第157話、轟くは雷鳴


 闇の渦が、クリスタルドラゴンの強烈なブレス攻撃を、辛うじて飲み込んだ。間一髪。さすがに肝を冷やした!


 あちっ! まるで熱線だな。肌がチリチリした。


「うおおおおっ!」


 ベルさんが水晶竜に飛び掛かった。暗黒騎士の持つ大剣デスブリンガーがドラゴンの首を狙う。


 しかしドラゴンは頭を傾け、頭の角を槍の如く向けてきた。ガシンと激しい衝突音。ベルさんが後方へ跳んだ。


「やるじゃねえか、クソドラゴンが!」


 クリスタルドラゴンが天井を仰ぎ、咆えた。すると震動が辺りを襲い、次の瞬間、めきめきと氷を割って、無数の水晶柱が飛び出してきた。


 俺はとっさに浮遊で地面から離れる。ルングや冒険者たちは、地震の足を取られてその場で動けなくなった。


「おいおい、地形を変えるつもりか……!?」


 好き勝手に水晶を生やしやがって! 


 咆哮と共に怒りに満ちた赤い眼を輝かせる水晶竜。ベルさんがヒョイヒョイと水晶柱を跳び、ドラゴンの背後へと回りこもうとしている。


 オーケー、じゃあ俺が奴を牽制する!


「メテオレイン!」


 魔力を岩石として具現化。その直径一、二メートルを超える無数のそれを散弾よろしく叩きつける。


 投石機から放たれた巨岩が雨のように降り注ぎ、それらが立て続けにドラゴンの巨体を叩く。さすがによろめき、苦悶の声を上げる水晶竜。並の魔獣なら一撃喰らえばペシャンコだ。


 水晶竜の背中の水晶や岩の装甲がいくつも砕けたのだが、こちらの魔法の岩もまた同様に四散し、見た目ほど効いていない。


 これが大竜だ。


 恐るべき外皮の厚さと耐久力が、地上最強の生物として恐れられる由縁。


 しかし注意は引けた。その隙に回り込んだベルさんが跳躍。暗黒騎士の一撃はクリスタルドラゴンの首へと飛び込む!


 次の瞬間、ドラゴンの首から血が吹き出した。切れ味凄まじい大剣が、竜の鱗を切り裂いたのだ。しかし――


「ちぃ! 浅い!」


 ベルさんが舌打ちした。竜の守りを抜いたが、致命的な一撃には届かない。


「さすがに厚いな……!」


 クリスタルドラゴンの口腔が青く光る。次に来る攻撃の兆候。俺たちにはすでにお馴染みだった。


「ブレス、来るぞ!」


 クリスタルドラゴンは首を振り、まわりにブレスを撒き散らした。


 冒険者たちが悲鳴を上げて、近くの遮蔽に隠れる。光が地を抉り、半端な岩は粉々に砕けた。運が悪ければ遮蔽ごとお陀仏だ。じゅっ、と氷が溶ける音が耳朶を打つ。


 ドラゴンが再び、こちらへと顔を向ける。奴の口の中から光が漏れていて、ブレスを使うつもりなのがバレバレだ。


「んなもん、わかってりゃ避けられるっての――!」


 光のブレスが、俺のいた場所を撫でるように通過した。すでに加速で逃げた俺にはかすりもしない。


 だが放射された光は、生成された水晶の柱に当たると、その軌道をねじ曲げ、鏡のように反射した。


 え――!?


 あっと驚く間に、反射した光の一閃がミスリル鉱山方向――アーリィーたちが隠れている付近を撫でるようにかすめた。


「馬鹿野郎が!」


 どこを狙ってるんだてめぇ!


 俺はストレージから古代樹の杖を出すと、そちらに魔力を集める。ばちっ、と、一瞬静電気じみた紫電が弾ける。


「ベルさん、避けろ!」


 落ちろ雷。轟け雷鳴!


 次の瞬間、閃光が走り、一筋の雷が十三階層を貫いた。


 大気を引き裂く雷鳴。鼓膜を破らんとするかのような大轟音。  


 それが走り抜けた時、ビリビリとした大気の震動が、離れていても肌に伝わり、ざわめかせる。


 ドラゴンのブレスにも負けない一撃。心臓が止まるかのような大音量。それだけで、雷がもたらす恐るべき力を心の奥底から呼び覚ます。


 耳を塞いでもなお、耳の奥へと響くそれは、聞く者すべてを恐怖へと突き落とす。


 クリスタルドラゴンの外皮が吹っ飛んだ。鎧代わりの水晶も岩の装甲が跳ね飛び、大竜が悲鳴を上げた。


「痛いってか? 何でまだ生きてるんだよ、お前」


 凄まじい雷が落ちた。まるで鞭のようにドラゴンの体を雷が打ち据え、ぶるりとその巨体が震えて外皮が血飛沫のように飛ぶ。


「ドラゴンが……悲鳴を上げてる……?」


 ルングの声が聞こえたような気がした。本物のサンダーボルトを打ち続けているから、耳が馬鹿になる。ワイバーンなら今頃、消し炭だぞ。しぶとい野郎だ。


「任せるぜ、ベルさん」


 雷の終了。暗黒騎士は、水晶竜の首を刎ねた。



  ・  ・  ・



 水晶竜が地響きと共に倒れるのを、ヴィスタは見ていた。


 伝説級の大竜を仕留めた。まだ信じられない。


「ジン・アミウールだ……」


 思わずその名を口にする。エルフの里の危機を救った英雄魔術師とその相棒の戦士。


 オークの軍勢による里の襲撃。ヴィスタは兄と共に戦った。ジン・アミウールから授かりし魔法弓ギル・クは、兄が使い、多数のオークを討ち倒した。しかし兄は奮戦むなしく討ち死にし、ヴィスタはギル・クを受け継いだ。


 ジン・アミウールと相棒は、窮地に陥ったエルフ集落を救った。その活躍を目の当たりにしたヴィスタだからこそ、あの少年魔術師は、ジン・アミウールだと確信できた。


 しかし、英雄ジン・アミウールとその相棒は、連合国と大帝国の戦争の最中に戦死したのではなかったのか?


 その死を知った時はショックだったが、彼は生きていた! 英雄ジン・アミウールは生きていたのだ!


 故郷の恩人ということで、彼の足跡を辿っていたヴィスタにとって、この出会いは運命かもしれない。


「さすがだよ、ジン」


 傍らにいた、彼の弟子という少女じみた少年が、そんなことを呟いた。確か、アーリィーという名前だった。


「終わったみたいだし、行こっか」

「そうじゃな」


 後ろで岩陰に伏せていたドワーフたちが、ひょっとこり顔を出す。


「まさかブレスがここまで飛んでくるとは思わんだわ」

「怪我はない? ヴィスタさん」


 アーリィーに問われ、ヴィスタは「大丈夫だ」と答えた。


「……私の方向音痴も、満更ではなかったようだ」

「え?」

「い、いや、何でもない」


 ヴィスタは平静を装うが、込み上げてくる感情を抑えるのは難しかった。

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