第165話、相棒はからかう


「おはよう、ジン、昨晩はお楽しみだったようだな」


 朝から黒猫がからかってきた。俺は洗面桶に魔法で水を溜めて顔を洗う。朝帰りした俺に、ベルさんが楽しそうに言った。


「どうだった? 王子――ゴホン、お姫様のお味は?」

「ノーコメント」


 水を入れ替え、布切れに浸すと身体を拭く。ベルさんが足元から、俺を見上げる。


「で、どこまでやったんだ?」

「ノーコメントだ」

「隠すなよ、兄弟」

「俺に猫の兄弟はいないよ」

「ああ、お前はタチだもんな!」


 それって同性愛の用語じゃなかったか。ネコとタチ。ベルさん、よく知っているな。


「俺は女が好きだ」

「ああ、でも相手は王子様だろう?」


 完全にからかってやがるな、この魔王は。王子様と言ったりお姫様と言ったり。


「公式では、男だからな。男同士ってことになるが、俺はそっちの趣味はないよ」


 そもそも――


「スキャンダルはお断りだ」

「アーリィー・ヴェリラルド王子、クラスメイトの男子を恋人にする! ご婦人方が喜びそうなネタだ」

「ゴシップは好きじゃないんだがね」


 制服に袖を通す。ベルさんが机に飛び乗った。


「で、どこまでやった? お前さんのことだ。誘われたらやっちまうもんだろ。何だっけ? 据え膳食わぬは男の恥?」

「ほんと、よく知っているな」

「お前がこの世界にきた時に覚えたんだよ。それでどうだった?」

「オジさん根性やめろよ」

「いいだろう? 別に他に言う相手もいないんだから」


 そこでベルさんの目が光った。


「ディーシーに言って、監視するようにしようか。お前と嬢ちゃんの合体シーンをオレ様も直接見てやるよ」

「ゲスいな、それはマジでやめろ」


 俺は諦めた。


「ああ、とっても最高だったよ。……これでいいか?」

「始めから素直に白状しておけばいいんだよ」


 ベルさんは、ひょいと俺の肩に乗った。


「重いな。太ったんじゃないか、ベルさん?」

「お前がやり過ぎで、腰に力が入ってないだけじゃねーの?」

「そういうジョークは人前では言うなよ。スキャンダルはごめんだ」


 王子様――お姫様と、得体の知れない男がおイタをしたなんてバレたら投獄ないし死刑確定なんだからさ。子供なんてデキちゃった日には、人生終わりだ。


「わかってるさ。……オレも何気に傷ついたんだぜ? 体重のこと」

「悪かったよ」


 部屋を出たら、ちょうど隣の部屋からアーリィーが制服姿で出てきた。


「お、おはよう、ジン」

「おはよう、アーリィー」


 彼女の頬が少し赤い。いつもの男装のはずなのに、一段と女を感じさせるのは何故なのか。



  ・  ・  ・



 ぎこちなかったのは、食卓につくまで。それ以降、アーリィーは昨晩のことなどなかったかのように振る舞った。


 つまり、いつもの王子様を演じているということだ。


 そして俺たちは、今日も学校へ通う。


『――それで、お前と嬢ちゃんの関係は?』

『護衛、師匠。仲のよいご友人という関係』


 ベルさんと念話を交わす俺。


『恋人じゃないのかい?』

『言っただろう? 公式じゃ男同士なんだぜ』


 まあ、どうしても親密な関係を強調したいなら、愛人ってところじゃないかね。現状、結婚とか無理だし。公になったら死刑だしさ。


 寮から学校へ向かう間の林で、アーリィーがそっと俺の手に指を絡ませてきた。いわゆる恋人繋ぎ。視線をやれば、にっこり笑顔を返された。


『おーおー、お幸せに』


 ベルさんが皮肉げに念話で言った。林を出たら、お手々繋ぎも終わり。俺たちは素知らぬ顔で――と言っても横に並んで歩いているんだが、他の生徒たちに混じって、校舎へと入った。



  ・  ・  ・



 本日も退屈な講義を受ける。午前が学校に拘束される割には、あまりに実りのない内容だ。


 俺はノートを取るフリをして、ウェントゥス反乱軍の軍備について案をまとめるのに時間を使った。アーリィーもそれを横目で見ていたが、途中の講義で堂々と昼寝していた。


 生徒たちは後ろを見ないが、教官からは丸見えである。ただ王子様に対して、注意できる教官はいなかった。


 ……まあ、王子様も多忙でお疲れなのだろう、と察したのだろう。


『腰を振るお仕事』

『ベルさん、やめろよ』


 下ネタ連発オジさん。


 放課後、ランチを学食で採ったら帰宅というところで、クラスメイトのマルカスがやってきた。お前、昨日も来たな?


「ジン、話いいか?」

「手短に」

「今日も冒険者ギルドか?」

「いや、別件。で、話とは?」


 俺が問うと、マルカスはチラとアーリィーを見たが、すぐに視線を戻した。


「俺は強くなりたいと思っている」

「……それで?」

「ジン、君の強さは実技の時に見た。だから、俺にも強くなるために鍛錬に、いや指導してほしいと思って。頼む!」


 そう言うと伯爵家の次男坊は俺に頭を下げた。ベルさんが口を開いた。


「殊勝な心掛けだ」


 貴族様が、平民に頭を下げるとは。教えを乞いたいというのは本心からであり、至極真面目なものだった。こいつはいい貴族になるな。


「俺は多忙だ」

「できれば、おれも冒険者をやりたいと思っている」

「ほう……」

「己を鍛えるために」


 なるほど。そこまで本気ということだ。


「わかった。考えておく。今日は用事があるから、また後日な。……武器の手入れはしておけよ。いつでも使えるようにな。なければ調達しておけ」


 俺はそう言うとアーリィーとベルさんを連れて教室を後にした。マルカス・ヴァリエーレ、ね……。

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