第136話、魔法騎士学校の生徒


 アーリィーを暗殺しようとしたのは、彼女の父親であるエマン・ヴェリラルド国王だった。


 この王国のトップが、後継者であるはずの王子を暗殺しようというのは、陰謀の臭いしかしない。


「てっきり、ジャルジーとかいう従兄弟の公爵が、継承権上位のアーリィーを排除しようとしたのかと思ったんだがな」

「そのジャル公も命を狙っていたんじゃね?」


 ベルさんは言った。


「嬢ちゃんは、そいつをかなり敵視していただろう?」

「反乱軍陣地で会ったとも言っていたな」


 俺は、ザンドー宛ての手紙をベルさんに見せた。


「アーリィーは、魔法騎士学校の生徒なんだそうだ。それで後期の授業にも出席しろと王都に呼ばれた」

「……ふうん。ザンドーが失敗したことを王様が知れば、王都への道中に刺客を潜ませることもするんじゃねえか?」


 ポータルでルーガナ領と王都は繋がっているが、それを知らなければ、徒歩で街道を利用すると考える。その道中に待ち伏せして襲ったほうが、まだ目撃者の数も少ない。……当然、その目撃者は全員口封じされる可能性大だけど。


「まあ、街道ルートなんて使わないけどね」


 ポータルで王都に行くことができるし、何なら飛空船で空の旅もできる。


「正直、王都の生活がどうなるか分からないからな。適当な場所にポータル置いて行き来できるようにしたほうがいいかもしれない。下手に王城に戻ると、それこそ命を狙われるかもしれない」

「ポータル移動は賛成だが、城で仕掛けてくるか? これまではなかったんだろ?」

「これからもないって保証はないさ。殺そうとして失敗が続いているんだ。多少騒ぎになろうとも、強硬してこないとも限らない」

「王都に行かないって手もあるんじゃね?」


 ベルさんは首を捻った。


「罠があると分かって、飛び込むってことだぜ?」

「国王だぞ。無視したら、反逆がどうのって大げさに騒ぎ立てて、ルーガナ領討伐ってことになるかもしれないぞ?」


 ぶっちゃけ、何もしていなくても適当に難癖をつけて反逆者に仕立て上げるってこともできる。もちろん、周囲を納得させるだけの理由があるに越したことはないが。突っぱねたら、むしろ堂々と攻め込む口実に利用されるかもしれない。


「政治って怖ぇ」

「権力者ってのはそういうことができるんだよ」


 さて、王都に行くに辺り、ビトレー氏に相談するとしよう。魔法騎士学校とやらのこととか、王都での生活についてとかさ。



  ・  ・  ・



 俺とベルさんは、ビトレー氏を訪ね、彼の部屋で今後の相談をした。


 アーリィーは王都のアクティス魔法騎士学校の生徒ということだが、ビトレー氏曰く、学校敷地内に王族利用の専用寮があるそうで、王都の滞在中はそこを利用するのだと言う。


 いいね、専用寮なら、ポータルとか仕込むことができそうだ。ポータルがあれば、ルーガナ領だけでなく、カプリコーン軍港とかウェントゥス秘密基地も気軽に戻れる。


 警備についても、王子専属の近衛隊で充分だろうし。


「後は、アーリィー様のご気分次第ですね」


 ビトレー氏は心持ち表情を曇らせた。


「元より性別のことがございまして、ご学友との付き合いをあまりされてこなかったご様子。暗殺などということが起きたばかりでございましたから、周囲への不信感をこじらせなければよいのですが……」

「授業の間も近衛は警備しているのでしょう?」

「はい。しかし、教室ではお側にいるわけではございませんので……」

「一人だと不安か」


 クラスメイトが刺客だったりしたら……。うん、不安しかないな。アーリィーと同じくらいの歳といったら、普通に戦える者も少なくないだろう。何せ魔法騎士養成の学校なのだろう。武器も魔法もある程度使えるはずだ。


「まあ、白昼堂々、王子様を狙うようなガキはいないと思うけどな」


 ベルさんは言った。


「そんなことしたら、刺客どころかその家族もろとも死刑だ」

「身分の低い奴が脅されたり、報酬目当てに刺客になるってことも考えられるぜ?」


 俺が指摘すれば、ビトレー氏の顔がますます曇った。


「やはり不安ですね。このまま王都に戻るのは」

「しかし、国王命令である以上、戻らないわけにはいかないでしょう?」


 その国王が、アーリィーの命を狙っていた黒幕なんだけどね。


「アーリィーには、防御用の魔法具一式を渡しているから、簡単にはやられないようにはなっているんだけど……側にいないと何か起きた時に対応できないからな」

「だったら、お前、その学校の生徒になっちまえば?」


 ベルさんが冗談めかした。


「生徒なら、嬢ちゃんの側にいても問題ないだろう?」

「名案です」


 ビトレー氏が乗った。


「ジン様がいてくださるなら、これほど心強いことはございません」

「おいおい、冗談だろう?」


 俺が、魔法騎士学校の生徒? 俺にまた学校へ通えと?


「30のおっさんだぞ」

「姿くらい変えろよ」


 ベルさんはニヤニヤして言った。そりゃあんたは猫になりゃいいだろうけどさ。


「ビトレー。王子の権限とかで、ひとり生徒を護衛でねじ込めないか? 暗殺未遂を臭わせれば、表向きは生徒、実質護衛で嬢ちゃんにつけられるだろ」

「なるほど。しかし、ベル様。近衛隊のほうからお声掛けした方が上手く行くのではないかと……」

「……ふん、オリビアが隊長ってことになるのか? まあ、オレらの手に乗ってくれるなら適任かもな。圧が強い」


 生真面目な性格だからなオリビアは。王子の護衛として必要とあれば、近衛のできる範囲で学校に圧力を掛けるのも平然とやりそうだ。


 ということで、何か俺がアーリィーの護衛として魔法騎士学校に生徒として潜り込む方向になった。


 アーリィーが戻る前に学校側への手続きや、王族専用寮を状態確認とかやっておかないといけないことは多い。アーリィーにも話さないといけないしな。


 それはそれとして――


「ビトレーさん。アーリィーが何故、王子を演じているのか理由は知っていますか?」


 お姫様が王子を演じている理由。おそらく暗殺の動機にも繋がっていると思うんだけど。


「いいえ。私は存じておりません」

「それは知っていても言えないってやつですか?」

「いえ、本当に知らないのです。私が殿下にお仕えしたのは殿下が3歳の頃でした。殿下はお生まれになられた時から王子でございましたから、実は女子だったとは聞かされた時は驚いたのを覚えております」

「でしょうね。理由は聞かなかったのですか?」

「はい。子細については詮索するなと徹底されましたから。もし破れば『死』と念を押されました」


 性別は教えても、どうしてそうなったかまでは教えなかった、か。秘密を守るっていうなら、知らせる情報は少ないほうがいいわな。

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