第137話、手順と準備


 アーリィーの王都行きは、まだ本人が知らないうちからバタついた。


 ビトレー氏を始めとする従者団は王都での生活に向けての準備を開始。ザンドーへの尋問を再開していたオリビアら近衛隊にも、王都行きを知らせた。


「隊長、と呼ぶべきかな、オリビア副隊長殿」

「暫定的には。上官が戦死してしまいましたから」


 心持ち疲労感が顔に出ているオリビア。上官の死は彼女も堪えているようだ。


「王都の近衛隊に、ブルト隊長らの殉職を報告して……後任が決まるまでは、隊長代理というところですね」


 それが副隊長というものだ。隊長を補佐し、その上官が指揮を取れなくなった場合は代わりにその任に就く。


「どうなんだろうな。やっぱり、オリビアがそのまま後任として隊長になるのかな?」

「どうでしょうか。私にはわかりません。本隊の方から上官の誰かが異動となって隊長に就任されるかもしれません」


 ……それはどうかな? 国王陛下が、アーリィーを排除したいというなら、彼女の近衛隊に優秀な指揮官を回すとは考え難い。


 いや、刺客になりそうな人材を送ってくるかもな……。


「後任がどうなるにしろ、殿下の近衛隊も今や定数の半分以下。何人か配属してもらわないといけませんが――」


 その配属された奴の中にも刺客やスパイが潜む可能性があるのか……。面倒だなぁ。


「じゃあ、王都に行ったら、オリビア隊長は近衛本隊で、現状報告と人員補充の手続きをしないといけないわけだ」

「そうなりますね」

「魔法騎士学校に護衛の生徒をねじ込むのは、そっちが片付いてからか」


 オリビアならやってくれそうだが、もし新隊長がやってきたら、その必要性は認められないとか協力してくれないどころか、邪魔をしてくるかもしれない。


 そもそも、ここにいるオリビアら近衛騎士以外は、俺のことをまったく知らないから、今のようにアーリィーの側にいるのをよしとせず遠ざけようとするだろうな。


「じゃあ、さっそくで悪いがオリビア隊長。明日にでもポータルで王都に行き、近衛本隊で報告と必要な手続きとやらをを済ませてくれ」

「よろしいのですか?」

「どの道、王子殿下が魔法騎士学校に戻るなら、近衛本隊に報告なしというわけにもいかんでしょう」


 ブルト隊長の死、犠牲になった近衛騎士たちの家族らにも伝えないとな。


「それと、ザンドーへの尋問は、もう適当でいいから」

「……殿下暗殺の背後関係を調べなくてもよいのですか?」


 オリビアは眉を潜めた。ザンドーの後ろに黒幕がいるかも、と近衛に言い含めたのは俺たちだけど、もうベルさんがその辺りの情報を引き出したからね。


 でも、オリビアたちに言えるわけがないんだよなぁ。アーリィーのお父上である国王陛下が黒幕なんてさ。


 王家に忠誠を誓っている近衛騎士だ。その忠誠はアーリィー個人か、それともエマン国王にあるか、個々で非常に怪しいところはある。もし、オリビアが個人的に国王陛下の方を重視していたら、その時点で詰みだ。


「ぶっちゃけ、王都に戻るってんで、忙しくなったからザンドーに構っている暇がなくなったということもある」


 それに――と俺は声を落とす。


「ザンドーのように、王都軍の中にも裏でアーリィー暗殺を企てている仲間がいるかもしれない。近衛本隊の中はわからんが、とにかく誰が敵かわからない」

「報告すれば、次の刺客が送られてくるかもしれない、と」


 正直、ザンドーが生きていることも、奴が暗殺を行おうとしたことも、報告していいかどうか決めかねている。


 少なくとも、ザンドーが生きていると分かれば、身柄の引き渡しを要求されるだろうな。その後は口封じに……。表向きは暗殺未遂で死刑だろうが、裏でどうなるかは分からない。


 どうしたものか。


 黒幕が国王だってのはわかったが、排除しようという理由については、ある程度想像はできるが確実ではない。


 仮にわかったとしても、国王と直接戦うとか、逆に排除に動けば、完全に王国は混乱状態に陥るだろう。


 北方の隣国に手を伸ばしているディグラートル大帝国にとっても、付け入る隙を与える格好になるだろう。


 できればそれは避けたい。何せ大帝国に反抗する反乱軍の準備が整っていない。大帝国の本格介入は回避したいところだ。



  ・  ・  ・



 ウェントゥス秘密基地に戻った俺は、修繕中のカプリコーン軍港の状態を確認した。


 ディアマンテによれば、施設の再生は行われているが復旧には、まだしばらく時間が掛かるとのことだった。


 なにぶん、あるものの99.9パーセントが再生処置が必要なスクラップ状態。ある程度の施設回復が進まないことには、劇的な復活は見込めないのだそうだ。


 だがディアマンテ曰く、ある程度復旧すれば、そこから回復速度は飛躍的に向上するのだそうだ。


 巨大施設そのものの再生には、莫大な魔力を必要とするが、それは地下世界樹から供給できるので問題はないそうだった。


 いや、ほんと。魔力を無限に供給できる世界樹がなかったら、施設の再生に何年掛かるんだよって話だった。不幸中の幸いである。


 艦艇の復活と軍港復旧はしばらく先だが、ウェントゥス秘密基地でできること――つまり航空機や戦闘車両、魔人機の開発などは問題なく進めることができた。


「それもこれも世界樹の魔力のおかげ!」


 飛空船ウェントゥス号を作る際に、死ぬぞと脅されたほど魔力を使ったが、今は世界樹から魔力を引っ張ってこれるから、ポンポン作ることができるのだ!


 魔力ジェットの戦闘機や戦車なども設計図を引いて、開発を進めている段階だ。テラ・フィデリティアの機械技術を取り入れることができるから、玩具のようなものではなく、本格的な兵器として完成する見込みである。


 そんな中で、一番開発が進んでいたのは、魔人機部門だったりする。


「大帝国からの鹵獲ろかく品がまた増えたな」


 ベルさんが、それを見上げる。


 先日、ルーガナ領の領空侵犯をし、撃墜された大帝国クルーザーが搭載していたドゥエルタイプ2機、カリッグ4機を俺たちは手に入れた。それまでに入手した分も含めれば12機の魔人機があり、1個魔人機中隊規模となる。


「とはいっても、ドゥエルタイプのパイロットがいないけどね」


 俺とベルさん以外はな。カリッグやドリトールのほうはシェイプシフター兵で務まるが、ドゥエルは魔法が使えるレベルの者でないと動かせない。


「それもひとつの問題だが、もっとも懸念されていた問題が、今回の鹵獲で解決しそうだ」


 ディーシーが意味深な笑みを浮かべた。


 もっとも懸念されていた問題? それって――


「魔法障壁のせいで攻撃が無効化される問題か?」

「その通りだ、主」


 ダンジョンコアの少女は艶やかに笑う。


「今回手に入れたドゥエルが装備していた剣だが、特殊な金属で作られているのがわかった。そしてこの金属は、例の魔法障壁を貫通する力があるのだ」

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