第133話、ラールナッハの最期


 人間、あっけなく命を落とすものである。


 クルーザーの減速なしの落下は、クルーの大半の命を奪った。生存者も、こちらが送り込んだシェイプシフター兵によって無力化されていった。


 無傷の者はほとんどいなかった上に、状況を確認する間もなく、シェイプシフター兵がやってきたせいだ。


 俺たちは艦橋に上がった。そこで艦長だろう死体を発見した。どうやら頭を強く打ったようだ。


 他のブリッジクルーたちも全滅している。


「ラールナッハはここではないか……」


 あの魔術師はどこだ? ベルさんと顔を見合わせた時、ディーシーが目を見開いた。


「主、甲板に突然、反応が出た。シェイプシフター兵が倒された」

『マスター』


 今度はシェイプシフターの杖ことスフェラが報告した。


『後部甲板に敵魔術師、発見の報告が――』

「ラールナッハか?」

「野郎、やっぱ生きてやがったか」


 ベルさんが艦橋の側面扉から外へと飛び出した。俺も後に続き、クルーザーの後部へと視線を向ければ、シェイプシフター兵の魔法銃が電撃弾を放つのが見えた。


 お返しとばかりに同じくライトニングの魔法で応戦する魔術師の姿があった。間違いない、ラールナッハだ。


 あの墜落でもしぶとく生き残ったようだ。


 ベルさんが甲板へ飛んだので、俺も飛び降りる。


 ラールナッハはクルーザーの後部へ向かっているようだった。


「……魔人機を奪う気か!」


 させるかよっ、と! 短距離転移。シェイプシフター兵を飛び越え、一気に魔人機ドゥエルに向かおうとするラールナッハの前に瞬間移動!


「っ!?」

「行かせないっ!」


 サンダーソード、抜剣。紫の電撃をまとった剣が迫り、ラールナッハは後ろへ跳んだ。


「ジン・トキトモ……! 貴様、転移の魔法だと!?」

「ここから先は通さないよ」


 シェイプシフター兵たちが魔術師の周りに駆けつけ、魔法銃を構える。さらにベルさんまで到着し、ラールナッハは包囲された。


「さて、どうする、大帝国の魔術師?」


 降伏をお勧めするよ。短詠唱はともかく、魔法を使おうとしたら、その場でシェイプシフター兵たちが射殺するだろうが。


「冥土の土産に聞かせてくれるか、ジン・トキトモ」


 ラールナッハは言った。


「船が突然墜落したのは、貴様たちの仕業か?」

「だとしたら?」

「フン。まあ、この状況からすれば、それ以外は考えられないか。大したものだよ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「本心だよ。ワイバーン・ネスト、魔人機の攻撃、そして今回の襲撃……ここまでやって全て阻んでみせたのだからな。これは相手が悪かったと認めるしかあるまい」

「自分のせいじゃないってか?」


 ベルさんが、ラールナッハの背中に言葉を投げつけた。


「事実であろう? ジン・トキトモ、貴様がいなければ、ルーガナ領での作戦は全て上手くいっていた」


 大帝国の魔術師は手を広げた。丸腰アピールかい?


「知っているか、ジン・トキトモ。私は他国に潜入して工作する特殊部隊の人間だ」

「だろうね」


 大帝国は正式にヴェリラルド王国と戦端を開いていない。ここでの活動は、すべて諜報機関、要するにスパイの領分だ。


「そして特殊工作員と言うのは――」

「撃て!」


 俺が発した命令にシェイプシフター兵たちは一斉に魔法銃を撃った。


「捕虜になら――」

「魔法障壁!」

「な……い」


 俺がラールナッハを魔法障壁で包んだ瞬間、彼はエクスプロージョン――爆裂魔法で自爆した。辺り一面を吹き飛ばすだろう爆発はしかし、俺の張った魔法の壁に押さえ込まれ、周囲への被害はなかった。


「だよな。……諜報員は敵に捕まる前に自決するもんだ」


 俺は頭を掻いた。


 戦争状態ではない国でもスパイ活動は重罪として扱われる。組織や情報を洗いざらい白状させられた後、殺される可能性が高い。捕まるくらいなら死を選ぶ――この世界じゃ、尋問とは拷問であり、十中八九助からない。


「ラールナッハは果てた」


 ベルさんが、魔術師の自爆跡を見下ろした。


「これで、ひとまず終わりか?」

「今回の大帝国の介入はな」


 この国に、どれくらい敵のスパイが入り込んでいるか分からない。ラールナッハがどの程度の地位にいたかは知らないが、これで方針の変更がされるのか、また新たな刺客を送り込んでくるのか。


「連中の動きに気をつけるしかないな。こちらは対大帝国用の軍備を整えるのを進めて……ああそうそう、ザンドーを尋問しないといけなかった」


 アーリィー暗殺を企んだ者たち。ラールナッハは便乗だったようだが、それとは別に王子暗殺を企んだ者たちがこの国にいる。


 ザンドーは捕らえたが、彼の背後にいる者は次の手を打ってくるかもしれない。守ってやらないとな、あの男装のお姫様を。



  ・  ・  ・



 俺たちがフメリアの町の領主屋敷に戻ると、完全なお通夜ムードだった。


 ブルト近衛隊長の死亡は、アーリィーを打ちのめした。信頼していた人間の死は辛い。彼女にとって、ここ最近の騒動の間、ずっとそばで守ってくれていた人物だ。その喪失感はとても大きいだろう。


 スキンヘッドの近衛騎士クリント君の話によると、隊長と戦死した騎士たちは明日、埋葬されると言う。


 彼が苦い顔をしているので、聞いてみれば、オリビア副隊長らはザンドーを尋問しているらしい。


「勢い余って、殺してしまわないといいのですが……」

「……そうだな」


 同僚や尊敬する上官の死に、近衛騎士たちが激怒しているのは容易に想像がつく。


 尋問と言ったが、たぶん下に行ったら、ザンドーは血塗れになっているんじゃないかな?


「ベルさん、ちょっと見てきてくれよ」

「お前さんは?」

「アーリィーの様子を見てくる」


 とても心配だった。

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