第148話、だって魔術師だもん
「え、ああ、俺?」
ずいぶんと間の抜けた返事に聞こえたかもしれない。
『あなたは強いのか?』
その問いに対して、随分ととぼけた反応をしてしまった。
相手が貴族の娘であるかもしれない、ということを完全に失念していた。いや、貴族の娘とは付き合ったことはあるが、その時は向こうは英雄としての俺として接していたからな。今回はただの護衛官だから勝手が違う。
「俺は――」
「強いよ、ジンは!」
何故か、アーリィーが俺の代わりに答えた。
「冒険者でもあるんだけど、凄腕の魔術師なんだ。ボクも魔法を教わっている」
目をキラキラさせてアーリィーが熱く語る。よせやい、照れるじゃないかね。
俺は思わず顔を背ければ、周囲の女子生たちから感心したような声が上がった。
「どれくらいお強いのですの?」
銀髪前髪パッツンにした美少女生徒が聞いてきた。どれくらいってのは、対比の難しい質問である。
「まあ、現職の近衛騎士より強ぇぞ、ジンは」
ベルさんが唐突に言えば、悲鳴とも歓声ともとれる声が教室に響く。原因は当然、黒猫が渋い声で喋ったからだった。
「この子、喋りましたわ!?」
「猫が? うそっー!」
「使い魔よ! この猫、使い魔だわ!」
あー、とそこで、ようやく生徒たちが落ち着いた。
「でも、使い魔って喋りましたっけ?」
うーん、と途端に悩み出す女生徒たち。アーリィーはそんな黒猫の背を撫でた。
「ベルさんはベルさんだからね」
ふてぶてしく横たわるベルさんは、無害な猫を装った。野郎……。
・ ・ ・
本日の四時間目は、校庭での屋外演習だった。
平日の授業は昼までの四時間で終わる。その授業最後の四時間目に体育もどきの運動を持ち込むのは、空腹を加速させる。
「こんなもの適当にやってればいいっしょ」
俺の本音はそれ。だがアーリィーは首を振った。
「駄目だよ、ジン。授業なんだから、きちんと受けなきゃ」
「真面目なのね」
「ジンだって、教えてくるボクがきちんと受けてくれなきゃ、悲しいでしょ?」
「それは……そうだな」
せっかく教えているのに、そういう態度だと確かに悲しいわな。
とはいうものの、王子様のお守をすれば、学校の成績なんてどうでもいいのは確かだ。ぶっちゃけ魔法騎士にならずともすでに冒険者やってて……とか言うと、本当は逆なんだよなぁと突っ込みが入りそう。
他の職につけるチャンスがあるなら、冒険者なんて危険と隣り合わせな職はさっさと卒業するのが、正しい生き方というやつだ。
まあ、別に俺は騎士になりたいわけじゃないし、貴族様の子飼いになるつもりもない。
今日は攻撃魔法の小テストということで、十五メートルほど離れた的に投射魔法を当てるのをやった。
さすが魔法騎士学校。魔法もやるのね。
的当てに挑む生徒たち。……どれも大したことないな。
アーリィーが俺より一足先に、テストを受ける。さあ、一発見せてやれ!
「風よ、渦を巻いて走れ! エアブラスト!」
風属性が得意と言っていたアーリィー。彼女のかざした右手から放たれた風の魔法は、大気を蜃気楼の如く揺らめかせながら、的を直撃する。的に貼られた鉄板がへこみ、歪んだ。
「おおっ!」
見守っていた生徒たちから声が上がる。目に捉えられることがない風で鉄板に痕跡が残るほどの一撃というのは強力な証拠だ。
うんうん、さすがアーリィー。魔法の才能があるな。後ろで後方腕組み彼氏と化す俺である。
女子生たちからの黄色い声援に軽く答えた後、アーリィーは俺に振り返る。
「ジンー! 見てた! ど、どうかな!?」
「まあまあ、よかったかな」
一応、魔法の師匠だから、いつものようにコメントした俺だったけど……。周囲の生徒たちの視線が集まる。
あー、本職の魔術師だって言わなかったっけか?
アーリィーは嬉しそうに笑んだ。その無邪気な笑みに、女子たちからため息のような声が漏れる。
だが。
「まあまあ? 王子殿下に向かって何言ってるんだ」
えらそうに、何様だよ、と男子生の陰口にも似た小さな声が耳に届いた。
「今のは、かなりの凄い魔法だったのに……」
「何様だよ、あいつ……」
アーリィーは王子様だから、何かやったら無条件で褒めなければならない……とでも言うわけではなく、実際、魔法騎士生たちの間ではむしろ優秀ということだろう。
「次、えーと……ジン・トキトモ生徒」
教官の声で、俺はアーリィーと入れ代わるように前に出る。
「お師匠様、やっちゃって!」
すれ違いざまに、彼女に肩を叩かれた。
さてさて、ハードルを上げてしまったな。
休み時間で皆が大好きアーリィー王子様が『ジンは凄い魔法使いだ』と強調して宣伝しまくってくれたからね。
これは適当に、じゃ許されない空気だ。アーリィーが言った手前、周囲を失望させたら、彼女の面目が丸潰れになってしまう。
王子殿下に恥をかかせるのはよろしくない。可愛いアーリィーをがっかりさせるのも可哀想な話だし、近衛の連中の耳に入ったら、何をやってるんですか、と怒られそうだ。
「よっしゃ、ジン、やっちまえ!」
ベルさんが吠えたら、何故か女子生たちがキャイキャイと騒ぐ。……喋る猫として、やたら気に入られてしまったようだ。なお水面下でベルさん争奪戦が、貴族少女たちの間で始まったとか何とか。
まあ、男子生から、ちょっと反感買ったようだし、ここは実力差をみせて黙らせておくのがよかろう。なめられたらおしまいってのが学校ってものだ。陰鬱な学校生活を送る気はないからね。
とはいえ、的一個じゃ、アピールにもなりゃしない。
一瞬で的を消し去ることも考えたが、何をやったかわからないボンクラから難癖を付けられる可能性もある。そうなると派手な魔法がいいか。何を使おう……いやまて、何も一発でなくてもいいのではないだろうか。
「はじめ!」
とか言ってる間に、撃てと教官の指示がきてしまった。とりあえず――
「弾けろ、雷光!」
電撃弾を右手から放つ。紫電の槍が的に飛び、的を直撃。鉄板を弾き飛ばしその後ろの石造りの壁を粉砕した。
どうよ!
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