第155話、魔法弓と思い出


「いいだろう……」


 ヴィスタは腰のカバンに手を入れた。するとどこに入っていたかわからない大きさの代物が中から出てきた。そのカバンは収納の魔法がこもった魔法具だったようだ。


 青白い魔法金属――ミスリルで作られた弓である。サイズは長弓扱い。そのほっそりした弓は、魔法の杖のようにも見え、わずかに湾曲しているゆえに弓であると主張している。


 ただ純粋な弓というには違和感はある。握りの部分に手を守るナックルガードのような器具がついていること。そして弓を引くのに用いる弦がないことだ。


「これは魔法弓ギル・ク。偉大なる英雄魔術師が作り上げた至高の魔法武器だ」


 ヴィスタの声が、どこか自慢げに聞こえた。


 英雄魔術師ね。俺が触ろうとすると、一瞬ヴィスタが手を引いた。他人に魔法弓に触らせたくないのかな? 無害を装って、アイコンタクト。渋々、ヴィスタは魔法弓を俺に委ねた。


「そうか、ギル・クって名前がついたのか……」


 この魔法弓には覚えがある。理由は簡単だ。ヴィスタが言う通り、この魔法弓は一時期、英雄魔術師と呼ばれた俺が作ったものだからだ。


 一年ほど前だったか。魔法を弓で撃ち出したら、という発想を基に、いくつか試作した武器がある。それが魔法弓だ。


 本来、弓を使うには矢が必要だ。だが矢を調達すると金がかかるし、作るのは面倒。矢筒に入れられる数も限られるから、通常の狩りでは問題ないが戦闘、特に長期戦での使い勝手はあまりよろしくない。


 それなら魔力の限り撃てて、矢を用意しなくても使える弓を、ということで魔法の弾を撃ち出す弓が作られた。


 きっかけは、そう、エルフの里にお邪魔していた時だった。元より魔力を持ち、魔法と相性のいいエルフたちは、この魔法弓をいたく気に入ってくれたのを覚えている。


 ヴィスタが持っているその青い魔法弓は、エルフに進呈したものの一つだ。


「……リムにヒビが入っているな」

「ふむ、私を襲った賊がミスリルの剣を持っていてな。懐に飛び込まれた私の落ち度だが……」

「相手がミスリルの武器じゃ、しょうがないな」


 いったいこの魔法金属に傷をつけるものって何だろうって思ったが、それなら納得だ。


「その傷のせいで、魔力を増幅させる機能が不安定になって、元の力を発揮できなくなった」

「だろうな……」


 俺は、近くで魔法弓ギル・クをしげしげと眺め、ヒビの部位を見やる。新しいミスリルでリムを作り直し、魔法文字を刻めば修理できるな。頭の中で修復プランを思い描く。


 一度、弓を撃つ構えを取ってみる。握りの少し上、弓のほぼ真ん中に魔石を磨いて作ったオーブがはめ込まれていて、ここに魔力を注ぎ、魔法の矢を作る。今は壊れているので、矢は作らない。


「……随分ずいぶんと様になっているな」


 ヴィスタが腕を組む。


「弓の心得があるのか?」

「少しな」

「その割には、とてもしっくりしていた。まるで……」


 何だ? 続きを待つが、彼女は「何でもない」と首を横に振った。なに、気になるじゃん。


「それで、今度は君の番だ。俺のことをマルテロ氏から紹介されたってだけじゃないみたいだけど、それを聞いてもいいかな?」


 ただ紹介されただけなら、ラスィアさんに『熱心』に聞いたりはしないだろう。何かしら思うところはあるんじゃないかな。


「この国に来て、少し前からあなたの名前を聞いた。凄腕の魔術師がいるって」


 つい最近だろうな。その話題となると冒険者ギルドか、フメリアの町くらいだろうけど。


「ルーガナ領に来たことがある?」

「一度行った。だがその時、あなたには会えなかった」

「ガチで俺に会おうとしてた?」

「そこまでは。ただ、ジンという名の凄腕と聞いたから、一度顔を見ておこうと思った」


 何となく察した。英雄魔術師ジン・アミウール。かつて名乗っていた名前と同じ魔術師の噂を聞いて、興味が湧いたってところだろう。


「ガッカリさせたかな?」

「何故?」

「こんなガキみたいな魔術師だったから」


 果たして、学生の姿でなく、本来の姿で会っていたらどういう反応だったんだろうね。エルフの里、この魔法弓を持っていたとなると、俺の本来の姿を遠目で見ていたかもしれない。


 どこで顔バレするかわかったもんじゃないな。とはいえ、多少若返った程度だから、見る人が見ればわかる気がするけどな。その頃はもう顔なんてほどんど変わらんし。


「……とりあえず、ギル・クは直せるが、このままの形でいいのかい?」

「は?」


 唐突に話を変えたせいか、ヴィスタは怪訝な顔になった。


「直すと言ったか?」

「言った。マルテロ氏には、材料不足を理由に断られたんだろう? 材料があっても、あの人忙しいだろうし。俺だったら、すぐに直してあげられるけど」

「いやいやいや、あなたは何を言っているんだ?」


 ヴィスタは目を剥いた。


「あなたは魔術師だろう? 武器職人ではない」


 俺は無言でストレージに手を突っ込み、武器を引っ張り出す。


「ここに三張ある。全部、俺が作ったものだ。魔法弓の修理や改修はできるよ」

「……おうおう、何やら面白そうな話をしておるのぅ」


 マルテロ氏が、のしのしとやってきた。


「ミスリルの抽出をやってもらおうと思っとったが、何じゃいお主。武器も作るのか。見せてみろ」


 マスター・スミスから睨まれてしまった。俺のやり方は、ハンマーを使わないんだけどね。


 その時、巨大な咆哮らしきものが十三階層に響き渡った。ゴーレムたちは作業を続けたが、それ以外の者たちは全員がその声に手を止め、視線を向けた。


「な、何じゃ?」


 マルテロ氏は呟く。


 ジン――アーリィーがこっちに手を振った。俺は魔法弓をストレージに戻し、走り出していた。


「今の何?」

「噂の大物だ。……ベルさん!」

「おう!」


 ベルさんも駆けてきた。


 冒険者ギルドで十三階層に、何か大きな化け物がいるので、という話をラスィアさ

んから聞いた。今の声、噂になっていたやつに違いない。


「割と近かった」


 俺はDCロッドを出す。杖は、すぐにディーシーの姿になった。


「今日はお休みじゃなかったのか、主よ?」

「仕事だ。働け」


 遠距離視力の魔法で、周囲の地形をぐるりと確認……っと。大きなものが背中をキラキラさせながら動いている!


「ドラゴンだ」

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