第161話、英雄魔術師と星降らす乙女


 色々あった一日だった。


 大空洞ダンジョンで聞こえた咆哮の正体は、おそらくクリスタルドラゴンだった、ということでケリがつきそうだった。


 先に王都冒険者ギルドに戻ったルングたちホデルバボサ団から報告を受けていたサブマスのラスィアさんからは詳細を求められた。


「じゃあの、ジン。また後日、武具合成の話を聞かせてくれ」

「今日はありがとうございました、ジンさん」


 仕事が立て込んでいるというマルテロ氏とファブロは、報告を俺に任せてギルドを後にした。ミスリルも手に入れて成果は充分だっただろう。


 王子様のお時間を拘束するわけにはいかない、とラスィアさんが配慮した結果、アーリィーとベルさんは先に帰った。ディーシーはウェントゥス基地での兵器作業の進捗を見るためにこちらもさっさと帰っていた。


 結局、報告は俺かよ! ということで、唯一残ってくれたヴィスタと、談話室での報告。ギルドの解体部門には、仕留めた水晶竜の解体を頼んである。


 大竜クラスのクリスタルドラゴンを討伐したことについて、ラスィアさんが思ったほど驚かなかったのは、先にルングたちが報告したせいか。まあ、理解が早いのは俺としても助かる。ホデルバボサの連中に貸したままの武器は、そのままくれてやろう。


 途中、ギルマスのヴォード氏がやってきた。


『ズルいぞ。オレも呼んでくれればよかったのに』


 と、恨み言のように言われた。……知らんがな。


 報告が終わったら、ヴォード氏から飲みに誘われたが、王子様を待たせているので、と辞退させてもらった。


 ……いい加減、今日はもう帰って休みたい。


 そういや、マルテロ氏は、俺のこと、ジン・アミウールだって思ったかな? 言いふらすものでもないが、騒がれても困るから釘を刺しておくべきだった。


 ヴィスタには、一応口止めしておこう。


 冒険者ギルドを出て、学校への帰り道、ヴィスタに言った。


「今日は、ここまで付き合わせてもらってすまなかったね」

「いや、私のほうこそ、世話になった」


 ヴィスタは言ったが、初対面の時のよそよそしさを感じさせる硬さはなく、幾分か柔和なものになっていた。


「ギル・クまで新しくしてもらって……というより、本当に私が使ってもよいのだろうか?」

「エルフに進呈したものだからね。構わない」


 むしろ、弓に長けている人に使ってほしいな。製作者としてはね。


「隠さないのか、ジン?」

「まあ、今はジン・トキトモ。それ以上でも、それ以下でもない」

「わかった。アミウールを名乗っていた頃のことは言わない。これでいいか?」

「助かる」


 話が早くてマジ助かる。


「そういえば聞いてなかったけど、君はエルフの里を出て何をしている?」


 このヴェリラルド王国にきたようだが、何か目的があったのか。


「私が里を出たのは、かのジン・アミウールの足跡そくせきを追うためだ」

「俺の?」

「カリヤの森の救い主だ。亡き兄も世話になったのに、私は直接言葉を交わす機会もなかったからな。一言会って話してみたかったというのもある」

「それで森を出るとか、勇気あるなあ」


 エルフって、他の種族とあまり交流せず、自分たちの里にこもっている。ダークエルフなどと違って、外の世界ではほとんど見かけない、ある意味レア種族と言える。


「俺のたどってきた道を追いかけているのか。……って、それおかしくない?」


 ジン・アミウール時代の俺は、連合国と大帝国の領土に行ったことはあるが、ここヴェリラルド王国をはじめ、西方諸国を訪れたことはない。……ジン・トキトモとして今いるのが初めてなのだ。


「英雄魔術師の後を追っているなら、なんで連合国ではなく、こっちに来ているんだ? 真逆もいいところだ」

「それは――」


 ヴィスタが視線を逸らした。その白い頬がかすかに朱に染まりだす。


「私はそうは思わないのだが……その……周りが言うんだ。私は、方向オンチらしい、と……!」

「……」


 つまり本当は連合国に行くつもりだったのに、逆方向へ来てしまったのか。あらまあ。キリッとした美人だと思いきや、案外ポンコツかもしれない。可愛いじゃん。


「まあ、幸か不幸か、死んだとされている本人に会えたんだから、最終的にはラッキーだったな」


 俺が言えば、ヴィスタは苦笑した。


「まったくだな」

「それで、本人と話している感想は?」

「まあ、直接会えるとは思っていなかったからな……。何を話せばいいか」


 いざ会ったら、何も言えなかったってやつかな。まあいいさ。


「今日で最後ってわけじゃないんだ。何かあったら、また言ってくれ」

「そうさせてもらう」


 ヴィスタは頷くと、そこで立ち止まった。


「ジン・アミウール。あなたがカリヤの森を救うために尽力してくれたこと、感謝する!」


 ああ、それを言うのも込みで里を出たんだったかな。


「あの場に居たのは、たまたまだ。それに君の同胞たちにもお礼をされたからな」

「それでも、私は一言礼を言いたかったのだ。他にも直接お礼を言えなかった者も多かったと思う。せっかく会えたのだ、言わせてくれ」


 ありがとう、人間の魔術師。


 その言葉に、俺は照れくさくなる。堅物そうな人からの素直な礼には弱いんだ。


「まあ、また何かあったら言ってくれ」


 俺は手を振って、ヴィスタと別れた。



  ・  ・  ・



 のちの話だ。


 生まれ変わった魔法弓ギル・ク改を使うヴィスタは、たちまち冒険者ランクをAにまで上げ、王都での有名な冒険者となる。


 戦場を駆ける無数の流星のような矢。大型魔獣には稲妻の如き一矢。いつしか彼女は、周囲から複数の名で呼ばれることになる。


 星落とす妖精。

 青い鬼神。


 最終的には『星降らす乙女』で落ち着くことになるが……。なお当人はそれらの通り名にひどく困惑したという。

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