第146話、無茶な理想
アーリィーが自分も飛行機に操縦したい、と言った。
目の前で俺が乗ってみせたってこともあるんだろうけど、好奇心旺盛なお姫様なんだなって思う。
俺の前だと王子様を演じている感じがしないのは気のせいか。素の彼女は、割とロマンに生きているタイプなのかもしれない。
「学校とか王族とか絡まないと、本当に楽しそうなんだよな」
アーリィーがディーシーと一緒に、シェイプシフター整備士たちによるスピアヘッドの初飛行後のチェックを監督している。そんな光景に俺は目を細めつつ、パイロット装備の着替えのために更衣室へ移動する。
黒猫姿のベルさんがついてきた。
「ジンよ。これからのことは決めたのか?」
「これからとは?」
「アーリィー嬢ちゃんのことだよ」
「ああ、アーリィーが王様になりたいかってやつね」
聞いたよ、うん。
「彼女は王様になるより、俺と一緒にいたいってさ」
「おめでとう、スケコマシ」
「ありがとう、ベルさん」
パイロットグローブを外す。
「どうしたもんかね。王都の魔法騎士学校に通学する形で話を進めてはいるけど」
「国王は、嬢ちゃんを抹殺したい」
「酷い話だ」
これが実の娘を抹殺にすると、さらに酷さが増すというね。
「青獅子寮に仕掛けをしてた」
「もう解除はした。ディーシーがね。ひとつ残らず」
「そう。だが、それで諦めるような相手じゃないだろう。次はどう嬢ちゃんを殺そうとするかね? 毒殺? また刺客か?」
「気が滅入るね」
アーリィーが近くにいないのを気配で確認する。実の父親が殺しにきている話は、彼女には明かしていないのだ。立ち聞きで真実を知られても困る。
「嬢ちゃんには、このまま言わないつもりか?」
「言うべきか?」
「さあ」
ベルさんは首をすくめた。
「嬢ちゃんが王様になりたいって言うなら、国王の意思に反している。どうあっても対決することになるから言うべきなんだろうけど……」
「アーリィーは、王様になるつもりはない」
俺はいつものローブに袖を通す。
「辞退します、って済む話なら簡単なんだけどな」
「王位継承権を手放すってか? それで済むなら、こうはなってないだろう?」
「病気を理由に、どこか辺境に幽閉しておくとかって手もあったはずなんだがなぁ」
「よっぽど、王子が『女』だったってことを秘密にしたいってことなんだろう」
ベルさんは唸った。
「生きていれば、それがバレる可能性が僅かでもあるってことだ。国民を騙していたんだ。しかも継承権2位は、不倫の子ってさらに後ろめたい事情持ちだろう? 隠蔽したくもなるさ」
「そうなると、一番スマートな方法は、アーリィーが死ぬこと、か」
「だろうね。お前さんと駆け落ちして、国を捨てても、口封じに追ってくるだろうぜ」
「王子と駆け落ちは嫌だな-」
俺は苦笑した。
「駆け落ちするなら、お姫様がいい」
しかしそうなると、国外へ逃亡や亡命って手は難しいな。他国にアーリィーの性別が露見するかもしれないってなれば、是が非でも消そうとするだろう。
「いっそ死んだふりするって手もあるな」
王子が死んだってなれば、国王もそれ以上、刺客を送り込む必要もないわけだし。元々、証拠が残らないよう殺すつもりだったから。
「相当うまくやればな」
ベルさんは首を振った。
「だが、どこかでヘマして……いや、万が一でも生きているかもしれないって疑念をもたれたら、結局は追われることになるぜ?」
「いつ露見するかも分からないという不安を一生抱えて生きる、か」
それは辛いな。生涯、心の休まることがないかもしれない。果たしてそれは、よい人生と言えるか?
「いっそ、国王を始末したら?」
「ベルさん?」
ガチの反乱きたー。こういうのは話すのも憚れる際どい話題だ。
「国王を倒したら、アーリィーは王様だぞ。彼女はそれを望んでいない」
「別に反乱起こして王国軍と戦うってわけじゃない。……それも面白そうだけど」
物騒な魔王様である。
「向こうがやっているように、暗殺なり事故なりで王を始末する。そこで、嬢ちゃんが継承権手放して、次の……ジャルジーだかに譲ればいい。そいつが王様になれば丸く収まるだろう?」
「国王はアーリィーの父親だぞ」
「だから?」
「どんな親でも、アーリィーにとっては実の父親だ。死んだら悲しむ」
そうかな、とベルさんは言った。
「その実の父親が、自分を殺そうとしていたって本当のところを教えてやれば、気も変わるだろ」
「その前に、ショックを受けて自暴自棄になるかもな」
彼女はそこまで強くないと思う。必要とされていない自分。王子を演じさせられた上で排除されそうになった事実。これを怒りに変えられればいんだけど、絶望して自殺なんて可能性もある。
優しいからな、彼女。ブルト隊長や近衛騎士の死に涙を流して悲しんだくらいだ。自分がいなければ、と感じているから、復讐より自殺を選びそうで、俺も不安なんだ。
「理想を言うぞ」
「おう」
「アーリィーが女の子として生きられること。誰からも命を狙われないこと」
「まさしく理想だな」
ベルさんは口元を引きつらせた。
「それができれば苦労はしないぜ?」
「まさしく」
忘れそうになるが、アーリィーは王子を演じている。彼女は事実が露見する恐れを抱えながら生活を送っている。
俺やベルさんらウェントゥス勢は、アーリィーの性別を知っているから彼女も気兼ねなく接しているようだが、外ではこうはいかない。……だからか。彼女が素を俺たちの前で見せてくれるのは。
まず、国王にアーリィーの排斥をやめさせる必要がある。それも可能な限り、平和的にだ。
そして最終的には、アーリィーが継承問題から解放されて、性別を偽らず生きていけるようにすること。それが大事だ。
つまり、王子が『女』であるということを、周知の事実とする。それも、スキャンダルにならないように、だ。
「それ無理じゃね?」
ベルさんが呆れた。俺は首を横に振る。
「さあ、本当に無理かどうかは分からないんじゃないかな?」
だから、考えるのだ。
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