第162話、王子様の憂鬱
ボクはベルさんと青獅子寮に戻った。近衛隊長のオリビアは心配そうな顔でボクを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、アーリィー様。……ジン殿は、ご一緒では?」
「ジンは依頼の報告でまだ少しギルドだよ。だからベルさんと先に帰ってきたんだ」
ボクが胸もとに抱えていた黒猫姿のベルさんを少し持ち上げると、オリビアがベルさんに頭を下げた。
「護衛、ご苦労様です」
「うむ」
まるで王様みたいな態度のベルさんである。
ダンジョンにいて、砂や埃に汚れたから着替えと湯浴み。さすがにひとりだよ。ボクの性別のことを知っているのは、ここじゃ執事のビトレーとメイド兼護衛のネルケだけだから。
今日も凄い大冒険だった。湯船に浸かりながら思い出す。
大空洞ダンジョンのミスリル採掘。前回に続いて、ダンジョンの探索。一度行った場所だったから、初回ほど緊張しなかったし、歩きやすく感じた。
一度目より二度目とはよく言ったものだと思う。採掘では、ゴーレムが掘り出したミスリル鉱石を取り出す作業を手伝った。
そして前回、ジンがやっていた猛毒魔法ヴェノムⅢをボクがやってみた。彼に魔法を見せてもらって、色々教えてもらえたけど、できるようになるっていいなって思う。
ジンは教え方が上手だし、何より手本を見せてくれるから覚えやすいんだよね。
魔法の授業は受けてきたし、一時期、家庭教師もいたけれど、小難しい理論と長い呪文とか覚えさせれた上に、自分はそれが上手くできないとか、教わる方も首を傾げることが多かった。
その点、難しい呪文の暗記とかしなくていいジンに教われてよかった。
彼は本当に底が知れない。
今日、彼は武具合成という、合成して武器を作る魔法を見せてくれた。今回はエルフのヴィスタやドワーフのマルテロさんがいたから、詳しいところを聞けず見るだけだったけれど、あんなのは初めて見た。マルテロさんもビックリしていたけど、そりゃそうなるよね。
それにしても、カッコよかったなー、ジンは。
突然現れた、クリスタルドラゴンにもまったく動じずにベルさんと協力して倒しちゃったんだから。
それを思い出すと、ボクの胸の鼓動が激しくなる。頭が熱を帯びたように熱く感じるのは、湯船に入っているからだけじゃないと思う。
このところ、いや初めてあった時からドキドキしているんだ。その回数も時間も、段々長くなってるのを感じる。
ジンと一緒にいると、それまで感じたことのないドキドキ感が込み上げてくる。一緒にいると安心できるし、楽しいけど、こうやって独りになると途端に寂しくなるんだ。……もっと一緒にいたいよ。
こういうのを恋って言うのかな……?
ボクはその手の話は詳しくない。恋愛について、教えてくれる人はいなかったから。かろうじて知っているのは、妹が貴族令嬢たちと話した恋話を語ってくれたことと、学校で、一応所属している午後のお茶会クラブでの、やはり貴族令嬢の生徒たちから聞いたくらい。
男性と女性がくっついて親しくする……。令嬢たちにとって、相手というのは親が決めるもので、自分たちに決定権はほとんどない。だからせめて夢想する程度はと、お茶会のタネとして恋話をしたり、クラスの男子たちの総評をしたりする。……もっとも、ボクは公式には『王子』だから、女子の視点で語ることはできなかったんだけれど。
でも、この気持ちは、恋愛感情なのかな……? よくわからないけれど、ジンのことを考えると胸の奥が熱くなるんだ。
『失礼いたします、殿下』
扉の向こうから、ボクが唯一女性だと知るメイドのネルケの声がした。
『そろそろお上がりになりませんと、湯あたりを起こすかと』
「わかった。ありがとう」
ジンのことを考えていたら、長湯をしてしまったみたい。ボクは湯船から出ると、脱衣所へ。待っていた背の高い武装メイドは、厚手の布でボクの体の水気を丁寧に拭き取る。
この間、特に会話なし。基本的にボクから話を振らなければ、彼女が喋りかけてくることはない。
「ねえ、ネルケ」
「はい、アーリィー様」
「ネルケって、恋をしたことはある?」
一瞬、彼女の手が止まった。だがそれも刹那で、すぐに作業を再開した。
「いえ、ございません」
「そう……」
本当かな。ネルケはボクが言うのもなんだけど、結構な美人さんだから、男性の方が放っておかないと思うんだけど。
とはいえ、ここで深く突っ込めるほど、普段から親しいわけではない。むしろ深く突っ込んだら負けかな、と思う。だからボクはこれ以上は言わなかった。
部屋着に着替えて、部屋に戻る。ふっと疲労を感じてベッドへダイブ。
胸の奥がモヤモヤする。こういうの、相談できる人がいないのは問題だ。ボクはジンのことを考える。
昼間の彼の戦う姿に痺れている。ボクが魔法とか上手くやると褒めてくれるけど、それがたまらなく嬉しい。その言葉や表情を思い出すと、自然とバタバタと足が動いてしまう。
枕を抱えて悶える。
ただ、そこでふっと素面に返るところがある。額に手を当て、天井を見上げる。
「ジンは、ボクに与えてくれた。……でもボクは、彼に何もお返しできていない」
キリリと痛みを感じる。楽しい時も、辛い時も一緒にいてくれて、ボクを支えてくれた。何とか彼の役に立ちたいって思う。
「どうすれば、彼は喜んでもくれるのかな……?」
何をお返しすればいいのか。ただお礼を言うだけじゃ足りない。もっと、彼のために、何かをしたい、してあげたい!
・ ・ ・
気づけば、ボクはポータルを経由して、ルーガナ領へ行った。
……そういえば、いつまで前領主のルーガナ領呼びなんだろう? ヴェリラルド領――だと王国直轄領って感じだし、かといってアーリィー領という呼ばれ方もしないだろうから、ルーガナ領のまま何だろうか? まあいいや。アーリィー領って何か恥ずかしいし。
領主屋敷から、一部の者しか知らない秘密ポータルでウェントゥス基地へと移動する。シェイプシフター兵がボクを見て敬礼をしてきた。
「えーと、ディーシーはいるかい?」
『戻っています』
ご案内します、とシェイプシフター兵はボクの前を移動した。いつ来ても、この基地は凄いと思う。
古代機械文明のそれを想像させる金属の壁で覆われた広い格納庫。大帝国で使用されている魔人機を解析し、独自に作り上げたオリジナル魔人機などの姿が見える。
ボクは個人的に古代文明の研究論文などを読むのが好きなんだけど、こう、ロマンを感じるよね。
肝心のディーシーは……いた。以前、ジンに乗せてもらった魔法車より大きな車のようなものの前で、シェイプシフター兵と立っていた。
その魔法車のような魔法車ではないものは車体の上に箱があって、槍のように長く細い一本の棒が突き出ていた。ハッシュ砦で見かけた8センチ速射砲?
「やあ、王子様。一人で来るとは珍しいな」
ディーシーはボクに気づいて声を掛けてきた。
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