第147話、初登校です


 真新しい制服。魔法騎士学校の制服を見やる俺。青と白を基調とした、どことなく貴族服じみた優雅さを感じさせるそれ。……三十にもなって学校の制服を着ることになるとはね。


 見た目を十代後半の頃に変えてっと……。鏡で確認するが、まあ若返ったって感覚より違和感のほうが強い。


「まあ、いまさら言っても遅いが」


 さて、本日から通学である。


 アクティス魔法騎士学校の在学期間は三年。入学年齢は十五歳から二十歳までで、基本は十五で入り、成人である十八歳に卒業だ。が、入学年齢によっては二十三歳で卒業ということもある。


 俺は中途入学……ではなく転入という扱いになった。つまり一年からやるのではなく、最上級学年である三年生という扱いだ。


 王子殿下の護衛も兼ねる以上、教室などで一緒にいなくては護衛をやる意味がない。


 学校側も、俺が冒険者であり、魔術に関しては近衛も太鼓判を押すほどの逸材というこもあって表立った反対はしなかった。……まあ、裏でどう思っているかはわからんけどね。近衛だからと納得してくれているならいいんだけど。


 そんなわけで、俺は王子専用寮である青獅子寮から、お揃いの魔法騎士学校制服を纏って、アーリィーと登校する。馬車ならわずか三分程度の距離だが、俺とアーリィーは徒歩で移動する。ちなみに、ベルさんは俺の肩に乗っている。


「緊張してる?」


 アーリィーが隣を歩く俺を覗き見るように頭を傾けた。金髪ヒスイ色の目の王子様は、後ろに束ねた髪に、元より女顔だから、傍から見ても少女にしか見えない。


「……制服、似合ってるか?」

「似合ってるよ、ジン」

「そうか。俺は、正直あまり似合っているとは思えないんだけどな」

「似合ってるよ、とっても!」


 アーリィーは楽しそうに笑った。そう? 照れるなー。でもね、君はもう少し王子様らしくしたほうがいいと思うよ。


「ボクも正直に言うけど、ちょっと緊張してるんだ。久しぶりに学校に登校するから」

「だろうね」


 反乱騒動やその後の暗殺未遂とかね。この可愛らしい王子様の身の回りは騒がしい。


「うん。でも君がそばにいてくれるから、安心してる」

「そいつは光栄」


 でも、あまりプレッシャーをかけないでくれ。


 林を抜けると校舎の全容が見えてくる。他の寮から登校する魔法騎士生たちの姿も見える。はてさて、こっちも緊張してきたぞ。


 平穏なる学生生活……は期待薄なんだよなぁ。王子様のご同伴という状況を見ても。



   ・   ・   ・



「えー、本日からこのクラスに転入となる、ジン・トキトモ君」


 三年一組の教室。厳しい表情とがっちりした身体つきの中年男性、担任であるラソン教官は、低い声ながら教室に響く声で言った。


「本来なら一年から、となるが、トキトモ君はすでに現職の冒険者として場数を踏み、魔術にも長けている。その能力については王室警護の近衛からも認められている。……トキトモ君」


「ジン・トキトモです、どうぞよろしく」


 俺は簡潔な挨拶に留めた。長話をするつもりはないし、学生時代、長々と話す退屈な話に飽き飽きしていた。


 ざわざわ、と生徒たちがざわめく。魔法騎士学校なんていうから、野郎ばかりかと思えばそうでもなく、割と女子の姿も見られる。髪が豪奢な生徒は貴族出なんだろうかねぇ。


 教室は、教卓のある位置から生徒が座る席の後ろまで緩やかな傾斜がかけられ、大学のそれに似ている。四人がつける長テーブルが縦に五列、横は三列。最大六十人が席に着ける計算だが、一クラスはその半分くらいだったりする。


 コホン、とラソン教官が咳払いする。


「えー、トキトモ君の席は、アーリィー殿下の隣で」


 ガタンと音がした。生徒たちのざわめきが大きくなり、視線は後ろの席に陣取るアーリィーに向く。ちなみに彼女がその位置なのは、生徒が王族を見下ろすなど言語道断と一番高い位置の席を宛がわれたためである。


 ……はい、その基準で行くと、王子様のお隣に座るというのは大事件です、ありがとうございました。


「何故、転入生が王子殿下のお隣なのですか!」


 どこかの貴族令嬢だろうか。早速、そんな声が教官に浴びせられた。ラソン教官がちら、と俺を見た。


 予想範囲内の質問。打ち合わせどおりである。俺が頷き返せば、ラソン教官はまたも咳払い。


「えー、トキトモ君は、王子殿下の警護を担当する護衛官も兼ねている。そのために席はすぐ近くにあることが望ましい。と、これは王室からのお達しである」


 暗に、私が決めたのではないぞ、と教官は臭わせる。ご苦労様です、と俺は内心、ラソン教官殿に同情した。まあ、もっとも本当に同情されるべきは、これからの俺かもしれないが。


 それに正確なことを言えば、王室は何も言っていない。現場の近衛隊がねじ込んだだけだ。


 ちなみに、アーリィーはそ知らぬ顔で、机の上のベルさんを撫でていた。猫を持ち込んだことを、誰も突っ込まないのは王子様だからかな……?



   ・   ・   ・



 一時間目の後の休憩時間。 俺はアーリィーの隣の席にいる。


「お久しぶりです、アーリィー様。ご機嫌麗しゅう――」


 綺麗な髪のご令嬢――制服を着ているので魔法騎士生なのだが、見目も麗しい美少女たちが、王子のもとへとやってくる。


「もうお体はよろしいですの?」

「先の反乱軍騒動では大変でしたね。軍内に間者が紛れ込んでいて指揮どころではなかったとか。まったくもって反乱軍というのは卑劣ですわ!」


 ある者はアーリィーを心配し、またある者はアーリィーの心労を労わった。


「みんな、ありがとう。心配をかけたね」


 アーリィーが控えめな微笑で答えると、女子生たちは熱っぽい吐息を吐き、感動したように両手を胸の前で組んだりした。


 ……なんだこの空気。 


 俺はアーリィーの隣の席にいるので、この美少女生徒たちに微妙に囲まれている状態だ。頭越しに会話が流れ行くさまは、空気を読んで立ち去りたいところだ。


「この猫、可愛いですね」


 ある生徒が机の上に横になっているベルさんに手を出した。可愛い女の子だったから、ベルさんは手を出すことなく、もふもふさせる。現金なベルさん。


「彼はベルさん。ジンの猫なんだ」


 と、アーリィー。すると猫を撫でていた少女はすぐに手を引いた。同時に微妙な空気が流れる。なんだ、もう終わりか、とベルさんが念話で呟く。


「ところで、ええーと、ジンさんと言いましたか」


 比較的近くにいた長い黒髪の女子生が、俺の名前を口にした。


「王子殿下の警護ということですが、あなたはお強いんですの?」

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