第168話、魔法剣の再生
「ジン……これはいったい……?」
アーリィーが駆けつけてくる。俺は地面に落ちていた片手剣を拾うと、膝をついているテディオのもとへと歩み寄った。
「お前の魔法具か?」
コクリ、と頷くテディオ。その目には涙が浮かび、悔しげに顔を歪めた。
「うちの爺ちゃんの形見なんだ。……僕が魔法騎士学校に入ることになって、家族みんなで送り出してくれて……爺ちゃんみたいな、魔法戦士にって……うぅ」
やめてくれ、爺ちゃんとか言うの……。
俺は何とも言えない気分になる。俺も爺ちゃんっ子だったから、そういうのに弱いんだ。
ヒビの入った魔法具、いや魔法剣。普通は剣に亀裂が入ってしまったら、完全な修復は不可能だ。打ち直しをするにしても、以前のようには戻らず質も落ちてしまう。
始末が悪いのはこれが、魔法金属でできているということだ。そもそも素材からして高級品。おいそれと替えが利くものでもない。……とはいえ、手がないわけではない。
「この剣、直そうか、テディオ?」
「へ?」
テディオは一瞬何を言われたかわからなくて間の抜けた顔になる。アーリィーもまた驚いた。
「直すって……その魔法具を?」
「まあ、何とかなると思う。……って、あれ? ベルさんは?」
黒猫の姿は、どこにもなかった。うんまあ、あの人のことだから大体見当がつくから、大丈夫だろう。
・ ・ ・
「ジン・トキトモめ……! 絶対に許さん!」
ナーゲルは寮へと戻る道すがら、怒りが収まらなかった。取り巻きの二人は、そんなナーゲルに従いながら顔を見合わせる。
「僕は伯爵家の長男だぞ! 父上から爵位を受け継げば伯爵だぞ! こんなことが許されるものか!」
「そうですとも! ナーゲル様!」
「あのジンとかいう奴、伯爵の後継たるナーゲル様を愚弄するなど許せません!」
取り巻きたちがご機嫌取りに走る。
「ナーゲル様、奴のことを調べて嫌がらせを……」
「嫌がらせだと?」
ナーゲルはギロリと取り巻きの一人を睨んだ。
「手ぬるい! あいつは死ぬべきだ! そうとも、僕を愚弄した。下郎の癖に!」
殺してやる――息巻くナーゲルだが、そこでふと思いつく。
「そういえば、あいつは、王子と同じ青獅子寮に住んでいたな……?」
「はい、貴族でもないのに、王子専用の寮に住んでいますね」
「王族に仕えて、成り上がろうとしているんでしょうね」
気に入らない。絶対、絶対に報復してやる――ナーゲルが息巻いたその時だった。
『お前たちはまるで反省していないんだな……』
どこからか聞こえた男性的な声。
「な、なんだ、今の?」
周りには他に誰もいない。にもかかわらず声は、はっきり聞こえた。
「誰だ!?」
『オレはお前みたいなクズ貴族にはウンザリしているんだよ。お前らが悪いんだぞ、オレにこんなことをさせるから』
その瞬間、ナーゲルら三人の影が蠢いた。夕焼け空――それが彼らの見た最後の景色だった。
・ ・ ・
夕焼け空の下、俺たちは王族専用寮である青獅子寮に戻った。
テディオの所有する魔法具――ヒビの入った魔法剣『フリーレントレーネ』の修復。そのために、俺の私室の隣の部屋、通称『工房』へと入る。
カーテンは開けられていて、窓からはオレンジに染まった空と寮まわりの林が見えた。
自由に使っていいということだったのだが、物がないために、あるのは予め用意されていた机と椅子くらいだ。
ただ部屋の中は綺麗に清掃されている。掃除担当のメイドさんが毎日、部屋を綺麗にしているのだ。掃除していいですか、というメイドさんに俺も二つ返事で了承していた。
「そういえばこっちに来たことなかったけど、何もないね」
アーリィーが何ともいえない顔をしていた。魔法使いの魔法工房だから、得たいのしれない素材がぶら下げられたり、フラスコや実験器具でも置いてあると思ったのかもな。
「研究ならルーガナ領でやっているからな」
こっちでわざわざやることはない。
俺は机にテディオの剣を置く。ストレージから眼鏡型魔法具を取ると、それをつけて、じっくりと得物を観察する。
「眼鏡……?」
アーリィーが小首を傾げたので、俺は魔法剣に注目したまま答えた。
「魔法具だよ」
レンズ部分が青白い光をほのかに放っている。眼鏡型ではあるが、レンズを回すように調整することで拡大、魔力的スキャニング、熱分布、魔力量測定など、さまざまな機能を持つ。
なお、人には言わないが透視機能もついている。用法については箱の中身を開けずに確認したりするのが主だが、その他についてはお察しください。
さて、魔法剣である。フリーレントレーネ。長さはショートソードサイズ。刀身はミスリルで表面は薄い水色。属性は『氷』。柄に小さな魔石が設えられているがこちらは水属性。魔力を込めれば水を出すことができ、おそらくこれを利用して、氷に変えて攻撃するのだろう。
ヒビは、刀身のほぼ中央部分に放射状に広がっている。約八センチほどの傷だが、表面だけでなく、中にも亀裂が入っているので、ヒビの部分に強い打撃が加わればそこから折れてしまうだろう。現状、打ち合いもできない、完全に廃棄寸前の品である。
「どうにかできそうかい?」
テディオが恐る恐る聞いてきた。ふむ――俺は眼鏡をかけたまま、腕を組んで椅子にもたれる。爺ちゃんの形見と聞いたら、お節介性分な俺はやってやるよ。
修復は可能だ。ヴィスタのギル・クのように、俺の武具合成魔法で成系統の魔法で解決できる。問題は消費魔力が少々大きいということだ。
魔法弓ギル・クの修復と、やること自体は同じ。だがギル・クは一から俺が素材を集めてこしらえた品。ミスリルにしてもどのレベルのものかわかっていた。
対してテディオの剣は素材からして俺は何の関わり合いもない。傷口に合わせて埋め、元に戻すとなると、割と難しい調整を強いられることになる。……ディーシーがいれば、もうちょっと楽なのだが、テディオの前で見せるわけにはいかんしな。
「……ジン?」
「アーリィー、後で魔力ちょうだいね」
人間、何事も楽しみがあったほうがやる気も上がるというものだ。
それが何を意味するのか察した、アーリィーは「う、うん……」と頬を赤らめた。最近、彼女の脳内がピンク気味なのは、若さ故かもしれないな。
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