第141話、青獅子寮にようこそ


 校舎を出て、王族専用寮『青獅子寮』へと向かう。


 オリビアはアーリィーの護衛として、この学校にいたから道案内は不要……どころか建物の名前や位置などを俺に教えてくれた。


 短い芝の生えた中を走る石畳を進む。馬車用の道路が正門から校舎正面、生徒寮、そして王族専用寮のほうへ伸びている。


 道を歩くこと数分。林があってそこを抜けた先に、一つのお屋敷が立っていた。これが王子様専用の寮か。


 あー、お金持ちの臭いのする寮だわ。寮というより貴族の屋敷だな。


 外ではメイドさんが掃き掃除をしていた。アーリィーがまたここを使うから、ビトレー氏たち従者団がその準備をしているのだ。


 玄関の前に、ディーシーと黒猫姿のベルさんがいた。


「どうした?」


 俺が声を掛けると、ディーシーはチラリと振り返った後、視線を寮に戻した。


『主に言われた通り、青獅子寮をスキャンしたのだがな――』


 魔力念話で話しかけてくるディーシー。オリビアがいる前で切り替えたということは、あまりよろしくない報告だろう。


『建物の至るところに爆発物が仕掛けられていた』

『爆弾?』

『爆裂魔法が仕込まれた魔石だ。全部が同時に爆発すれば建物全体、余裕で吹き飛ばせるだろう』


 何てこったい。俺は薄ら寒いものを覚える。


『殺す気満々じゃないか』

『王子の寝室だけでなく、領全体というのが嫌らしいな』


 ディーシーは苦笑したようだった。


『元からの仕掛けかと思ったが、設置されてまだ新しい。つい最近仕掛けられたものようだ』


 王子を確実に葬ると同時に近くにいる者全員始末しようという魂胆が透けて見える。ガチだなぁ、これ。


『ディーシー、全部撤去できるな?』

『ああ、問題ない』


 テリトリー内の解析した物体は、ダンジョンコアの権限で自由に消去できる。いてくれてよかったダンジョンコア。


『じゃあ、アーリィーが来る前に撤去だ』


 入った途端ドカン、ということもないだろうが、いつ爆発するかわからない建物に入る気にはなれない。……それで二人は建物の前に突っ立っていたのか。


「あの、ジン殿?」


 黙って立っていたせいかオリビアが不安そうに見ていた。ディーシーが密かに作業を始めたので、俺は頷いて青獅子寮に入ることにした。


「ところで、ベルさんは何で黙ってたんだ?」

「なに、ちと野次馬がいてな」

「不審者ですか?」


 オリビアが身構えるが、ベルさんは淡々と言った。


「いや、ガキだから多分ここの生徒だろう。大方、王子様の寮に人が出入りし始めたから気になって見に来たってところだろうよ」


 中に行こうぜ、と黒猫はトコトコと歩き出した。


 広々とした玄関フロア。赤い絨毯の敷かれた床、廊下に幾つも見える魔法照明。小綺麗な室内は、どう見ても金持ちのお屋敷だ。


「さすが、王族専用寮。住み心地よさそう」

「フカフカだ」


 ベルさんが絨毯をフミフミしている。黒猫姿だと中々愛嬌がある。だがそいつは魔王だ。


 オリビアの案内で、ひと通り建物の構造を自分の目で把握。マップ自体は、ディーシーがスキャンをかければ一発なんだけど、やはり直に見ておかないとね。


 屋敷の1階にルーガナ領の領主屋敷と繋ぐポータルを設置。これで寮の中からルーガナ領と行き来できる。


 やがて、オリビアと分かれた後、俺とベルさんは、建物二階の外を見ることができるバルコニーに出た。


「ここから学校の屋根が見えるな……」


 ただ間に林が入ってるので、学校建物でも屋敷を直接見える範囲は限定される。これなら監視は難しいだろうな。特にアーリィーが使う部屋は、完全に見えない。


「覗き野郎は校舎以外からじゃないと無理ってことだな」


 ベルさんが手すりに飛び乗った。そこから青獅子寮の庭が見え、さらに厩舎の一部が視界に入った。


「馬か……」

「そういえば、アーリィーは馬を持っていたそうだ」

「王子様だもんな」

「立派な白馬だったらしい」


 王子様と言ったら白馬。ベタ過ぎると思うが、絵に描いたようによく似合っていたそうな。


「ただ、反乱軍討伐の時に戦場で逃がしたらしいけどね」

「それは最初の、か?」

「俺たちとの二度目の時は、馬連れてなかったでしょ」


 もっとも飛空船で移動したから、馬など気にしてなかったけど。


「新しい馬が来るらしい。何でも学校の授業に乗馬もあるらしいからな」

「さすが魔法騎士の学校。騎士と言ったら馬に乗れてナンボだからな」


 そこでベルさんがニヤリとした顔で俺を見た。


「我らがジンさん。乗馬の腕前は?」

「知ってるだろう? 可もなく不可もなくだ」


 この世界に来て、何度か馬に乗りましたよ、ええ。習うより慣れろ、だったから、お世辞にも上手じゃないけど。


「馬を探さないといけないんじゃないか?」

「ベルさん、馬になってくれ」

「オレ様は暴れ馬だぜ?」


 変身できるベルさんなら馬に化けるのも余裕だ。実際、ドラゴン形態のベルさんなら、俺は何度も乗っている。


「格の違いを見せつけてやってよ、ベルさん」

「それならいっそ、ドラゴンを持っているってことにしとけよ。それだけで他の生徒を圧倒できるぜ?」


 うわー、すごーい。悪目立ちしそう。俺はあくまで、アーリィーの護衛なんだぜ。学校で一番になるとか、そういうつもりはない。


「スフェラにシェイプシフターの馬を適当に用意してもらうさ」


 困った時のシェイプシフターさん。おっと、誰かバルコニーに来た。


「ジン、ベルさん」

「よう、アーリィー」


 早速、ポータルでやってきたようだ。割と表情が明るいので、ひとまず安堵。最初は学校に戻るのを嫌がっていたからね。


「どうかな、青獅子寮は?」

「いい屋敷だ。なかなか快適そうだ」


 もっとも、エアコンとか電化製品はないから、現代人の感覚からすると、この世界の基準で言えばって注意がつくけど。


「さすが王族の寮ってところだな」


 ベルさんが言った。


「王子様ひとりが住むには大げさだと思うがね」

「ボクもそう思う」


 アーリィーは苦笑した。


「でも、部屋は開いているから、こっちにもジンやベルさんの部屋として使っていいからね」

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