第135話、暗殺の黒幕
「それで、もう一枚、手紙がきておりまして」
ビトレー氏が新たな便箋を出した。アーリィーを王都の魔法騎士学校に戻せ、という手紙以外に別の手紙か。
受け取った俺は眉をひそめる。
「ザンドー宛て、ですか」
「王都軍発行となっておりますが、差出人の記述がございません」
「この
「はい」
俺は本人不在にも関わらず、封を剥がして中身を調べる。アーリィー暗殺を図った反逆者宛ての手紙だ、遠慮しない。
「どうですか?」
俺が開けるまで未開封だったから、ビトレー氏も中身は知らない。ざっと目を通したところによると。
「アーリィーが王都に戻る。内容はそれだけですね。業務連絡みたいな……」
しかし何だろう。紙の大きさの割に、半分以上が空白だった。如何にも何かありますよってスペースだ。
魔力を通して見てみるが、何か魔法文字が隠されている様子はなし。あぶりだしかな? 熱で文字が現れるアレとか? いや、違うな。
調べてみたが完全に空白だ。紙がそれしかなかった、とは考え難い。この無駄スペースも何か意味があるのか?
暗号? 空白……書かれなかった何か。それとも何か書かれているのか? あるいは、書く必要がなかった……?
たとえば、命令の変更があれば連絡するが、その必要がないことは、わざわざ書くだろうか?
仮に王子暗殺を企む者からの手紙だとしたら、誰かが中身を確認してしまう恐れがある手紙に、そんな重要案件を書くだろうか?
俺だったら、情報漏れを恐れて書けない。わざわざ王子暗殺を命じて送り出したのに、念を押して、自ら露見のリスクを高めるなど愚か者のすることだ。
そう仮定するなら、この手紙は、王子は近いうちに王都の学校に戻ることを知らせた上で、空白は暗殺はその前に完了させろ、という暗号的意味合いではあるまいか?
もっとも、もはやザンドーの身柄を押さえた以上、暗殺指令だったとしても意味はないわけだが。本人に聞いたら喋ってくれるかな、これ。
「差出人が分かれば、調べる手掛かりになるんだがなぁ」
そう簡単に尻尾は出さない。やっていることがアレだから、そりゃ用心深くて当然だ。
「ありがとうございます、ビトレーさん」
「いえ。これくらいしかできませんで――」
アーリィーを起こさないように、俺たちはそっと部屋を出た。交代時間を過ぎたのか、警備に立つ近衛騎士が変わっていた。
後を任せると、俺はザンドーが収監されている地下へと足を向けた。
……さてさて、あの野郎はまだ無事だろうか? 近衛騎士らの私刑で死にそうになっているのではなかろうか。
それにしても、静かだな。派手にぶん殴ったり、尋問の怒鳴り声とか悲鳴とかも聞こえない。
「……おやまあ」
現場に着いたら、近衛騎士らが倒れ込んでいた。ザンドーは両手を上に鎖で吊されており、そのむき出しの上半身には鞭やら棒やらでやられた傷や跡があった。本人は意識を失っているのかぐったりしている。……まさか死んでるんじゃないだろうね?
「よう」
唯一、起きていたベルさんが、俺に手を振った。俺は寝込んでいる近衛騎士を避ける。
「これをやったの、ベルさんかい?」
「まあな。あんまりにも焦れったいんで、近衛たちにはお寝んねしてもらって、オレ様が直接ザンドーの記憶を引き出した。……嬢ちゃんのこともあるしな」
アーリィーの性別のことね。ザンドーが、王子の性別のことを知らされていた場合、尋問の中、それを近衛たちにバラしてしまう可能性もあった。
「それで、何がわかったんだい?」
「尋問の様子を順序立てて説明したほうがいいか? それとも、結論から?」
「じゃあ、結論から」
俺は粗末な丸椅子に座った。
「誰が、暗殺指示を?」
「エマン・ヴェリラルド。国王様だ。つまり、嬢ちゃんの父親さ」
「……マジかよ」
俺は思わず天を仰いだ。
「いや、王族だって思った時に、まさかとは思っていた」
正直、実の父親が娘を殺そうとするなんて考えたくはなかったけど。だが同時に腑に落ちる。
女に生まれたアーリィーを王子に据えているのも不可解ではあるものの、その生き方を強制した国王。
しかし女であるアーリィーは、妻を取っても子供が作れない。つまり将来、後継者ができないことになり、それは王族としては大変よろしくない状況となる。
国王はそれを分かっている。理由は知らないが、娘を息子としたのは彼だから。
後継問題をどうするんだろうって思っていたら、自分の子であるアーリィーを殺そうとしたとか、呆れ果てる。
「ザンドーは直接、王から命じられたのか?」
「国王とシュペアとかいう大臣のいる場で、直接命令を受けたってよ。王子は女で、本物の王子ではない。だから人目のつかない場所で暗殺しろってな」
「……弱小兵力で戦地に送り返したのも、そのどさくさに暗殺するためか?」
「ああ、ルーガナ領の反乱軍討伐の段階でな。本当は道中に盗賊の襲撃に見せかけて処分するつもりだったらしい」
だが、俺たちがウェントゥス号で、ザンドーらと合流せずにルーガナ領へ飛んでいったからな……。そこで仕留めることはできなかった、か。
道理で、無茶な討伐命令を出されたわけだ。
「しかし、何だって今さら」
女の子に王子を演じさせたら、大人になって困るのは分かっていたことだろうに。
「そもそも、王子にしなければ済んだ話だ」
「さあな」
ベルさんは首を横に振った。
「ザンドーはその辺りの事情は知らなかった。ブルトに聞いておけばよかったな。何で嬢ちゃんが王子をやってるのか」
アーリィーが生まれた時に、何かあったんだろうけどな。お姫様ではなく、王子様でならなかった理由が。いずれ分かる嘘である。それでも彼女を王子様にしなくてはいけなかった理由があったのだろう。
「……ビトレーさんは知っているかな?」
「聞いてみればどうだ?」
執事長として、アーリィーのそばに長年仕えていた人間と聞く。ブルト隊長同様、性別の件を知っている数少ない人物である。
「理由は何にせよ、王様がアーリィー暗殺を命じたなら――」
「ああ、これからも機を見て、刺客を送り込んでくるだろうな」
ベルさんは面倒臭そうな顔になった。
「どうする、ジン。これ以上、あの嬢ちゃんに肩入れすると、国を相手にすることになりかねないぜ」
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