第163話、王子様の憂鬱その2


「これは?」


 ボクは、ディーシーに聞いた。見たことがない新しいものには興味を惹かれるんだ。


「戦車だ」


 テラ・フィデリティア――古代機械文明時代の技術を応用し、大帝国の8センチ速射砲を取り付けた試作戦車なのだとディーシーは説明した。


 履帯りたいがどうとかよくわからないけど、この独特の足回りのことを言っているらしい。ターレットがー、エンジンがー、と説明されても話半分も理解できないけれど、とりあえず分かったことは――


「動く大砲なんだね?」

「そういうことだ」


 ハッシュ砦の防衛戦の際に、4門の8センチ速射砲が敵性亜人の集団を攻撃した。あれは陣地に固定されて動けないけど、この戦車ってものだと、大砲を車体に固定させることで移動できるってことだ。


「その解釈で間違っていない」


 ディーシーは、戦車を見上げた。車よりも2倍くらい大きい。


「これがあれば速射砲を戦場へ移動させて使うことができる。カタパルトなど陣地に設置するタイプは、敵がその戦場に来ないと使えないが、戦車は陣地転換が楽にできる。……まあ、整備の手間もあるし、足場によっては使えないがね」

「でも、大砲があるのはいいよね」


 やはりハッシュ砦で、その破壊力をボクは目の当たりにしている。あの防衛戦では、ジンの広範囲魔法も凄かったけど、8センチ速射砲の砲撃もとても頼もしかった。


 車体の上の箱形――砲塔というらしい、からシェイプシフター兵が現れた。上から乗り込むのかな。


 ディーシーが口を開いた。


「8センチ砲は、対集団用、対装甲物用、ついでに対魔人機砲弾など、各種取り扱えるようになっている。まあ、大型魔獣や魔人機相手に遠距離から狙撃だな」

「あのクリスタルドラゴンみたいなドラゴンにも有効?」


 ボクは、つい数時間前に遭遇した水晶竜を出せば、ディーシーは眉をひそめた。


「まあ、1輌や2輌では厳しいな。敵が黙ってやられてくれる間抜けなら、時間を掛ければ倒せるかもしれんが、ブレスを放ってくるのだから、うまく遮蔽を利用するとか手を尽くす必要はあるだろう」

「使い方に工夫が必要なんだね」

「何事にもな。必要だよ」


 ディーシーは肩をすくめた。


「それで、今日は何用かな? 我が主なら、まだこっちには戻っていないぞ」

「うん、ちょっと、ディーシーに相談したいことがあって……」

「相談……?」


 奇異な目を向けられたが、他に当てがない。正直ボクの心境をジンに直接問うのは変だってことくらいはわかる。ここはボクの性別を知っていて、かつ同性のよしみで。


「我は、人間の心理など語れんぞ?」

「それでも、聞いてくれるだけでいいから」


 ボクは幾分か緊張しつつ、ディーシーに説明した。


 ジンに対して、好意を抱いていること。恋かどうかはわからないけれど、彼と一緒にいたいし、もっと親しくしたいと思っている。胸の奥がドキドキして、苦しくなることもある。


「どうしたらいいかな……?」

「胸が痛いなら治癒でも掛けようか?」

「……これって感情うんぬん関係なく、病気の一種だったの?」

「知らん。だが掛けてみればよい。それで痛まなくなるなら、それは病気か何かだったということだ」

「じゃあ、掛けて」

「うむ……」


 ぜったい違うと思うんだけどなあ……、とはいえ、ボク自身の恋とかよくわからないから、断言はできないけど。


「……どうだ?」

「……わかんない」


 モヤモヤするし、何だか緊張してきた。


「正直に言って、我には専門外だ。だからわかるところだけ助言させてもらう」

「お願い」


 藁にもすがる思いで聞いてみる。


「恋だの愛だのはよくわからん。一種の忠誠心のようにも思えるし、主従関係とは違うが、相手が必要なのは間違いないだろう。ただ……そうだな、主が好きそうなことをしてやれば、喜んではくれるだろう」


 喜んでくれるということは、役に立っているということだ――とディーシーは力説した。


「王子様にあって、主にないものと言えば、魔力の泉スキルだろう。言うなれば魔力だ」

「そうだね」


 ボクには、魔力の泉という魔力を常人よりも圧倒的に早く自然回復させる力があるらしい。魔力が切れにくく、長時間の魔法連発も可能とする魔術師垂涎の力だという。


「主は、あれで若い女子と接触が好きでな。スキンシップを図りつつ、魔力を回復させていたりしたものだ」

「そ、そうなんだ……」


 若い女子と接触って、あれかな? フメリアの町にある娼館。男と女がえっちぃことをしてリフレッシュする場所。


「生物の直接の結びつきは魔力のやりとりにも繋がる。新たな生命を生みだす力なのだ、当然だな」


 ディーシーは、どこまでも真顔だった。


「まあ、そこまで難しく考えなくてもよい。主に限らず、人間というのは、オスメスで抱き合えば心身ともに元気になるものだ。我にはできんが、昔は主は娼館で疲れを癒やしたりしていたぞ」

「……今も、ジンは娼館に行っているの?」

「いや。ここの所はないな。フメリアの町の娼館にいるのはシェイプシフターだからな。あれはヌけないだろう」


 ちら、とディーシーがボクを見た。


「好きなのなら抱いてもらえ。主は魔力を回復できるし、リフレッシュできるのだ。ならば王子様が嫌でなければ、誰の損にはなるまい」


 もちろん、ボクが嫌なら別だけど、とディーシーは言った。ボクは公式は王子、つまり男子だけど、本当の性別は女だ。ディーシーの言う通り、お肌の触れ合いに何の問題はない……。


 何考えているんだ、ボクは!?


 裸で抱き合うところを想像して、顔が沸騰するくらいの熱を感じた。恥ずかしさで、思わずしゃがみ込んでしまう。


「好きなのだろう? 人間としては自然だと思うのだがな」


 ディーシーは淡々と言い放った。


「もし不安があるというなら、我と寝るか?」

「え……?」


 一瞬、ディーシーが何を言っているのか理解できなかった。


「ええっー!?」

「何を驚いている。王子様は一度我を抱いて寝たことがあるだろう?」


 そうだっけ? よくよく思い出せば……。あ、DCロッドを抱えて寝たことが一度あったのを思い出した。反乱軍の陣地からジンに助けられた最初の日に。


「でもあれは……」


 杖を抱いただけで、今のように人型のディーシーを抱いたわけではない。


「あんなようなものだよ。添い寝だけでもよい。主に任せればすべてやってくれるよ」

「……」


 そんなものかな……。いまいち自信が持てない。でも、それでジンの役に立てるというのなら――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る