第132話、Ⅰ型クルーザー『フォリーシュ』


 ディグラートル大帝国空軍所属のクルーザー『フォリーシュ』は、西方方面軍に配備されていたⅠ型である。


 全長150メートル、14センチ連装砲を4基8門搭載するこの艦艇は、シェーヴィル王国攻略に従事していた。


 しかし、大帝国魔法軍特殊群からの要請を受けて、ヴェリラルド王国領空に侵入。特殊部隊の魔術師ラールナッハを回収した。


「……要人を誘拐して連れてくると聞いていたのですが?」


 艦長のペイリャ少佐は、苦虫を噛んだような渋い顔をする。


 特殊部隊がヴェリラルド王国の要人を拉致するので、それをシェーヴィル王国に置かれた西方方面軍まで運ぶという任務を受けてきた


 わざわざ命令を受けてやってくれば、待っていたのは特殊群の魔術師一人のみ。これでは特殊部隊員を迎えに行っただけではないか、とペイリャ少佐は不満だったのだ。


「そう言ってくれるな、艦長。大物ゆえ、警護もまた優れていた。それだけのことだ」


 ラールナッハ中佐はさらりと言ってのけた。


 要するに失敗したのだろう――ペイリャは心の中で呟いた。口に出さなかったのは、階級上、相手の方が上だったからだ。


 最近、改定された大帝国の階級では、兵たちの上に下士官、士官、佐官、そして将軍となっている。


 訓練兵である四等兵が最下級となり、三等兵、二等兵、一等兵と偉くなり、下士官は、伍長、軍曹、曹長。士官は少尉、中尉、大尉となっている。


 そしてペイリャやラールナッハは士官の上の佐官に位置する。下から順に少佐、中佐、大佐となり、これより上は将軍――少将、中将、大将だ。


 ペイリャは少佐で、ラールナッハはひとつ上の中佐である。もっとも、所属する軍が違うため、一応、階級に従うもののあまり敬意は払っていない。


 ペイリャは空軍少佐であり、ラールナッハは魔法軍中佐だった。同じ国の軍隊といえど、軍が違えば仲が悪いというのはよくある話である。


 陸軍と海軍の仲が悪いというのはある種の伝統だが、新興の空軍や、エリート意識の高い魔法軍など、気に入らないと互いに敵対視さえしていた。


「成果はなし、でありますかな? ずいぶんと高価な渡し船ですな」


 皮肉るペイリャ。ラールナッハは口元に笑みを浮かべた。


「このまま引き下がればな。どうだね、艦長。せっかくヴェリラルド王国にまで来たのだ。憂さ晴らしに町をひとつ焼き払っては?」

「よろしいのですかな? 我が大帝国は、ヴェリラルド王国と正式に交戦状態にありませんが」

「人様の国の領空を侵犯しておいてよく言う……」


 ――それはお前たちが呼んだからだろうが!


 ペイリャは眉間に皺を寄せた。命令がなければ、こんなド辺境になどこなかった。


「ならばこう言おう。我ら魔法軍の尻拭いをしてくれ。責任は、魔法軍が取る」

「そういうことならば、中佐」


 渋々ながらペイリャは頷いた。階級の上では、ラールナッハのほうが上である。直接の上官ではないが、責任を持つというのならば譲歩もしよう。


「それで、わざわざ正規の交戦国ではない国の町を砲撃するとは、いったい誘拐しようとしていた要人とは何者ですかな?」

「この国の王子だよ」


 さらりとラールナッハは言い放った。これにはペイリャも驚く。


「……王子? まさか」

「そして敵は、我々が大帝国だと知っている。どうだね、町を焼き払う理由がわかっただろう?」


 ――完全にお前ら魔法軍の失態じゃないか。


 ペイリャ少佐は口元を引きつらせた。



  ・  ・  ・



 短距離転移で、大帝国のクルーザーの甲板に俺は移動した。


 吹き荒ぶ風が唸りを立てる。艦橋の後ろ、煙突から後部構造物が見える場所にいる。メタリックな艦体。鉄の臭いも風に紛れている。

 見張りの後ろ、遮蔽に身を隠してDCロッドを展開。さっそくクルーザーの構造をスキャンする。


 大帝国クルーザーの詳細データをゲットだぜ。


 ということで、魔力さえあれば、このクルーザーをコピーすることもできるってわけだ。


「ディーシー?」

『完了した、主』

「おお、早い早い。んじゃ、この艦の浮遊石を取り外してくれ」

『了解。異空間収納に放り込んでおく。……今!』

「脱出だ!」


 転移でクルーザーから離れる。そのままいたら、墜落するクルーザーと心中するかもしれないからね!


『おかえり』


 ドラゴン形態のベルさんの背中に転移する。もちろんDCロッドは俺の手に握られている。


「どうだい?」

『ああ、落下し始めたな』


 大帝国クルーザーが、見る見る高度を落としていく。艦側面のレシプロエンジンの推力で前に進んでいるはいるが、それ以上に大地に引っ張られるのが早い。


 あぁ、こりゃやばい。艦首が前のめりになりつつ、地面衝突まで、3、2――ドォンと大地に激突。急角度ではなかったので、艦首が潰れて爆発、ということはなかったが、艦底部全体が地面にぶつかり、一瞬、艦体が浮いたように見えた。

 派手な土煙が上がり、平原に衝突音が木霊した。


「……あっという間に落ちたな」


 あれじゃ艦長らも対応できる間がなかっただろうな。『何が起きた?』という確認から精々落下しているくらいしかわからず、墜落を防ごうと上昇指示を出そうとした辺りでタッチダウンじゃないかな? 『衝撃に備えろ』を出す暇があったかどうか……。


『あの衝撃だ。中の奴らも無事では済むまいよ』


 ベルさんが墜落したクルーザーへと飛翔した。落下の衝撃で、乗員の多くが壁や天井、床に叩きつけられる。

 鈍器でぶん殴られた以上の打撃。対衝撃姿勢が取れて、運がよくなければ瀕死ないし即死だろうな。


『まあ、運のいい奴はまだ生きてるだろうが』


 クルーザーの甲板に着陸するベルさん。俺はDCロッドを放す。すると杖はディーシーの姿となった。


「テリトリー化を開始。生き残りを確認しろ。……スフェラ」


 シェイプシフター杖から、次々にシェイプシフター兵が生成され、大破したクルーザー内へ侵入を開始する。


 俺は後部甲板を見やる。見張り台にいたはずの兵の姿はない。落下時に落ちたかもしれんね。


 ベルさんが暗黒騎士姿になった。


「やっぱデカい衝撃だったんだな。見ろよ、甲板に固定されていた魔人機も、倒れてるやつがあるぞ」


 固定が外れたんだな。カリッグが一体横倒しになっていた。……まあ、チェックは必要だが、あれも鹵獲できるかな。


「さて、どれくらいの敵兵が残っているか……」


 あのラールナッハは、果たして?

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