第156話、氷結エリアの水晶竜


 十三階層中に響く咆哮の主は、巨大なドラゴンだった。


 この辺りでは、お馴染みのフロストドラゴンよりも二回り以上の巨大な巨体だ。竜種特有のトカゲ顔は精悍。鋭く尖った二本の角に氷を思わす青い外皮、無数の水晶を生やしたその姿は、周囲の氷と同様きらめいていた。


 翼はない。四足歩行。一歩を踏み出すたびに振動が起き、ここにもそれが届いてきた。近づいているのが振動で分かる。


「水晶竜――さしづめ、クリスタルドラゴンってところか?」


 洞窟を感じさせない広さの氷結エリアとはいえ、その図体は迫力満点だ。やれやれ、参ったね……。


 舌の先がざらついた。この大きさ、貫禄。まるで上級ドラゴン種『大竜』じゃないか……!


 俺はベルさんに聞く。


「クリスタルドラゴンって、ランクどれくらいだっけ?」

「さあ、オレだって知らねえけど、大竜クラスだろ」

「大竜!」


 追いついたヴィスタが目を剥いた。


「伝説級の! Sランク以上の化け物ではないかっ!」

「ええっ!?」


 アーリィーも驚愕している。


「ど、どうしよう……? ドンドンこっちへ近づいてない?」

「ポータルの位置へ行くとなると、あのドラゴンの近くを通ることになるからな」


 俺やベルさんだけなら、転移でってできるけど、他の面々全員となると無理だな。


「迎え撃つか」

「だな」


 ベルさんが即同意した。ヴィスタは慌てる。


「まてまてまて、あれと戦うのか? 正気か?」

「割と正気」

「できるの、ジン?」


 アーリィーが緊張しつつも、取り乱すことはなかった。


「やってみないとわからないが、まあ、何とかなるよ」

「そんな! あんなの、命がいくつあっても足りやしない!」

「落ち着け、ヴィスタ。深呼吸しろ」


 俺は務めて冷静に言った。


「護身用に魔法弓を貸してやる。属性は風と雷、火の三種類があるが、好きなのを選べ」


 ストレージから先ほど出した魔法弓を出す。その間に、ディーシーが眉をひそめた。


「主よ、ドラゴンの前に人間の反応が5つ。こちらへ逃げているようだ」

「見えた」


 ベルさんが兜の額に手を当て陰を作る。


「大方、冒険者だろう。ドラゴンはあいつらを追いかけているんじゃね?」

「何じゃい、すると、もらい事故か!」


 マルテロ氏とファブロもやってきた。冒険者たちがこっちへ逃げてくれば、こっちは巻き込まれた形になるわな。


「向こうはまだこっちに気づいていないから、故意ではないだろうよ。助けるか」


 俺はアーリィーたちに振り返った。


「俺とベルさんで、あのドラゴンを引っぱたいてくるから、皆は身を隠せる場所にいてくれ。敵は大竜クラスのドラゴンだ。ブレス攻撃がどこまで伸びてくるかわからないから、いつでも遮蔽に引っ込める所にいてくれ」

「お主、だいぶ手慣れておるの」


 マルテロ氏がモジャモジャの髭を撫でつけながら言った。ファブロやヴィスタ、アーリィーは強ばったり、青ざめたりしている。


「まあ、慣れてますから」


 俺はエアブーツの浮遊と加速を発動、滑るように敵との距離を詰めた。ベルさんも同速度で随伴ずいはんする。


 クリスタルドラゴンの口腔が青く光る。次に来る攻撃の兆候。俺たちにはすでにお馴染みだった。


「ブレスか!」


 体内の魔力を集めて放つドラゴン種の武器。放たれたのは青いブレス。氷系のブレスか? いや光?


 その一撃は地面を穿った。前を逃げていた冒険者たちは慌てて、近くの遮蔽に飛び込んだ。ひとりが、危うくブレスの射線に飲み込まれるところだった。


「ティミッド! 大丈夫か!?」

「くそっ、くそっ!」


 少年じみた冒険者が叫べば、バンダナをしたシーフっぽい冒険者が岩陰に伏せながら喚いた。


「もうドンケツはやらねえぞ! マジで死ぬっ!」

「ダヴァン! ラティーユ! フレシャ!」

「大丈夫だ!」

「生きてる!」

「死んでないにゃ!」


 少年っぽい冒険者の点呼にそれぞれ応えた。


「ようし、まだ全員生きてるなっ!? 次はオレがドンケツするから、お前ら走れ!」

「ルング!」

「気をつけるにゃ!」


 冒険者たちが走り出す。逃げてはいるようだが、途中にブレスから隠れたりと、その逃げ足は中々上がらないようだった。


 ふむふむ、男が3人、女の子が2人っと。……ひとりは、猫の亜人か。


 俺は冒険者たちを確認する。もう少ししたら岩場を抜けるから、走りやすい反面、隠れる場所がなくなる。つまり、ジ・エンドだ。


「ジン?」

「モンスターの横取りはマナー違反だが、連中は逃げているんだから、問題ないな!」


 俺は水晶竜へ、さらに向かった。その途中、冒険者――僧服をまとう女クレリックとすれ違った。


「――えっ?」


 お、中々のカワイコちゃん。俺はクリスタルドラゴンを睨みつける。やっこさんも、俺を視界にいれやがった。


 まずはこんにちはの一発を。


「フレイムブラスト!」


 俺のかざした右腕から、炎弾が迸る。


 着弾、そして炎上。クリスタルドラゴンの鱗を、クリスタルごと焼き払う……のだが、表面を焼いただけで終わる。


「予想はしていたが、硬いな、こいつ」


 例の少年っぽい冒険者――確か、ルングとか呼ばれていた男が俺を見ていた。


「あ、あんた――!?」

「右側へ逃げろ! このまま鉱山のほうへ行けば、途中は平原だ!」


 ブレスでやられるぞ、と伝わったかな?


 クリスタルドラゴンが叫ぶ。俺を無視するなってか? 吐き出される濁流の如き激しい勢いの光。ち、思ったより速いっ!


「闇の障壁!」


 俺はとっさに防御魔法を展開した。

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