行かなくても。


 そんな日常にあって、事件は唐突に起こるものである。

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