第167話、学校でよくあること
航空機の飛行は、ボスケ大森林地帯より奥、秘境とも言われている地にあるカプリコーン浮遊島軍港周辺で行った。
俺はドラケンもトロヴァオンも乗ったが、ベルさんとアーリィーは初心者にも優しい軽戦闘機のドラケンで初飛行を体験した。
搭載したコピーコアによるサポートが入るため、初回はほぼお任せという感じだったけど。
何事も最初はあるさ。
そんな辺境と王都との往復の日々は続く。平日の昼は魔法騎士学校、夜はアーリィーとよろしくやっている。王子様を演じるお姫様は俺に惚れている。
思い返せば、フラグは立っていた。恋愛を自覚できるなら、好きになっていてもおかしくはないことをいくつかやっている。
絶体絶命の彼女を助け、不可能を可能にした。彼女の秘密を知りながらも、特に態度を変えずに付き合ってくれる存在。……うん。
さて、普段は普通に授業を受けて、隣の席のアーリィーのお喋りに付き合う。俺は建前は王子様の警備官であるわけだから、傍にいるのはむしろ当たり前だ。
教室を移動した後は、彼女の机に何か細工がされていないかいち早く確認し、不審物の有無を確かめる。
アニメなんかで、花の活けた花瓶なんかに爆弾が仕掛けられていた、なんてのを見たことがあるから、あってもおかしくないものだとしても、注意は必要だ。
まあ、アーリィーには対物理・魔法用の対策をかけてあるが。
学校生活に慣れた今日この頃。俺はクラスメイトたちと話すようになっていた。基本はアーリィー目当てだとは思うが、俺に対しても適度に話題を振ってくれる。貴族の娘たちでも話の分かる者もいるということだな。
授業が終わり、寮へ帰ろうとしていた俺とアーリィー、ベルさんは、とある光景を目撃した。
学校ではよくある話。……つまり、いじめだ。
今回のそれも、平民生と貴族生だった。ただし1対3。平民ひとり、貴族生ひとり、その取り巻き二人である。
「ジン?」
怪訝な様子なアーリィーを止める俺。距離があるので、よくわかっていない様子だ。
「少し様子を見よう」
聴覚を強化し、連中が何を言い合っているのか確認――。
「生意気なんだよ、平民のくせにさぁ!」
青髪の貴族生――名前は確か、ナーゲルだったか。伯爵家の長男で、何かと言えば嫌味たらしい印象の少年だ。
取り巻き二人が押さえ込んでいるのは、テディオ。茶色い髪にパッとしない顔立ちの少年。俺は直接話したことはないが、気の弱そうな印象がある。ただ魔法に関しての成績はよいと聞いている。大方、才能に嫉妬したナーゲルが、平民生のテディオを粛清している、と言ったところだろう。
何とも面白くない場面に遭遇してしまった。
「や、やめてくれっ!」
「見てろよ。平民ごときの魔法具なんて、僕のマジックブレイカーで……」
ナーゲルが手にしたナイフの切っ先を、地面に置いた片手剣に当てる。テディオが
「やめろ!」と叫ぶ中、ナイフが赤く輝くと、片手剣にビシリと亀裂が入る。
「おおっ、凄い! 本当に魔法武器を破壊できるぞ」
嬉々とした様子のナーゲル。マジックブレイカーと言ったか。おそらく、その魔法具の力だろう。
……見てられんな。さすがに胸くそ悪い。俺はアーリィーとベルさんにここで待つように言ってから、騒動のもとへ足を向ける。
俺は騒動のもとへ足を向けながら右手を突き出す。魔力による手を伸ばし、ナーゲルの手から魔法具のナイフをもぎ取り、弾き飛ばす!
「うぉっ!?」
突然、手からナイフが弾き飛び、ナーゲルが悲鳴を上げた。テディオを押さえつけていた取り巻き二人も、何事かと目を丸くする。
「感心しないな。弱い者いじめってやつは」
俺は距離を詰める。
「俺も混ぜてくれよ」
「……な、お前は!」
ナーゲルがばつの悪い顔になる。
「なんだよ、お前には関係ないだろ? 失せろ下郎!」
下郎だとこのガキ……。三十路のお兄さんプチ切れ。
「ああ、関係のない話だ。だがさすがに暴力の場面を見過ごすことはできん」
「王子殿下の付き人とはいえ、下郎のくせに、伯爵家長男たる僕に意見する気か? 身の程をわきまえろ!」
「わきまえるのはお前だ。伯爵なのはお前の親父殿であって、お前はまだ爵位をついでないだろうが!」
「な、な……」
面と向かって怒鳴られ、ナーゲルは目を瞬かせながら、口をぱくぱくとさせる。だがすぐに顔は真っ赤になり、怒りに震えた。
「お、お前、よくも僕に向かってそんな無礼で、暴言を!」
肩を怒らせ、つかつかと歩み寄ってくる。
「ジンだったな。父上にお前のことを報告させてもらう! いくら王子殿下の配下だろうと、下郎が貴族に暴言を吐くなど、万死に値する! 八つ裂きにしてやる。お前の家族全員処刑してやるっ!」
「おう、いまなんて言った?」
ああ、まったく話の通じないタイプだ、こいつ。貴族であれば何をやっても許されると勘違いしているガキだ。将来、きっと悪政を敷くようなダメな貴族だ。
俺は魔力の手を伸ばした。見えない腕が、貴族のボンボンの首根っこを掴む。そして締め上げる。
「……! ……ぁ……!」
首を絞められ、ナーゲルは、その見えない手を振りほどこうともがく。だが当然ながら魔力の手に触れることなどできず、無駄な抵抗だった。
「どうした? 首がどうかしたかね、ナーゲル君」
俺はわざとらしく、手を挙げ何もしていないアピールをする。
「さあ、もう一度言ってくれないか? 誰の家族を処刑するって?」
「――っ! ……!!」
「あぁ、聞こえない。どうやら君の貴族らしからぬ暴言に神は怒っていらっしゃるらしい。このままでは君に天罰が下るかもしれないなぁ。……どうする? 親父殿に神様を処刑するようにお願いするか?」
真っ赤だったナーゲルの顔が息苦しさで、逆に青ざめていく。締め上げる力を少し強くすれば、はたして首の骨が折れるのが先か、窒息するのが先か……。
「どうだろう? まだ処刑云々とか言うかね? 君が心を入れ替えるなら、俺が神に祈ってあげよう。どうか、ナーゲル君を助けてくださいって。……ああ、もう時間がないな。もうすぐナーゲル君は死んでしまう!」
「ナーゲル様!」
取り巻き二人が、慌ててナーゲルのもとに駆け付ける。だが無駄だ。何もできない。
「何をやってるんだ!」
新たな声――見ればアーリィーがこちらへ駆けてくる。どうやらこちらの尋常ではない様子に気づいたらしい。
俺は魔力の手を緩めた。ナーゲルは窒息、ないし絞殺の危機を脱し、その場にひざまずいて呼吸を繰り返す。取り巻き生徒の二人がそんなナーゲルを心配すれば、当の本人は俺に恨みがましい目を向けると、無言で去って行った。
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