第164話、使われない大事な場所
冒険者ギルドから魔法騎士学校に戻り、青獅子領へ。すっかり遅くなってしまったな。
俺が帰ると、ビトレー氏が出迎えてたくれた。
「お帰りなさいませ。ベル様より、あらましは伺っております。大変でしたな」
「いえいえ。アーリィーの様子はどうでした?」
「はあ、何やら神妙なご様子で」
深刻そうな顔をするビトレー氏。はて、アーリィーが神妙な顔をしていたとな?
「何かあったのですか?」
「それはこちらが知りたいところでございます。ベル様はご存じではないようで」
「俺にもないですね、心当たりは」
ダンジョン内で、特に元気がなくなるようなことはなかったはずだ。怪我もしていないし、むしろ活躍していたと思うが。
「魔法を使ったり、ドラゴンに遭遇したりで疲れてしまったのかな?」
「そうですな。なにぶん、水晶の大竜と遭遇されたとか……。よくご無事でお帰りになられました」
本当にな。俺もそう思うよ。
「お食事の用意はできております。アーリィー様は先に夕食を済ませられ、お部屋で休んでおいでです」
「そうですか。わかりました」
「それで、ですね。ジン様、ご都合がよろしければお食事の後、アーリィー様のお部屋を訪ねて頂いてもよろしいでしょうか?」
様子を見てこいってこと? 訝る俺に、ビトレー氏が続けた。
「ジン様とお話がしたい、と殿下は申されまして」
「なるほど、それなら食事の後に訪ねます」
何だろうね。まあ、気になるから、断る理由もないけど。
と、言うわけで、俺は食後にアーリィーの部屋に向かった。メイドさんたちはいなかった。
扉をノックする。
『はい』
「俺だよ、アーリィー」
『入って』
返事を確認して、俺は扉を開けて中に入った。
中は真っ暗だった。室内の魔石灯は消されている。窓から差し込む月明かりが、唯一の照明だ。今日は満月に近く、それだけでも十分に明るかった。
「お帰り、ジン。……こっちに来て」
アーリィーは寝間着姿でベッドの上に座っていた。ぽんぽん、と叩いて俺にここに来て座るよう促した。
いいのかな、王子様もといお姫様の部屋に招かれてしまって。
「明かりもつけずに、何をやってるんだい?」
「うん、ちょっと、ね……」
月明かりに浮かぶ彼女の横顔が、いつにも増して艶やかに見えた。少し息遣いが普段よりも浅いような。緊張しているのかな?
俺が隣に座ると、アーリィーは少し躊躇った。大事な話があって、しかしどう切り出していいかわからない、という風に見える。
「考えたんだ」
そう前置きするアーリィー。
「どうしたら、ボクは君の役に立てるかなって……」
うん?
「ボクは、あなたの役に立ちたい」
「……うん」
「あなたのことを考えると胸がドキドキしてくるの」
ドキドキ? それって……あれか? 普段のアーリィーの好意的な言動を思い出せば、自ずと見えてくる。
「俺のことが、好き、とか……?」
「うん」
コクリ、とアーリィーは頷いた。すっとベッドで立ち上がる。
「ボクは、君のことが好き。大好き! ずっと一緒にいたい! その……こ、恋人とか、よくわからないんだけど、とにかく一緒にいたい!」
これって告白だよね……? そう思った時には、部屋に遮音魔法を掛けていた。廊下に誰もいなかったけど、盗み聞きされたらマズイ案件だよな。
「つまり、男と女の関係……?」
「そう」
アーリィーは膝をついて俺のそばに寄った。
「ジンは、ボクのことをどう思ってる?」
どうって――
「好きだよ」
金髪のお姫様って俺の好みだが、アーリィーはその中でもドストライクだった。王子様じゃなきゃ口説いていただろうね。……王子様でなければ。
「ボクもあなたのことが好き!」
バッとアーリィーが飛びついてきたので、俺もとっさに巻き返す。熱烈だ。
「嬉しいよ、ジン。……でも――」
でも? アーリィーの声が下がる。
「ボクは、王子なんだ」
「知ってる」
アーリィーが俺から身を放した。
「ボクは、普通に恋ができない。王子である限り、将来を決めるのは父上なんだ。でも、ボクは本当は女だから、結婚はないだろうし……たぶん、ここも使わないと思う」
そう言って、彼女は自分の下腹部にそっと手を置いた。
「女として生まれたけれど、使われない場所……。ボクにとって意味がない場所」
俯く彼女の声は沈む。だがそれも僅かな間だった。次に顔を上げた時、アーリィーのヒスイ色の瞳が俺を正面から見据えた。
「だから、使われないここは、あなたに、ジンにあげる!」
これには、俺もビックリだった。アーリィーは続ける。
「自由になれない身なら、せめて、大好きなあなたに捧げたい。あなたと一緒にいる間だけでも、ボクを女にして……!」
「……!」
女にしてほしい、というのは、王子であることを強いられた彼女の、女としての願いか。本当だったら交わり、子を宿すことができたはずの体をもって生まれた彼女の……。
「わかってる。ボクの我が儘だってことは。でも、ディーシーから聞いたんだ。人の直接の結びつきは魔力のやりとりにも繋がるって」
アーリィーは俺の手を握った。
「もし、ボクの好意が迷惑なら、ボクを利用して。ボクの魔力を好きなだけあげるから」
「全部、俺にくれるというのか?」
「それだけボクは、君のことが好きなんだってこと」
アーリィーは微笑んだ。俺の心を虜にする、女神の微笑みだ。
「これが、たぶんボクのあなたへの愛なんだと思う」
愛などと聞いて、俺は赤面してしまった。そしてそれはアーリィーもだった。どうもかなり勢いで言ってしまった感が拭えない。
だがそれだけ本気だったのだろう。
であるなら、応えないのは男じゃない。
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