第150話、優雅なランチと午後の予定


 アクティス魔法騎士学校には生徒食堂が複数ある。


 主に校庭に面した東校舎に集中しているが、貴族生向けの上級食堂。身分に関係なく食事がとれる大食堂などなど。


 アーリィーは在学中は、当然ながら貴族生向けの上級食堂を使う。それもVIP専用席だ。ここは基本に王子のみが使い、王子が招待すれば同席は可能だった。


 久しぶりに登校したアーリィーとご一緒したい貴族女子たちがやってきたが、アーリィーは『師匠と魔法の打ち合わせがあるから』と断りを入れた。結構食い下がった子もいたけど、今日は駄目とアーリィーが念押ししたら渋々下がっていった。


 そして当然のことのように、俺とベルさんはアーリィーに招待されて、こちらで昼食である。


「そんな席にご招待いただけるとは恐悦至極」


 他の貴族生たちから、嫉みを買うだろうな。


「やめてよ、ジン」

「いいや、やめない。君ってやっぱモテるんだな」


 女の子っぽいフェイスが、女子生徒たちにウケているんだろうな。美形の王子様。格好いいというより可愛い系だな。


「ジンー」

「悪い悪い」


 東校舎三階、ちょっとした展望席もあるハイクラスの食堂は、専属のコックとスタッフ、給仕係が控えている。学食って並ぶものってイメージあったけど、持ってきてくれるんだなぁ。さすが貴族たちの利用する食堂。


「昼間からフルコースってのも贅沢だな」


 俺とアーリィーは白い丸テーブルを挟んで向かい合っている。スープに始まりサラダ、牛の肉厚ステーキ。


「大食堂のメニューに興味があるんだけど」


 アーリィーは皿の上のステーキにナイフを入れながら言った。


「今までは連れがいなかったから行けなかった。ジンもいるから、近いうちにそっちで食べてもいいかな」

「やめとけやめとけ」


 ベルさんが、俺の切り分けたステーキを一口。


「大食堂がパニックになるだろうよ」


 俺も皮肉る。そもそも王室警護の近衛をはじめ、世話係も大いに困惑するだろう。他の生徒が食べる料理を王子殿下も食する……たったそれだけのために、いつも以上に神経を尖らせ、注意を払わなければいけない。他の生徒たちも落ち着かないだろう。


「それにしても……魔法騎士ってのはエリートなんだろう?」


 俺は話題を振る。


「俺たち、最上級学年の三年だ。さっき模擬戦やったけど、正直あれどうなんだ?」


 あまりに雑魚過ぎる!


「まあ、貴族生がいるからね」


 アーリィーは苦笑いした。


「一般生徒はともかく、貴族生は本気で技量を高めようという意識のある人はそんなに多くないと思うよ。魔法騎士の称号、それ目当てと、あとは卒業後の交友関係の開発が、この学校に通っている理由みたいなものだから」

「まあ、分かる話だな。いわゆる貴族間のお付き合いってやつ」


 ベルさんが足で自らの毛を撫でながら言った。魔族の王様だった人である。社交界やら貴族の付き合いなどには一言ある。


「アーリィーもそうなのか?」

「そうだね、ボクは王子だから否定はしない。一応、エリート校を卒業しておくことで、箔が付くというか。ほら、ボクって控えめに見ても男らしく見えないから、そういう武芸的なもので何かわかるものがあるといいって」


 控えめ? 俺の目には、もう女の子にしか見えないよ、と言ったら、果たしてどんな顔をするだろうね。


「なるほどねぇ……実技は重視されないと」

「うーん、そういうわけでもないんだけどね。あくまでボクや貴族生にとってはって話。騎士家系や一般の生徒たちにとっては、実技は大事だよ。だって卒業後に仕える相手を探す意味でも、実力がないといけないからね」


 ステーキを平らげ、食後の紅茶を一杯。


「授業は昼までで終わったけど、この後はどうするんだ?」

「昼食後は生徒の自由だよ」


 アーリィーは優雅にカップを手に紅茶で唇を湿らせた。


「寮に帰ってもいいけど、することないから自習や研究棟での個別研究とか、クラブ活動をする生徒がほとんどだよ」

「クラブ活動……」


 意外な響きだ。俺も中学の頃は全員参加のクラブ活動をやらされた口で、第一印象はあまりよくない。高校からは当然の如く帰宅部を選んだ。


「アーリィーは、何かクラブ活動を?」

「午後のお茶会部と乗馬クラブ。……幽霊部員だから、ほとんど行ってないけどね」


 聞けば、どうも貴族生たちのお遊びクラブらしい。やることがないから時間潰しに遊んでいるというのが正解のようだ。案外気楽なクラブ活動。


 剣技向上を目指す剣術クラブ、騎馬術を高める実戦騎兵クラブ、魔法研究部、戦史研究部、新戦術考案クラブなどなど。真剣に向上しようと努力する部活もあれば、何をやっているかよくわからない部活もあるらしい。


「クラブ活動は自由だから、別に所属しなくてもいいけど、クラブ活動で成果が認められると成績にも反映されるから真剣な人もいるよ。そもそも、まだ日が高いから寮に帰ってもやることないって人ばかりだから」

「ふうん、午後が自由なら、ルーガナ領に戻って仕事とかできるな」

「そうだね。ボクも領主のお仕事しなくちゃ」


 といっても、現状、彼女はフメリアの町を監督し、時々送られてくる書類に目を通す以外に特にやることないんだけどね。フメリアの町とハッシュ砦しか拠点ないし、人もそこだけ。他を開拓する人員はないときてる。


「俺も兵器開発するかな」

「大帝国が、この国にも迫ってる」


 アーリィーが眉をひそめた。


「準備はしておかないとね……」


 フメリアの町にも、大帝国の工作員が暗躍した。空中艦艇や魔人機まで送り込まれている。それがまた起こらないという保証もない。


「正直言うと、俺は少し期待して来たんだ。この国を守るために、使えそうな人材がいないか。王都の学校だから、実戦向きの人間もいるかなって。……どう思う、ベルさん?」

「駄目。ぜんぜん駄目」


 黒猫魔王様も、深い溜息をつかれた。


「今日のような奴しかいねーなら、この国の将来は真っ暗だ」

「いやー、耳が痛い」


 アーリィーも苦笑せざるを得ないようだった。ベルさんは続けた。


「ここは魔法騎士を育ててるんだろ? 一応、騎士ってことは、百姓兵どもを率いる立場になるわけだ。自分の身も守れない、状況判断が遅い奴の下についたら全滅だぞ」

「おーい、ベルさん。その辺にしておけよ」


 どうせ、そんな奴らを率いることはないだろうし、俺の反乱軍には入れないだろうから。


「でも人材か……」


 アーリィーは考える。


「貴族生の中にも実技に長ける生徒はいるし、一般生は特に頑張って鍛えているから、一通り見るだけ見たらどうかな? もしかしたら原石くらいはいるかも」

「原石ね。それって鍛えろってことかい?」

「だってジンやベルさんはレベルが高すぎるもの。磨かずに使える人材なんて、そうそういないと思うよ?」

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