第142話、国王の企み


 王都の青獅子寮に部屋をもらい、早速自分用に家具を整えた。


 ディーシーは俺の隣の部屋をもらい、ベルさんはさらにその隣。俺とベルさんの部屋で挟み込む形だ。


 ちなみに、俺の部屋の左隣はアーリィーの部屋である。お隣さん! 護衛としては間違っていない気がするが、いいのかな?


 さて、近衛隊本部にオリビアが報告し、そこから国王にも王子がルーガナ領から王都へ戻ってくると報告が行ったことだろう。


 徒歩旅換算で考えれば、俺たちが学校に通い出すまで、まだまだ先になるのだろうが、こっちは準備が済んだら適当に通うことにする。学校側は、王子のスケジュールをいちいち知らないだろうし。


 そこへ漆黒の魔女、スフェラがやってきた。


「主様、ご報告です」


 王城を探っていたシェイプシフターが、ある知らせを持ってきた。



  ・  ・  ・




 エマン・ヴェリラルド王は、アーリィーの父親である。


 歳は五十二。白くなりつつある髪は、まだ大部分が茶色。口ひげを生やし、厳しい顔つき。体格は案外スマートで、腹も出ていない。その佇まいは精悍である。


 シュペア大臣から報告を受けた彼は、自室の椅子に腰掛けて、深々と溜息をついた。


「ザンドーはしくじったか」

「はぁ、そのようで……」


 すっかり白くなった頭髪のシュペア大臣は、その小柄な身体をさらに縮ませる。


「殺し屋を雇ったと聞いたが」

「おそらく返り討ちに合ったものかと」

「だろうな。あれが無事ということは、つまりそういうことだ」


 王子につけた近衛隊は優秀だったということだ。


「しかしブルトは戦死したとのこと」

「奴は実直だった」


 王はしばし悲しげな顔になる。


「同時に忠臣であった。王子を守る――最期までそれをやり遂げたのだ。惜しい男だった」

「王子に付けた近衛隊もかなり弱体化しております」


 シュペア大臣は唇を歪めた。


「隊の消耗が激しく、補充を申請しておりますが……」

「むろん、却下だ。王子の守りは手薄でよい。これ以上の人員を無駄にするな」


 エマン王は天を仰いだ。


「アーリィーもいい歳だ。早く嫁を、後継者作りを、と周囲がうるさい。これ以上、余計な口出しや勘ぐりを増やさぬためにも、できるだけ早く片をつけなくては!」

「青獅子寮に魔術爆弾を仕掛けてございます」


 大臣は、どこか躊躇いがちに言った。


「作動すれば、間違いなくお命を奪えるかと……」

「死体が確認できなければよい……」


 エマン王の表情は険しい。


「屋敷ひとつで済むならば安いものだが……」

「勤めている者は犠牲になりますな」

「ああ」


 王は小さく頷いた。


「できれば内部の者が疑われるような手は使いたくなかった。あくまで外部の手の者の仕業に見せたい」

「はい。ルーガナ領の元反乱軍の残党による復讐、という体裁で進めております」

「うむ。我が息子ジャルジーを王位につけるために、あらぬ疑いがかけられないようにせねばな」


 王は席につくと、机に肘をつき、頭を抱えた。


「わしは、少し休む。シュペアよ、下がるがよい」

「はい、陛下――」


 頭を下げ、静かに退出する大臣。王は何度目かわからない溜息を漏らした。



  ・  ・  ・


 エマン王とシュペア大臣のやりとり。それが潜入したシェイプシフターが見たアーリィー暗殺事件の黒幕たちの会話だった。


 俺は、王の興味深い発言を口にする。


「我が息子、ジャルジー?」


 ジャルジーと言えばアーリィーの従兄弟で、彼女が敵視している公爵だったはずだ。


 スフェラが首肯した。


「ジャルジーの父とされる先代ケーニゲン公爵は、エマン王の実弟でございました。すでに他界しているとのこと」

「……ジャルジーの父親はケーニゲン公ではなく、エマン王?」

「国王の言っていることが本当なら、そうなるんだろうよ」


 ベルさんは、さして驚いた様子もなく言った。


「不倫でもしてたのかね。あれだ、弟の奥さんに手を出して、つい子供作っちゃったってやつ」

「それはそれでスキャンダルな話だな」


 俺は椅子に腰掛け、背もたれに身を預ける。


「つまるところ、エマン王はアーリィーではなく、ジャルジーを王位につけたいわけだ」

「アーリィー嬢ちゃんは女だから、後継者ができない」


 ベルさんは机の上に座り込んだ。


「それなら自分の血が入っているジャルジーに王位を継がせる、ってな」

「それで実の子であるアーリィーを殺そうとするか? 狂ってるな」

「仕方ねえさ、ジン。王位継承権ではアーリィー嬢ちゃんが上だ。何らかのヘマや、それこそ当人が不治の病に倒れたり死ぬかしないと順位は変わらない」


 それでルーガナ領の反乱軍討伐を命じ、あわよくば戦死させたかった、か。


「王の口ぶりは、やはりアーリィーが女であることが明るみに出ることを恐れているようだな」


 王家のスキャンダル――王子は実は女の子でした、だもんな。民や貴族らに嘘をついていたことになる。


 仮に公表したとして、ジャルジーの継承権を繰り上げて王座につけたとする。だが今度は不倫の末の息子だったとか発覚したら、スキャンダルが重なり過ぎるわけで、エマン王の権威や名誉はどこまで失墜するかわかったものではない。どっちか片方だけでも相当なのに、両方はさすがに……。


「体面で殺されるのか、アーリィーは」

「王族なんて、体面で生きてるものさ」


 ベルさんが他人事のように言った。俺は頭に手を当てる。……この事態は、どう転ぶのが一番なんだろうか?

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