第134話、悲しみのアーリィー
領主屋敷にある、アーリィーの部屋を訪ねた。
警備に立つ近衛騎士は言った。
「ジン様、いま殿下は、誰にも会いたくないそうで――」
「面会謝絶か。無理もないが」
俺は扉をノックする。
「アーリィー、俺だ。話はできそうか?」
沈黙。返事がないと何とも虚しい気分になる。警備の近衛騎士も『でしょ?』と言いたげな顔になった。
『いいよ、ジン』
唐突に声がした。アーリィーの了承があったので、俺は近衛に小さく頷いた後、扉を開けた。
王子様はベッドの上に座っていた。涙を拭ったらしいが、泣きはらした顔が痛々しい。俺は扉を閉めて、彼女のもとへ近づいた。
「大丈夫か?」
「……うん」
アーリィーは俯いた。
「それで、話って?」
「辛いなら、後でもいいが?」
「ここまで来てそれはないよ」
「だな。……逃げた大帝国の魔術師は自爆した。フメリアを攻撃しようとした連中はもういない」
「……そう。よかった」
小さく呟くようなアーリィー。その手は小刻みに震えていた。
「危機は去った。もう大丈夫だよ、アーリィー」
俺はベッドの傍らに膝をついて、彼女を見上げる。しかしアーリィーの表情は晴れない。
「ボクのせいだ」
「アーリィー」
「……ボクが狙われなければ、隊長も死ななくて済んだ!」
溢れてくる涙。さっと自分で拭うも、すぐに溜まってきて。
「ブルト隊長と騎士たちは、仕事を果たしただけだ」
俺は、アーリィーの手を取った。
「近衛は君を守るために存在している。命を落とすのは、君を狙った悪党のせいだ。決して、君のせいじゃない」
「ジン……」
「生きていれば、人の恨みを買うこともある。まして王族とか、偉い人ってのはとかく不満や恨みの対象になりやすい。だけど、君に関して言えば、命を狙われるような悪いことはしていない」
俺はじっと、アーリィーの翡翠色の瞳を見つめた。
「いいね? 君は何も悪くない」
「でも……っ」
何度も涙を拭いながらアーリィーは言った。
「命を狙われるということは、ボクに何か……問題が」
「狙われる心当たりがあるのか? ……ないだろ?」
強いて言えば、君が『女』だからかもしれない。俺は思う。王子を演じさせられているお姫様だから。事実を知る者の中で、それを好ましく思っていない奴が彼女を密かに消そうとしている、とか。
「気に病むな、と言っても無理なのはわかってる。だから……思いっきり泣いていいよ。おいで」
俺は軽く手招きし、アーリィーを引き寄せると優しく抱きしめた。子供を抱きとめる親のように。
「我慢しなくていいんだ。大丈夫。これからは俺が守るよ」
「うう……」
アーリィーが俺の胸で泣いた。王子様を演じている女の子が、その振る舞いも忘れて、ただただ泣いた。
これまでずっと彼女を守ってきた忠実な騎士の死。命を狙われたショック。性別バレを恐れ、つきまとっていた不安。将来のことなど、すべてがない混ぜになって、それが悲しくて辛くて、アーリィーは泣いた。
・ ・ ・
アーリィーを慰めていたら夜になった。扉がノックされたので、俺が返事すると、執事長のビトレー氏だった。
「……殿下は?」
「泣きつかれて、寝てしまいました」
「そうですか。申し訳ございません、ジン様。色々面倒を掛けてしまい……」
「仕方ありませんよ――」
俺は外の警備の騎士や他に聞かれないように、遮音魔法を張る。
「アーリィーは性別のことを抱えて生きてきましたから。それを知る数少ない人間で、しかも頼りにしてきた人が亡くなった」
「はい……」
ビトレー氏も、そのアーリィーが実は『お姫様』であることを知る数少ない人間のひとりである。
穏やかな寝息をたてる眠れるアーリィーを優しく見下ろす。
「近衛の様子はどうです?」
「まだ動揺しているご様子」
ビトレー氏は目を伏せた。
「ザンドー隊長への尋問も苛烈なものになっているようです」
「……アーリィーには見せられないでしょうね」
「ええ、まあ。気持ちのよいものではありませんな」
それだけ憎悪を買ってしまったわけだからな、ザンドーは。近衛隊にとっても、ブルト隊長を失った影響は大きい。
「ジン様、ひとつご相談、というかご報告がございます」
ビトレー氏は懐から手紙を出した。
「昼間、王都から手紙がございまして。アーリィー様宛てと、私め宛てで」
「拝見しても?」
「我々が預かったものでしたら」
執事長宛ての手紙の内容を確認する。これは――
「魔法騎士学校?」
「はい、アーリィー殿下は王都のアクティス魔法騎士学校にご在籍になられておりまして」
そういえば、そんなこと言っていたな。
「――それで後期に入ったのですが、殿下はルーガナ領にいますから」
「まあ、学校どころではないですね。領主なんだから」
「左様で。なのですが、中途で退学、あるいは卒業できない、は王族の名誉を汚すことになるので、殿下には学校へ戻るようにと、王宮からのご指示です。国王陛下からのお言葉があったようで……」
「王族としては、確かに格好がつかないでしょうね、それは」
王族や貴族ってのは体面にうるさいからな。領主だから行けない、ではなく、そこは代理を立ててでも来い、と言われるやつ。
「王様からの命令とあれば、行くしかないんじゃないですか?」
「はい。ですが、殿下の安全を考えますと……」
申し上げ難そうなビトレー氏。……ブルト隊長亡き後だ。まあ、そうなるよな。
「わかりました。アーリィーの反応にも寄りますが、付き添いましょう」
守るって、彼女にも言ったしな。
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