第152話、十三階層は今


 魔人機ウェルゼンのテストをしていたら夕方になっていた。俺とベルさんは、冒険者ギルド・ルーガナ支部に顔を出した。


 相変わらず、賑やかなギルド内。今日の戦果の確認やら、これから出掛ける冒険者たちで活発だった。


「やあ、こんにちは、トゥルペさん」


 顔馴染みの受付嬢に声を掛ける。このトゥルペ、応対について素っ気ないから、実は冒険者たちの間では敬遠されがちらしい。まあ、おかげで比較的空いてて、あまり待たなくていいから、俺は気に入ってるけどね。


「……」


 トゥルペが怪訝な顔をしている。どうしたの?


「……もしかしてジンさんの弟?」


 あ、そうか。この姿か。学校では二十前の姿だから、いつもと違うのだ。俺が答える前にベルさんが、ひょいとカウンターに乗った。


「違う違う。こいつはジン本人だよ」

「本人?」

「若作りに成功したのさ」

「違う。魔法で化けているだけだよ。ちょっと仕事でね」


 詳細は省いたが、トゥルペは困惑していた。冒険者のランクプレートを見せて、本人確認して、ようやく頷かれた。


「変身の魔法ですか。凄いですね」

「ありがとう」

「……これ、噂なんですが、ジンさんが本当はSランクの冒険者だって、本当ですか?」


 声を落とすトゥルペだが……。おいおい。


「そんな噂、どこから出たんだ?」

「ギルドじゃあ、もっぱらですよ。で、どうなんですか?」

「そんな不確かな話じゃあ、教えられないな」


 俺は肩をすくめる。トゥルペは口をへの字に曲げた。


「否定はしないんですね」

「どうかな」


 俺はベルさんと顔を見合わせ、互いにニヤニヤする。


「それで、もし手が空いているなら、ラスィアさんを呼んできてもらえるかな?」

「定例の打ち合わせですね。お待ちを」


 よろしく――席を外すトゥルペを見送る俺たち。待つ間、ギルドのフロアを眺める。盛況なようで何よりだ。


「お待たせしました」


 ダークエルフのサブマスがやってくる。そのラスィアさんを見れば、目を丸くしている。


「トゥルペさんに聞きましたけど、本当に子供の姿なんですね……」

「子供……」


 ちょっと面食らってしまった。ガハハ、とベルさんには笑われた。



  ・  ・  ・


「――王都の魔法騎士学校に通っているのですか?」

「そっ。それでジンの奴、ガキの格好してんの」


 ベルさんが得意げに、ラスィアさんに説明した。王子殿下が学校に戻るから、俺がその護衛として若い姿になっている、と。


「何でもできるんですね……」

「何でもはできないよ」


 王都とルーガナ領へはポータルで移動している。まあ、そう言っても、差し支えはない。ポータルなら王都冒険者ギルドで、彼女たちも毎日利用しているからな。


 ということで、冒険者ギルドで最近の情報収集。ここでの情報は、領主であるアーリィー王子に届く、ということで、サブマスであるラスィアさんがわざわざ個室で対応してくれるのだ。


 ボスケ大森林地帯での活動は、まあまあ順調。怪我人はいるし、死亡者もたまに出るが、これは王都でも変わらない。


「大空洞ダンジョンのほうはどうですか? ミスリル鉱山は?」

「ジンさんがポータルを置いてくださったので活発に行き来していますよ。王都の採掘業者が冒険者を護衛に雇って採掘を進めています。ただ……」

「ただ?」

「十三階層に、どうも大物が生息しているのでは、と噂になっています。近くにフロストドラゴンという大トカゲの亜種が出てくるのですが、それ以上の存在がいるのでは、ともっぱらです」

「目撃者は?」

「今のところは。そのモンスターの咆哮を聞いた者は複数いるのですが、調べようとした冒険者は全員未帰還です。おそらく――」

「やられちまったか」


 ベルさんが首を横に振った。


「おたくのギルマスの出番じゃないか?」


 ヴォード氏はSランクの冒険者にして、竜殺しの称号を持つ。


「できれば、うちのギルマスにはギルドで大人しくしていて欲しいのですが。あれでいい歳ですし」


 四十代半ばだっけか。まあ、冒険者として前線に連日出るような歳でもないわな。


「だが冒険者全体を見れば、四十代どころか五十や六十代もいるだろう?」

「魔術師なら。前衛で戦う戦士系では、かなり少ないですよ」

「ふうん。あれだけ動ければ、そこらのガキより全然使えるだろうに」


 ベルさんが溜息をついた。ラスィアさんは一枚の依頼書を出した。


「ジンさんに指名依頼が1件、きてますよ」

「俺に? 誰だろ」

「魔女のネーチャン?」

「だったら嬉しいね」


 俺とベルさんが冗談めかすと、ラスィアさんは薄く笑った。


「残念。ドワーフのマルテロさんからですね」

「ドワーフのじーさん」

「おぉ……」


 あからさまにテンションが下がる俺たち。依頼書を拝見。


「なになに……大空洞ダンジョン十三階層で、ミスリル堀りがしたいので、ぜひ協力してほしい?」

「業者が入るようになったんじゃなかったのか?」


 ベルさんが眉をひそめると、ラスィアさんは真顔で答えた。


「ようやく現場で、ミスリルを採掘し始めたところですから、まだ市場に商品として出せる形になっていないんですよ」


 あぁ、まだ鉱石を運び出しているところで、それを金属に加工しているところか。俺たちはその場で魔法でやっちゃうけど、本当なら商品になるまで色々手間が掛かるのだ。


「また急ぎの仕事でも入ったのかな?」

「さあね。オレらには関係ない」

「ラスィアさん。これ日にち指定あります?」

「明後日まで大丈夫ですよ」

「じゃあ、明日の放課後にでも行くか。……たまには暴れたいだろう?」


 俺がベルさんに言えば、黒猫は肩をすくめるような動きをした。アーリィーも誘って魔法を含めた実戦訓練と行こう。


「わかりました。では、マルテロさんにはそのように伝えておきます」


 ラスィアさんが依頼書にサインをした。ダンジョンのミスリル鉱山がどうなっているか、拝見するとしましょうかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る